第3章 月夜幸と宗教戦争

プロローグという名の何か

 ある日の放課後、二人の男女が放課後の教室で


「しかし一樹。本当にここでやるのか」


「当たり前だろ」


「ここは教室だろ」


「分かってるって」


「誰かが来たらどうするのだ」


「そんなこと気にするな」


「やはり最初は家でやりたいのだが」


「安心しろ。帰ったらもう一回やるから」


「なっ!?」


「当たり前だろ。一回で終わると思っていたのか」


「そ、そんな……」


「大体最初に頼んできたのは早苗の方だろ。今さら嫌だという方がおかしい」


「そうだが……だったら場所くらい私が決めても」


「うるせえ。俺がここでやりたいからやるんだ。四の五の言わずにさっさとやるぞ」


「分かった、分かったからお願いだから大声出さないでくれ。誰かが来たらどうするのだ」


「そんなの見せつけてやればいいだろ」


「は、恥ずかしいではないか」


「緊張しすぎだ。だったら最初にこれを読んでみろ」


「ク……クリ、クリト……ってこんな恥ずかしい単語いえるかー!」


 早苗がキれたのを見て


「クリスマス(Christmas)じゃボケ」


 俺は怒る。


 こんな中学生でもわかるような単語なのに早苗は一体何を考えているのか。


「今、なんて思った?言ってみろ」


「……」


 早苗は顔を真っ赤にしている。


 存外に可愛かったので許す。


「まあ、早苗の学力が致命的に悪いから勉強を俺に教えを乞うのは正しい。ただ家でやると早苗は家事とかそっち側に意識がいってしまうからな」


 早苗は良妻になる素質がある。


 だからこそ家にいさせると勉強に集中できないと考えた。


 まず英語が致命的に駄目だったので英語から教えようとしたのだが、俺の予想をはるかに超える酷さだった。


 これは良くないな。


 このままだと勉強イコール駄目という馬鹿丸出しの固定概念が付いてしまう。


「早苗、やっぱ英語は無しだ。得意科目はあるか?」

「む……社会科」

「……高校では日本史とか地理とか言ってほしいんだが、今度の試験範囲は地理だったか」


 早苗はまじでやらないと夏休みが無いレベルだ。


「やっぱ地理からやるからな。今回テスト作る小車先生は結構甘いテストだから、大体の理解でいける。まず問題一、日本に県はいくつある」

「……47」

「……かち割ろうか。その頭」

「違うのか?」

「都府県でも46だろうか」

「北海道は?」

「北海道とかいつの時代をしてるんだよ」


 今から20年ほど前、北海道民が日本から独立した。


 現在は『帝国』となっている。


 位置づけするならば中国と台湾みたいな感じかな。


「前から気になっていたのだが、一樹はなぜ頭がいいのだ」

「いや、普通に日に三時間勉強していたら誰だってこれくらいは出来るって」

「そういうものなのか」

「そういうものなんだ」


 俺が言う。間違いない。



 18時まで残って日本史をした。


 結果は、赤点は回避できるだろうというレベルだった。


 英語と数学をする時間が無かったので早苗の家ですることになった。


 晩飯をご馳走になる。


 勝手知ったる人の家。


「それで、早苗の状態はどうだい?」

「えっとですね……酷いです」

「一樹!そこはお世辞を言うべきところであろう?」

「いや早苗、俺はこれでもお世辞を言っているつもりなんだが」

「つまりもっと酷いということか!」

「やるじゃないか。大分賢くなったんじゃないのかな」


 と、こんなやりとりで食卓を賑わせた。






「はあ」


 衣川香苗さんがため息をついた。


「どうかしたんですか?」

「使えない部下の報告書を見てね」


 仕事の話か。


 あまりかかわらない方がいいな。


「ねえ、今度の休み。暇かい?」

「いいえ」


 四連休のうち二日は埋まっている。


「本当に?」

「前半は空いていますけど後半は忙しいです。つまりはとっても暇じゃありません」

「そうか。だったら頼みごとがあるんだけど」


 げ、嫌な予感。


「前に、あそこの山だけ衣川の家じゃないって話をしたよね」

「ええ」

「ちょっと交渉して、買い取ってくれないかい?」

「……地上げ屋をやれってことですか?」

「そうなるね」


 まあ、ここはそういう所だからそういうこともするだろう。


「断ります」

「お金なら払うって……君はあたしからのお金は貰わないから……そうだ、成功したら早苗を一日好きにできる権利を上げよう」

「「!!!」」


 俺と早苗に激震が走る。


「ならせめて引き受けてくれたら、一時間早苗をすきにさせよう」

「「!!!」」


 まて、落ち着け。素数を数えて落ち着け。2,3、5,7,11,13…………


「待つのだ母上。そんなことしたら私がいったいどうなるのだ」


 なんだその反応は。


 まるで俺が早苗に酷いことするみたいじゃないか。


「ハアハア」

「これを見るのだ!私の貞操その他もろともピンチではないか!」

「早苗、あんたうるさい」


 一応これ親子の会話です。


「ねえ。頼むよ」

「ですが普通に考えて本職ができないのに俺なんかができるなんて思えないんですが」

「大丈夫だよ。君は人を煽るの得意だろ? その時暴力でもふらせて脅してしまえばこっちのモノだ」


 失礼な見解だ。

 本音を言うとなかなか魅力的な報酬だったが断る気でいた。


 面倒とかいう理由じゃなく単に嫌な予感がしたからだ。


 だから俺は断った。


「仕方ないね。早苗、どこかわかるね」

「うむ。たしか神薙宅だっただろ」


 ん?


