broken beauty

 人が真面目に愛を叫んだのに、それをからかうなんて早苗は最低だと思う。


 早苗の所為でメンタルはボロボロ。

 とはいえ早苗のおかげで悩みは無事解決できた。


 真面目にやろうがやるまいが結果は同じ、からかう奴はからかうし、笑う奴は笑う。


 俺は俺なりに本気で頑張る。


 …………


「ぐすん」


 頑張る前に一人でなく場所を探す。


 一人になりたかったので俺は隠れる所を捜すが、サバイバルゲームなのでそんなところはない。

 メンタルを回復しないと本当に何もできないため誰かが最初に配置されていたであろう部屋を捜す。


 4ブロック先にようやくランプが赤ではなく緑の部屋を見つけた。


 その部屋の隅で引きこもる。


 だが対角線上に先客がいた。


 俺と同じ格好で体操座りをしている。


「あ。宝瀬先輩じゃないですか」


 生徒会長の宝瀬先輩が生きる気力をなくした廃人のようにそこにいた。

 勝手な偏見だがこの人がこのゲームでしそうなのは、俺と同じで参加しないか周りをジェノサイドするかの二択だと思っていただけに、まさかとはこんなところで出くわすとは考えもしなかった。


「あなたは……ごめんなさい。忘れてしまったわ」


 変だな。あれだけ怒っていたのに。

 それとも女心と秋の空みたく怒りも忘れるようなものなのかな?


「二年の嘉神一樹です。つい先日ギフトが目覚めたばかりです」


 確かこれ先輩が確認したよな?


「そう……だったわね」


 取り繕った言い方だ。多分覚えていないな。

 記憶力がいいって噂は嘘だったのか?


「じゃ、お邪魔でしたら俺はこっから出て行きますけど」

「待って!」


 宝瀬先輩は、生まれたての子鹿のような足つきでこっちに向かった。

 一回転んでそれでもお構いなしに俺の元に向かい、そして抱きつく。


 普段気品漂う彼女からは考えられない無様な動作。


「嘉神君。私を……助けて」

「いいですよ」


 即答した。

 疑念をはさむ余地など何一つない。


「元々俺は、皆を助けるために戦っていますし、むしろ助けを求められた方が有り難いです」


 いやー、良かった良かった。一番厄介そうな人を味方に出来るなんて……もうゲームクリアしたも同然だな。


「本当に?本当に助けてくれる?」

「当たり前ですよ」

「相手が『運命』でも、私を助けてくれる?」


 先輩って意外にメルヘンだな。運命って存在しない…………いやするのか?

 は確か『運命』っていっていたが……まあ関係ないな。


 ただ――――


「当たり前ですよ。『運命』程度俺の敵じゃない」

「本当によね!! ――本当に助けてくれるのよね! ――信頼していいのよね? ――――希望をかけていいのよね??」


 何か先輩、凄いストレス溜まってるのか? それともコロシアイに参加するとこんな風になるのが当然なのか?

 俺これが初参加だから分かんないんだよな。


 取りあえず、こういう時はいつものハッタリで誤魔化しておこう。


「もちろんですよ。俺を信じてください」


 宝瀬先輩は泣き出した。

 涙を流すんじゃなくて、垂れ流すくらいに号泣された。


「ちょっ」


 まるで俺が泣かしたみたいな感じになっている。

 まずいですよ!


「私は私の持っている希望を全てあなたに賭けるわ。だから絶対に『運命』に勝って」


 メルヘン生徒会長は、俺に抱き付きながら囁いた。


「もし勝ってくれたら、何でも好きな事していいわ」


 つまり、腋を舐めていいと?


