取りこぼした命と逆襲の一手
俺は弾除けの役割を持っているため、グループの先頭を歩く。
先頭を歩くってことは最初にものを見てしまい、また一番冷静な判断が求められる。
「止まれ」
俺は出来るだけ冷淡に命令した。
「どうしたの?」
「見ない方がいいと思いますよ」
曲がり角には、五つの八つ裂きにされた死体がゴミのように転がっていた。
「……そうね。これは見ない方がいいわね」
宝瀬先輩は覗き見て納得する。
見ないほうがいいって言ったのに、あんまりダメージなさそうだからいいけど。
制服から判断するに全員一年。
しかも5体ってことは、あの伊織ちゃんって子も途中で合流したのか。
それで殺された。
これで天谷以外の一年全員死んだことになる。
ただ誰がどの死体なのか分からん。それくらい損傷がひどい。
「どうしたんですか?」
天谷が後ろから声をかける。
「悪い。すげえトイレ行きたくなった。小だけど見る?」
「見ませんよ。さっさとそこらへんで済ませてください。豚」
天谷にはそう伝えておく。
伝えれるわけ無いだろ。同級生が全滅したんだ。そんなかにはきっと仲のいい友達もいたのだろう。そんな事実を小さな女の子が受け止められるわけがない。
まあ、先輩の勝手なお節介だ。許せ。
「何かあったのか?」
早苗が後ろから声をかけた。早苗なら大丈夫か。
「5人死んでた」
早苗にしか聞こえないよう耳打ちをする。
そうかと、小さく返事をしそれから黙ったまま。
女子たちにどこか部屋に隠れてもらうように頼んだ。
その間に俺がやるべきことをする。
「こいつでいいか」
宝瀬先輩が言っていた解毒剤の件だ。
俺はいちばんお腹の損壊が少ない生徒を選んで、
嫌な臭いが周囲に広がったが構わず作業を続ける。
素手で胃の中に手を入れかき混ぜること数回。
「あった」
無事スーパーボール大の丸いものをつかみ取ることに成功。
血を拭いて確かめるとやはりカプセルの形をして中に薬が入っていた。
「あったのか」
いつの間にか早苗がいた。
護衛してろとチョップを入れようと思ったが、血がついているため叩くことができない。
「ああ。どうやら宝瀬先輩が正しかったようだな」
「一つ気になっていたのだが、一樹。何でお前は人の死体を見て恐怖をしないんだ?」
「ん?」
「前から気になっていた。私は家が家だから納得できるが、お前は少なくとも普通に生きてきたのであろう?」
確かに言われてみれば。普通に考えて発狂物の光景を見てきたな。
「俺。昔からスプラッター映画とかホラー映画大好きで小学生の頃からずっと見てたんだよ。知ってるか?今の映画本物よりリアルなんだよ」
「本物よりリアルな物などあるわけ無いだろ」
まあな。実際嘘だし。本当は一度これよりひどい死体を見たことあるから。
昔の恥の話だから早苗に伝える気は一切ない。
「死体の状況から無数の切り傷が確認できたんだが誰か心当たりあるか?」
死体だけではなく壁や床にも斬った痕が多くあった。日本刀ですら素人だとそんなにたくさん切ることはできない。
「……
あいつね。クラスで髪の色が3種類混じったファンキーなやつだ。
惨状から察するに、一度に5人やったのだろう。
恐ろしいギフトだが、
俺さえ皆の戦闘で歩いていれば恐れるに足らん。
正直言ってもう終わっている。
飛鳥部は俺がいる限り安全、時雨は攻撃してくるとは思えない。
湧井とカウンター系統のギフトの先輩は…………多数で押さえつけたら何とかなるだろ。
「そういえば、主催者俺のギフト知っているのか?」
「分からんが、多分知らないのではないか?知っていればバランスが崩壊してゲームが成り立たない」
持ち主とそうで無い奴には認識の違いがあるかもだが、
「ねえ嘉神君」
「何ですか?」
今度は宝瀬先輩から話しかける。
「嘉神くんのギフトはキスした相手の能力を使えることに出来ると言っていたわよね?」
「そうです」
「つまり、もしも今私にキスをした場合、現在使うことの出来ないギフトもコピーできるのかしら?」
「えっと……同じクラスの福知曰く、出来るそうですよ。俺の能力は相手の能力を写し取るだけだから、相手に全く影響がない。相手に何かをするというより、そのトリガーを踏めば同じようなギフトが降ってくるって感じだそうです」
だから福知はコピーではなく「使えるようになる」と表現した。
「ところで早苗。さっきから殺気を感じてるんだけど、何かあったのか?」
背中が視線で痛かった。
「私が先に話を……何でもない」
何でもないならいい。
てっきり昨日見た映画みたく、好きな人が別な女と話してジェラシーとかそんなだと思っていた。