「待った。今神薙って言ったよな?」

「言ったがどうかしたのか?」


 嫌な予感これか。


「香苗さん。早苗一人で行かせる気ですか?」

「ああ。そんなに心配かい?」


 心配も何も、父さんが危険信号を出す相手だからな。


「でも安心していいよ。あそこにいるのは女だけだ」

「女?」


 でも、信一ってどう考えても男の名前だよな。


 もしかして人違いかと一瞬思ったが、神薙って苗字が何人もいるのだろうか。


「地主の名前は分かりますか」

「えっと……神薙信一だね」


 ビンゴ。完全に一致した。

 これはもう御本人だろう。


「どう考えても男の名前だね?」


 香苗さんは困惑する。

 なんか危険な香りがプンプンする。


「やっぱり手伝います」

「本当かい。助かるよ」


 本音を言うと早苗を一人で行かせるのが危ないと思ったからだ。


 まあいてもいなくても変わらないかもしれないが。


「確認しておきたいんですけど何でその土地が欲しいんですか」

「面子だよ。仮に衣川のおひざ元で地上げが失敗し続けたらどうなると思うかい」

「舐められますね」

「だろう。だからどうしても取っておきたいんだよ」


 そういうことなら仕方ないか。


「そう言えば女の人って言っていましたけどどういう人なんですか」

「それがね、報告書によって変わっているんだよ。普通の女性だったり車いすの女性だったり巫女だったり幽霊だったり悪魔だったり化生の類だったり」


 何それ怖い。


「ただ一つ共通しているのは皆ギフトホルダーだということだ」

「……」

「それも飛び切り凶悪な、下手をすれば鬼神化オーガニゼーションのあたしですら勝てないレベルらしい」


 なんか神薙信一だけを警戒すれば大丈夫だと思っていたがその見解を改める必要があるようだ。


 俺生きて帰ってこれるかな。






 連休の初日


 早苗とハイキングしていた。


 場所が何処かはっきりわからない以上回廊洞穴クロイスターホールを使うのは危険すぎる。


 お互いに山を登るときの格好をしてきたわけだが


「なぜ一樹はYシャツなのだ」


 俺の格好は白のYシャツだ。


「いや、私服Yシャツしかない」

「は?」

「だから私服はYシャツだけだと」

「…………」

「ああ。安心していい。これは山登り用のYシャツだから」

「そんなものあるか」

「Yシャツだけで二十種あるから安心していい」


 春夏秋冬冠婚葬祭全てがYシャツで始まりYシャツで終わる。


 つまりYシャツとは開闢かつ終焉なのだ。


「話変わるが、早苗って虫苦手なんだよな」

「う……うむ」

「ここ大丈夫なのか?」

「……」


 うわーお。真っ青になった。


 何か周りにいい虫いないかな。


 あった。


 アシナガバチだ。


 俺は捕まえて蔦で足を縛る。


「ほら早苗」

「ひっがああああああ」


 何これ。楽しい。


 俺は投げ捨てたあと、また新たな虫を探す。


「後は何か……あ、オオスズメバチ」


 俺は躊躇なく素手で捕まえる。


 ※真似してはいけません。


 針を抜いてから


「ほれ早苗」


 早苗に向かって投げる。


「がぎゃああああ」


 楽しい。よし、今度は―――


「いい加減にせんか!」


 とび膝蹴り。