「あなたがさっき叫んでいたように、腋を舐めても構わないわ」


 ああ。きっと宝瀬先輩は怖くて頭が真っ白になっているのだろう。そうでなければこんな法外的取引をしようとは思わないに違いない。


 と実はあの愛の叫びは周りに聞かれていたということを棚に上げて妄想にふけっていると


「何をしとるのだ」


 後ろから鬼の声がした。


「早苗……さん」


 何故かさん付け。

 心配してかどうかは知らないが、追ってきてくれたのだろうな。だが……タイミング悪いっす。


「貴様は……真百合!」


 初対面から呼び捨てだったとはいえ、先輩なんだからあんまり呼び捨ては良くないだろう。


「そういえば忘れていたのだが、現在サバイバルゲームの途中だったな」


 怒りマークを付けた早苗は俺達を見る。


 ホント俺は早苗から嫌われているな。悲しいなあ。


「まずはそこから離れろ。 鬼人化オーガナイズ、うっ…………」


 なぜか攻撃しようとした早苗は膝を床につける。


鬼神化オーガニゼーション……か」


 なるほど、俺を助けるときに使った鬼神化オーガニゼーションで、体力の消費が激しすぎたんだ。

 強いがすぐに戦闘不能になる。


 このサバイバルゲームでは実質使ったら死だな。


「立てるか?」

「どうやら無理のようだ」

「だったら少し休んでろ。俺が見張っておくから。先輩も落ち着くまで室内で休んでいてくださいね」


 五分後、天谷と四楓院先輩と合流した。

 やはり四楓院先輩もまさか宝瀬先輩がこんなにやつれていると思っていなかったらしく、かなりの慌てよう。


 それなのに宝瀬先輩は心配してくれた四楓院先輩に冷たくあたっていたのが、気がかりである。






「作戦を立てましょう。現在自分で自分の身を守ることの出来る人間は、俺と天谷と四楓院先輩だけで、しかも俺以外は拳銃頼りと」


 何でも今宝瀬先輩ギフトを使えないらしい。


「出来るだけ集団で行動するというのが大原則。これはどんな場合でも守ること」


 多ければ多い程、抑止力になりやすい。そうすれば無益の戦いは起きなくなる。


「一樹。お前今どれくらい体力残っている?」

「大体4分の3くらいは」


 回復の時使用した分だけ。変身してはいないからまだ普通に動ける。


「最悪、俺のギフトで命を賭ければこっから逃げ出せると。ですが何度も言いますが、成功率は高く見積もっても2割あれば良い方でしょう」


 これは全員が生き残るんじゃなくて、ここにいる5人だけが生き残る場合。 


「いえ。それは出来ないわ」


 しかし宝瀬先輩が俺の考えを否定した。


「逃げても無駄よ。だって私たちの体には、毒が回っているもの」

「毒?」

「あと一時間半でみんな死ぬわよ」

「………」


 なぜ彼女がそんなことを知っているのか、今は聞かないでおく。


「解毒薬は?」

「あるわ」

「ある場所は?」

「……私たちの胃の中よ」


 宝瀬先輩の話によると、あと一時間でアナウンスが鳴り毒の存在が知れ渡る。


 そして解毒剤がそれぞれの胃の中にあるというのを教え、手に入れたければ殺してでも手に入れろと命令される。

 それがコロシアイを強要させる流れらしい。


「その話は本当なのか?」

「ええ。本当よ」


 早苗は信じることができないらしい。

 いや、信じたくないのが正しいのか。


 その話が本当だと仮定するならば一人助かるために最低一人殺す必要がある。


 つまりいくら少なく見積もっても8人の人間が死んでしまう。


 いや、運営側が本当に生き残らせる気があるのか分かんないけどな。


「………」


 誰も口を開くことができなかった。やはり全員生存って無理なのか?


「あ、あの」


 沈黙を破ったのは、天谷の発言から。


「それってどのくらいの大きさ何ですか」


 俺と話す時とは打って変わってものすごく丁寧な聞き方だった。

 女には丁寧、差別主義者の屑。


「アメリカンチェリーくらいのカプセルの中に入っているわ」


 半径3センチくらいか。


「そうですか。ならばいけそうです」

「え?」

「ほら先輩。茉子の能力って複製じゃないですか」


 あ……ああ!

 薬を複製すればいいのか!