早苗俺のこと死ぬ程嫌いだしな。そんなこと世界が一巡してもあり得ないがな。
「ん!?あ、おーい。時雨!こっちこっち」
前方に時雨を発見。
「おい。嘉神。お前何この非常時にハーレム侍らせているんだ?」
言われてみれば、今俺の後ろには女子が4人いる。
それも全員綺麗か可愛いことで有名だ。
ランクをつけるなら宝瀬先輩>早苗≧四楓院先輩>天谷。
天谷が最下位だが黙っていれば可愛い。
レベル高すぎぃ。
「で、ほんとのことお前は何をやってるんだ?」
「戦わずに勝つ戦法を取っていると言うべきかな。数の暴力で押し切る」
「その数におれも加わっていいか」
「もちろんさ。と言うよりこれから加える気だった」
これにより、宝瀬先輩が二段目に下がり四楓院先輩は三段目に下がった。
「それにしても時雨。お前何でそんなに無傷なんだ?」
「実を言うと、さっき目が覚めて起きた所なんだ」
おい。
「おれ結構薬の効きやすい体質で目安の半分で充分なのによぉ、まだ頭ガンガンする」
一時間眠る薬が二時間になったと。
「あのバスガイドはずっと起きろ起きろうるさくって。だったら薬を使うなって」
「だな」
リサーチが甘すぎる。
これで会っていないのは、飛鳥部ただ一人。
がその一人は5人を殺している。
注意しないとな。下手をすれば全滅だ。
「おーい。湧井と飛鳥部も。元気だったか?」
思っていたよりも簡単に見つかり拍子抜け。
湧井と三年の先輩と飛鳥部は共に行動をしていたのだ。
遂に全員発見、ポケ○ン図鑑だったら丸いお守りを貰えるな。
3人とも戦闘の意思は見えない。恐らく飛鳥部のあれは緊急避難に違いない。
「よし、これで全員っと。音を使う先輩方をもう一回探して見つけたら全員集合だな」
「先輩。真子のクラスメイトはどうしたんですか?」
飛鳥部。目を逸らすな。
「死んでたよ。誰が殺したのかは知らんが取り敢えず死んでいた」
感謝しろよ飛鳥部。戻ったら何か奢れ。
「えっ!?………嘘ですよね?そんなの嘘ですよね?」
「本当だ。30分前に進行方向変えたろ。あんとき死体があった」
「うそです。せんぱいそんな……うそです。信じません」
きっと仲のいい友達もいたのだろう。
「ゴメンな天谷。守れなかった。俺の責任だ」
救う方法もあったはずだ。実際死んだのは16人中5人しかいないのだから。
「俺はお前を守るだけで精一杯だった。無力な俺を許してくれ」
みーちゃんが誰なのかは知らないが、親友なんだろう。
俺には出来ることが何もないから早苗に頼んで早苗の胸を貸して泣かせた。
泣ける時に泣いた方がいい。
無事3年の先輩も全員集まり生存者全員が集合する。
「みんな。これから俺の言うことをよく聞いて欲しい。これ以上被害者を出さないために、そしてあのふざけた大人たちに格の違いを見せつけるため、確認したい事、頼みたいことがある」
さてと。反撃を開始しよう。
「みなさーん。元気にコロシアイをしてますかー?してませんねー?駄目ですよー。ちゃんと殺さないとー。でないと見ているこっちがつまりませーん」
予想通りの時間帯でアナウンスが鳴る。
声はあのブスなバスガイドだ。
「あのー。何か言ってるのは分かるんですけど何言ってるのか聞き取れないんです。ハッキリ言ってください」
俺は予定通りに行動を始める。
「嘘はよくないですよー。えっとー。嘉神一樹くん。聞こえているのは分かっていまーす」
今嘉神一樹の発言はあのバスガイドに通じた。
ならば会話が出来、出来るならもう俺の勝ちだ。
「お前たちの目的は」
「目的ですかー?」
だいたい予想付くが一応聞いておく。
「それは簡単ですよ。みなさんが苦しむほど楽しいからでーす」
はい。予想通りのコメントいただきました。
あまりにもテンプレの発言過ぎて怒りすら……もう怒ってるか。
「何で俺たちなんだ」
「そうですねー。正確にいえば目的はあなたたちじゃないんですよー」
………ふうん。それは予想外。
「そこにいる宝瀬家の宝石。宝瀬真百合ちゃんですね」
「それで」
「宝瀬家最高傑作と言われた宝瀬真百合が、あなたたちのようなどうしようもない底辺な連中と惨めで汚らわしいことをしている。それだけで最高とは思いませんかー」
思わないな。
「例えば、つい一時間前まで泣きべそをかいていた時なんてその時の動画、一分一億で売れるんですよ」
お、すっげ。と素直に感心した。
俺みたいな貧乏人には、一億という数字は馴染みのない桁だったからだ。
「だから皆さんはそのおまけ、恨むならあたしじゃなく真百合ちゃんを恨んでくださいねー」