 ノーマルタイプの俺には効果抜群だった。


 決して悪タイプだからじゃない。


「ぐはあ」


 回避できず一撃でひん死にさせるとは……………

 Aにふるのはいい、だがSにふるのは役割が持てないから止めた方がいい。


「ぐぎぎっがああ」


 しかも絞め技をかける。


 おお。胸元が見えた。


 だが残念ながら早苗はCクラスだからリアクションに困る。


 ここは降参安定だろう。


 なんとか許してもらえた。


「次はないぞ」


 記憶しておこう。忘れるかもだけど。


「なんで早苗虫嫌いなんだ」

「……子供のころ山で遊んでいると木の上から毛虫が大量に降ってきた」


 ああ。それは確かにトラウマだな。


「だから……なぜ一樹は木を蹴ろうとしている」

「ナ、ナンデモナイヨ」


 あぶねー。ばれるところだった。


 それにしてもなんだろうな。


 早苗を見るといじめたくなるのは。


 宝瀬先輩の場合はなんか虐めてほしいオーラが滲み出ている。


 ただ早苗の場合俺から行ってしまうんだよな。


 まあいい。


 今は神薙宅を探そう。


「あ、あれは」


 民家を発見する。

 早苗の家も和風だが、あっちは豪邸。こっちは別荘みたいな家だ。


「うむ。以前来た時となんら変わっていないぞ」


 それにしても綺麗なところだ。

 日本庭園として国宝に認定されてもおかしくないレベルの美しさ。


「こんにちは」


 話しかけてきたのは巫女さんだった。

 やったね、巫女さんだよ。


 しかも正統派。


 変に腋とか出して媚びていない。


 超正統派の巫女。


 でも俺は腋を見せてる方が好き。


「どうした一樹?鼻を押さえて」

「なんでもない。早苗、先に進めてくれ」


 心を落ち着かせるため周りの風景を見る。


 池。鹿威し。変態。橋。


 ん?


 何か一つおかしなものがあった気がする。


 もう一度周りを見渡す。


 鳥居。変態。石。花。


 あれ?


 やっぱりおかしい。


 最後にもう一回だ。


 桜の木。スイレン。蓮。全裸で女性用の下着を被った変態。


「………………」


 …………………


 リアクションに困るんだが。


 とりあえずこう思っておこう。


「やべえ。あいつモノホンの変態だ……」

「どうしたのだ?」


 早苗は後ろを振り向く。


「…………」


 だろうな。


 ああいうのを見ると反応に困ってしまう。


「……………ご、ご主人様」


 どうやらこの巫女さんの主人だったらしい。


 巫女さんにご主人さまって言われてなんて羨ましいと言いたいところだが、今回限りはこの巫女に同情する。


 巫女は主を選べない。


「いくらなんでもそれは私でもフォローできませんよ」


 俺もどうやったらこの変態もといこの状態をフォローできるか知りたい。


「とぅ」


 バク中でこっちに向かってくる。


 うわ。こっちくんな。


 そしてダイナミック着地。


「初めまして。俺の名は神薙信一。かつて主人公だった存在だぜ」


 これが俺と神薙信一との出会いになる。


 そしてこの時、ようやく俺達の物語は始まった。

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