「天谷。お前女神か!アマテラスの化身なのか?」


 やった。これで勝てる。さっきまで非難していたことは棚に上げておこう。


「だが待て。それでも一つ取り出す必要があるぞ」


 確かに。複製するにしても大元は一つ必要になるわけで。


「いえ。ですから一人いるではないですか。ここに死んでもいい人が」


 あ。俺のことね。

 すぐ分かったよ。


「おっけ天谷。あとで屋上な」

「いいですよ。ここから出られた後ですが」


 言ってくれるじゃないか。

 ただ正直、最終的には俺が犠牲になるのも仕方ないと割り切っている。


 早苗や時雨が死ぬ方が嫌だからな。


「じゃ、毒の件はこれでいいですか」

「……ええ」


 気になっているが、宝瀬先輩この中で一番絶望している。


 助けてと言ったくせに、自分は助からないと心のどこかで思っている。


 さっきまでの俺とは真逆だ。


「真百合。言わせてもらうぞ。ウジウジされると迷惑だ」


 言ったのは俺ではない。早苗だ。

 俺が言いたかったことを早苗が先に言ってくれた。


「何よ。これだから筋肉バカはいやよ」

「こんな時に喧嘩は止めろと言いたい所だが、悪いが俺も同感だ。生きようとしないやつが生き残れるかよ」


 さっきまでの俺がそうように、彼女には意思が足りない。


「嘉神さん。それはちょっと言い過ぎですわ」


 四楓院先輩が俺を非難する。

 だがここで止めては何も変わらない。


「宝瀬先輩、俺はあんたの意思関係なく貴女を助けるつもりでいる。ただ、どれだけ手を伸ばしても貴女からも伸ばさないと救いの手は届かない。絶望するのも達観するのもあなたの勝手だ。ただ助けてほしいなら諦めるな。それが最低限助けてもらう側の礼儀でしょ?」