誰が恨むかよ。
「みなさーん。コロシアイをしないとあと30分で体内に毒が回りますよ」
畳みかけるように毒がある発言を続ける。
「そうですねー。解毒剤のありかが知りたかったら真百合ちゃんをレイ〇してくださーい。それも出来る限り集団でお願いしますねー」
みんなは俺が指示した行動をとる。
「な、なんだってー」
「それはたいへんですわ」
「うわー。しんじゃうー」
……演技下手すぎ。
「えー?」
流石に違和感を持ったのだろうな。
「解毒剤ならみんな飲んでるんだな、これが」
「えー」
「茉子りんに作ってもらいました」
「誰が茉子りんですか」
天谷が蹴る。
当然だが俺に全く痛みはない。
「そうですかー。だったら毒ガスでもばら撒きますよー」
「さっきから黙って聞いていれば、マニュアル通りの台詞だな。この年増婆が」
「かっち~ん☆」
うわっ、気持ち悪い。年と顔を考えろ。
「これだからガキは嫌いなんですよー。ガキのくせに何で大人の言うこと聞けないんですかー。ガキどもは黙って大人たちの消耗品になっていれば良いんですよー」
スピーカーの音を最大にしたのか、物凄くうるさい。
だがこの瞬間勝ちを確信する。
いや、最初から負ける気なんて一切なかったんだけどこれほどまでとは。
「お前40年以上生きてるくせに何も分かっちゃいないな。どうせお前は自分が恋人いない歴イコール実年齢なのは出会いが無かったからだと思っているんだろう。だからお前は一生恋人出来ないくらい性格も顔もなんブスだよな」
あの性格だ。間違いなく恋人いないだろう。
予想通り神経が数本切れる音がした。
だがなブスバスガイド、俺はその十倍の神経が切れてるんだ。この程度で許してもらえるとは思うなよ。
「大体主催者も主催者だ。何をしてもアマチュアな甘ちゃんに仕切を任せるなんて今時小学生でも頼まないよな。どうせお前らは親の七光りでここまでやってきたんだろうが、せめて人を見る目くらいは養っておけ。まあ、鏡を見て悲惨なものしか映らないお前らには難しいことだったかな」
こんな事言われたんだ。怒りに怒り抜いているだろう。
「何一人でぶつぶつ言ってるんですかー。愚かですよー。それに何様のつもりであたしと会話をしているつもりですかー。みなさーん。ペナルティですよー」
毒ガスをばら撒こうとでもしているのだろうが、だがもう遅い。
「何言ってるんだ。会話ってのはな、会って話すから会話って言うんだ。それくらい小学生でも知ってるだろうが」
「俺が格下のお前に一つ常識を教えてやる。会話ってのはな」
「こうやるんだよ」
バスガイドに2人の俺が、そう告げた。
「はー?」
きっとこのブスバスガイドは意味が分からないだろうな。目の前に嘉神一樹が二人いて、自分は真っ白の部屋に引き込まれているのだから。
「え……どういうことなの!? 説明しなさい!」
「キャラ守れ。焦って化粧とキャラ落ちてるぞ」
どっちも見るに堪えない。
「そうだな。お前は愚か者だから言っても分からないと思うけど、教えるのが俺のモットーだからな。教えてやるよ。で、どっから教えて欲しい」
俺は意地悪く笑顔を作る。因みに全員で周りを囲んでこいつには逃げ場がない。
「あたしは、何でここにいるの?」
「おいおい。教師相手に敬語使わないなんて、それじゃあ教育が必要だよな。だれか、何らかのお灸を添えてやれ」
俺を含めた男子全員で集団リンチである。それはこいつが加害者でなければ誰もが目を逸らしたくなる行為だろう。
「さてと、教師からの命令だ。キャラ守れ。そして俺には敬語を使え」
「……はーい」
「さあて、話を続けようか。そうだね、よくよく考えてみるとお前のそのキャラと敬語併発すること出来ないから重要な所を後回しにして教えてやるよ」
何て俺は優しい教師なんだろうか。
優しすぎてPTAに訴えられかねないレベルだな。
「まずなぜ俺が二人いるかだ。その理由は簡単。天谷のギフトを使ったからだ」
「天谷茉子のギフトは生物を複製できないはず……」
「その通り、個人的には天谷のレベルアップを期待していたんだが、そう上手くできず仕方がないから形だけ俺にしてもらった」
俺(本物)は俺(偽物)をたたく。
俺(偽物)に一切動きが無い。
「じゃあ、声は?」
「ああ。あれか。お前も知っているだろうが先輩の一人が音を使うギフトだったからうまく音を調節してもらった。一応知ってるよな」
それについては覚えていないかもしれないが。
これが、今俺が二人いる理由。
「次に俺のギフトから説明してやるよ。そう言えば俺もお前に聞く必要があったな。お前たち、俺のギフト知ってるか?」