「何てことを!?」

「いいの。言う通りだから」


 本当にこの人はあの素晴らしかった宝瀬真百合先輩なのか? とすら疑ってしまうくらい覇気がない。


「ちゃんと守りますから。ですがあなたがそうやっていると守れるものも守れなくなる。何もしなくていいですから。いえ、むしろ何もしないでください」


 こんなに酷いことを言っても何も言い返さない。


 よく見たら言い返す気力すらなさそうなくらい目が死んでいる。

 廃人一歩手前か、片足を突っ込んでいるみたいな、そんな目をしていた。


 行動に移そうと思ったのだが


「結局、嘉神さんのギフトは何ですか?」


 四楓院先輩がそんなことを聞いてきた。

 結構それ聞かれるよな。


「まさかこの緊急時に言いたくないとはおっしゃりませんよね?」


 おっしゃろうとしてました。


「私も聞きたいわ。次元移動の類なのは分かってけど、それだけだと私を守るには役不足よ」


 言ってくれるじゃないですか。

 ただ言う気はない。何て誤魔化そう。


「嘉神のギフトは……」

「ちょ。早苗!」

「この緊急時だ。四の五の言ってられぬだろう」


 確かにその通りだ。仕方あるまい。互いの信頼関係を得るためにも伝えるしかないか。

 信頼を得るために言う必要があるのは必要な犠牲だと思おう。


 ただ、監視カメラから情報を取られないように最小限の音量で話した。


「分かったよ。俺が言う。口映しマウストゥマウス。キスした相手の能力を使えるようになるギフト」


 ほら見ろ。みんな絶句したじゃないか。


「それは先輩。つまりどういうことですか?」


 分かってねえのかよ。


「基本的に全ての能力を使えると言うことだ。最も口付けする距離まで近づく必要はあるけどな」


 そういうと、心なしか天谷と四楓院先輩は遠ざかった。

 だから言いたくないんだ。


「その中で、俺は次元移動を持ち合わせている。天谷に見せたのがそれだ」

「じゃあ、嘉神くんは一体幾つのギフトを持っているの?」

「4つ」

「その能力は?」


 コピー元がここにはいるのでそのままおおやけにするわけにはいかないな。


「近接攻撃系が一つ。遠距離攻撃系が一つ。防御形が一つ。そして移動系が一つです」

「よくもまあ綺麗に拡散ましたわね」


 確かに能力としての被りがない。

 そう言う意味でツイている。


「ただ使えるだけで、本人のように使いこなすことは出来ません。次元移動成功するかは半ば運の要素が入っていますし、持ち主と同じギフトで戦えばまけることは必至です」


 それともう一つ。早苗の鬼神化オーガニゼーションのように進化した能力は使えることが出来ない。

 別に万能でも何でもない。精々十から百能くらいのギフトだ。


「こんな所です。さて先輩方のギフトも教えてください。まさか言いたくないって言いませんよね?」

「そうですわね。嘉神さんのあとで見劣り……聞き劣りしますが、わたくしのギフトは感無量ナンセンス。簡単に言うと相手に感知できなくするギフトですわ」


 予想通りだが、もっと詳しい説明を知りたい。


「人間が情報を得るには感覚が必要なのは当たり前です。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。そう言った感覚からいくつかを指定して、それらの情報を手に入れさせなくするのがわたくしのギフトです」

「一樹、意味が分からん」


 早苗がバカなのは仕方ないとしてちょっとこれは予想外。


 強すぎる、いや厄介すぎるって言うのが正しいか。


「視覚を指定すれば、先輩のことを見えなくなる。聴覚を指定すれば先輩から出した音が聞こえなくなる。そして何より恐ろしいのが触覚を指定すれば先輩からの攻撃が気付かない」

「そこまで理解できるとは……手を組むという選択肢は正しかったと確信しましたわ」


 狙撃が見られず、発砲音も聞かれず、硝煙の匂いもばれず、血の味も気づかず、撃たれた痛みすら知ることはできない。


 恐ろしいの一言だ。


「ですが、今のわたくしには一度に3つまでしか発動できません」

「それは弱点になりません。ただの長所です」


 見えない聞こえない感じないで、十分。


「それで宝瀬先輩のギフトはなんですか?まさか教えたくないとは言わないでしょ?」


 俺も断腸の思いで教えたんだ。ここでNOとは言えないはず。


「教えることに意味はないわ」

「貴様!」


 早苗は胸座を掴んだ。どこの893か。

 893だったなそういや。


「別知っていようと知らなくてもどうでもいいでしょ。あと一時間半まで使えない能力なんて」


 それならそれで教えて欲しいものだ。


 どうしても教えたくないのなら俺は推理する。


 今できないのは能力の制限と考えるからいいとして、最初に考えたのは予知だが、けれどもしそうだとするならば、なぜ宝瀬先輩はなぜこの狂ったゲームを予知できなかったのかが気になる。


 となるとあれだろうか。あれだったら前に福知が言っていた恐ろしいというのも納得できる。


「だから一体なんだ! はぐらかすのもいい加減にしろ!」

「あなたに言った所で、何の解決にもならないわ」


 早苗がグーで殴ろうとしたので、両手を前に出して制止させる。


 その代わり早苗と宝瀬先輩にビンタした。


 なぜか四楓院先輩と天谷も驚いているが気にしないで言いたいことを言わせてもらう。


「まず早苗。これから戦う仲間相手に暴力はよくない」


 そして俺は宝瀬先輩の方を向いて


「そして先輩。もう先輩は何も喋らないでくれますか」

「え?」

「ちゃんと守りますから、足手纏いは大人しくしてくれます?」


 皆が静まりかえる。

 俺だってあの先輩にこんなこと言いたくない。


 ただ、今言っておかないと取り返しのつかないことになったらもっと後悔するから仕方ない。


「先輩の言っているとおり使えないのなら教えなくても構いません。ですが使えないなら使えないなりに足手纏いにならないよう頑張ってください」


 先輩相手に酷いことを言っていると思うが、こっちはみんなの命がかかっている。


 生き残った後で殺されるかもしれないが俺は『今』生きないといけないのだ。




 その後早苗にやられて気絶していた三年の先輩方は、数の暴力で説得すれば無事納得してくれた。ただ宝瀬先輩が一緒に行動をしたがらない我が儘を言い始める。


 早苗もさすがに呆れていたが、四楓院先輩の『これ以上集団を大きくしても動きにくいだけですし、他のプレイヤーを見つけるためにも二手に分かれたほうがいい』とのフォローによりしぶしぶ承諾。


 あと出会っていないのは、同級生の時雨と飛鳥部。一年女子四人だったはず。




 俺はこの時何だかんだで、みんな助かるのだろうと勘違いしていた。


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