「………幻術を見せるギフト」
俺は驚く。
何一つあっていなかったことに。
本当にかすりもしていない。
「その情報どこから出たのか、ものすごい気になるが、この際どうでもいいか。折角だから教えてやるけど、キスしたギフトホルダーのギフトを真似できるとだけ覚えておけな」
前に伝えた女達以外の全員の視線がこっちに向かった。
「まあそこら辺はどうでも良いとして」
「よくねえだろ。嘉神。お前それとんでも無い能力だろうが」
時雨が割ってきた。スルーしてくれない?
「その意見は分からないこともないが実際大したこと無い。使えるようになった所で15年以上自分のギフトと一緒にいたお前たちに僅か一ヶ月も立っていない俺のギフトが勝てるわけがない」
そろそろ話を戻そう。
「だから俺がさっきまで見つからなかったのは誰かのギフトをコピーしたからだ。個人情報により誰かは伏せておくが」
「四楓院ぐへえ」
出しゃばる口を靴で塞いだ。
一回ぐりぐりする。
つばで汚れて気持ち悪い。
ただお察しの通り今まで俺が一人としか思っていなかったのは、四楓院先輩からギフトを貰ったから。
「そろそろ知りたいこと話してあげるか。どうしてあんたがここにいるのかをな」
黙っている。もしかして死んだのかと思ったが生きているのでそのまま説明を続ける。
「補足説明で俺のギフトは別に相手が女であろうが男であろうが老人であろうが赤ん坊であろうが死体であろうが有効だ。これでどうして俺があんたの場所を知ったのかは分かったな」
現在死んでいる、空見伊織のギフトだ。
俺の偽物ががんばって注意を引いてもらっている間に、俺本体が隠れながらあの死体があった場所までいって、キスをしたというわけだ。
だから俺がこいつと話しているときは宝瀬先輩の様子を確認できなかったのが気がかりだったが……大丈夫の様でよかった。
ただ誤算というかなんというか、どいつが空見伊織なのか分からなかったので、5体あった死体全てとキスをしてしまった。
「あんたとの会話は基本的にどちらかの一方通行だっただろ? 煽ったり馬鹿にしたりして、まるでネットの掲示板のように唾を吐きあっていた。そういうオーダーだった」
その点あの先輩は上手かった。普段からネット使ってるな。
「後は前に覚えた次元移動を使っただけだな。最もこれ完全じゃないから今もあんたの足一本もげてるだろ」
今回限りは完全に習得していなくてよかったと思う。
「ありえないありえないありえない。そんなギフトあっていいわけがない。認めない認めない」
「あろうが有り得なかろうが認めまいが現実は常に一つだ」
そんなことも認識できないのか。
ほんとこいつは格下で、三下だ。
「あ! それともう一つ言い忘れていたことがあった。今の俺は感知能力を使えるつまり、これをみているクソ政治家、岡山衆議院議員。後は……印刷会社の社長さんに、銀行の専務。おー凄い凄い。これから俺が殺す人間がこんなに大物で良いのかな?」
その証明として岡山衆議院議員をこっちの部屋まで連れてくるが……失敗しちゃった。
移動する時に首が取れちゃい、無事絶命。
「もちろん誰がどこにいるかもハッキリと分かっている。なんかやろうとした瞬間お前ら全員箱入りだ」
生きて入れる確率は8割もある。ただその後の保証はしないがな。
「とはいえ、俺も暴走しすぎた感があるわけでもない。民主主義に則って多数決で決めよう。そうだな、このかつて人だった物を許してあげることは出来るかどうかを採決しよっか」
蹲っているこの塊を見る。
「11人いるから全体の3分の2つまり、8人以上で可決な。こいつ許してあげたい人挙手」
誰も手を挙げなかった。
「酷いなみんな。ただ折角だから俺は手を挙げさせて貰うな」
まだ誰もあげない。
「早苗はどう?許してあげる気にはなれない?」
「一樹。お前は本気でこの女を許してもいいと思っているのか?」
絶対に許していないな。当然俺も許す気なんて更々ないが、こういうのは雰囲気が大事。
政治家だって無駄な理論するだろ? それと同じだな。
「時雨はどう?」
「則処刑だ」
怖い怖い。だが、頼もしい。
「天谷は?」
「こいつがみーちゃんを殺したんですよね」
「正確には違うけど、戦犯はこいつだよ」
「だったら先輩。出来るだけ見窄らしく殺してください」
みんな酷いなホント。
「四楓院先輩は……おいといて、宝瀬先輩はどうですか?折角の機会ですし許してあげるのはいかがですか?」
「嘉神君はそれでいいと思っているの」
「ええ」
「だったら、それでいいわ」
え? ええええええ!?
聞いた俺が言うのも何だが、宝瀬先輩が許すなんて考えられなかった。
ここにいるメンバーの中で最も苦しそうにしていたのに不思議だ。
例えるなら……たちの悪い男に惚れてしまい、自分の意思を曲げてまで尽くそうとする勘違い女。
DVはされる方にも責任があると聞くが、まさに今はこれじゃないだろうか……って、宝瀬先輩は俺に惚れてもないし家庭すら気づいていないから不適切な例えだな。反省。
ただ冗談をそのまま鵜呑みにされてしまった、あかんで。
「どのみちこいつ社会から抹殺されるから生きてはいないんだろうし、だったら生かしておいて絶望を与えるのもありだったんだけど、まあほぼみんながそう言うなら仕方ないな」
取りあえずは出まかせで自分の発言の正当性を上げる。
しかし泥沼で足掻けば余計に底に沈むのは真っ当なことであった。
「だったら生かしておこうぜ。そっちの方が仕返しになるだろ」
「ボクもそれでいいよ」
三年の先輩が俺の案に乗ってきた。
こうして何と俺も含めて四人の人間が生かしておこうと考えたのだ。
このままでは生かしたままになってしまう。俺は本当は殺したいのに。
あかん! そうだ! 良いこと思い付いた。
嘉神一樹流大岡裁きを見よ。
「残念だけど、死刑は見送りだ。よかったねバスガイド。お礼を言ったらどうだ?」
「あ、ありがとう」
蹴り飛ばす、そうじゃないだろ。
「お前さ、こういう時どういう格好をしてお礼を言えばいいか分かっていないのか」
土下座しろと命令する。
「え……そのありがとうございます」
「もっと大きな声で。そして姿勢を正す」
右足首取れているのに土下座を強いる。
全く良心の呵責は痛まない。
「ありがとうございました」
うん。不格好ながらちゃんと土下座しているな。
満足満足。
パン!と乾いた発砲音が響く。
ドサリとバスガイドだった物が倒れる。
撃ったのは誰でもない。俺である。
俺で分からなければ嘉神一樹である。
「きっともう聞こえていないと思うけど、教えてあげるよ。俺、多数決って言ったよな。7対4のどこで否定される要素がある」
「お前さっき民主主義どうこう言ってたぞ」
「勿論嘘に決まっているだろ。まさかバスガイド、俺を信じた訳じゃないよな?もし信じていたのなら、お前やっぱどうしようもない阿呆だ」
血がドクドクと流れている。きっともう助からないし助ける方法もない。それくらいの致命傷だ。
「とはいえ、天谷。これでよかっただろう。出来るだけ見窄らしく殺せって言っていただろ。見ろよ。土下座して死んでるよ」
横に倒れてもまだ土下座している。
俺はその塊を足でつつく。
「そしてブスもよかったじゃないか。最期のセリフが『ありがとうございました』だなんて、来々世ではきっと良いことあるよ」
最初から俺はお前に何も残す気はなかった。後悔も、遺言もな。
「そうだね。あえて教師から生徒の最期にレクチャーすることがあるならば、俺が悪かったよ。許してくれ」
相手が悪かった。それがこいつの死因。
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