遅れてきた絶望

「ふああ」


 やるべきことが終わったら急激に眠気が襲う。


「このタイミングで欠伸をするか」

「仕方ないだろ。感知ギフトに神経を使ったんだ。体力はいいとしても精神力が付き欠けてる」


 疲労により精神的に休まないとキツイ。


「おーい。今から俺30分休憩取るからその間に救助寄越さないと、どうなってるか分かってるな」


 一応保険として、観客のつもりだっただろう二名を箱部屋にご招待。


「やめろ! 離せ!」

「助けてくれぇえ」


 なんとまあ、清々しいくらいに嬉しい態度を取ってくれるじゃないの。


 バスガイドを殺した満足感と、この悲鳴を子守歌代わりにすればぐっすり眠れそうだ。


 抵抗できないように処置をしたあと小部屋で仮眠を取る。




 Zzz




 目が覚めたらなぜか宝瀬先輩の顔が近かい。


 それと頭に柔らかい感覚がある。まるで膝枕をされている感覚だ。

 いや、どうやら本当にされているようだ。


「てか何で俺なんかを膝枕してるんですか」

「嘉神君が頑張っていたから御褒美よ」


 正直、寝にくいのでやめてほしかったのだがそんなこと言ったらさすがに失礼というのは理解している。


「じゃ、あと十分間寝させてください」


 俺は目を閉じようとしたのだが、


「殺気!」


 緊急避難で何らかの攻撃を回避した。


「早苗かよ」


 例の如く例の如く、俺を殺そうとしたのは早苗だった。

 見てて分かる。早苗イライラ。


「どうかしたのか?」

「うっ……何でもない。ただ虫が付いていただけだ」


 ここに虫はいないだろう。


「負け犬だから遠吠えとは、なかなか面白いじゃない」

「だまれ」


 どうやらまた早苗と先輩喧嘩したらしい。今度は一体何のようだろうか。


「そういえば、あれから何分経ちました?」

「40分よ」


 あらら、タイムオーバーじゃん。


「それで、能力は戻りました?」

「ええ。さっき確認したわ」


 笑顔で言う。

 何時ぞやの作り笑顔ではなく満開の笑みだった。


 それと対照的なのが早苗。


「どうした?」

「真面目な話だが……月夜の事が気になっていた」

「参加しないクラスメイトを何で気に掛けるんだ?」

「いや……本人のギフトになるからどんな能力なのかは言えないが、それでも参加しないという状況がおかしいと思っていたところだ」


 予知系のギフトなのか?


「一樹、お願いがある」

「お願い? 何?」

「もしもこれから、あいつに何かを命令されたら大人しく実行してほしいのだ」

「……」

「もしもの話だ。私の勘違いで終わるのならそれでいい」

「分かった。よほど変なことじゃない限りは、早苗からのお願いとして聞き入れようじゃないか」

「私としては、よほど変なことでも聞いてほしいのだが、すまない。家に帰るまでは終わったとは思えないのだ」


 それは確かにその通り。

 家に帰るまでが遠足、通報するまでがコロシアイ。


 とはいえ帰る前に、やるべきことはやるが。


「じゃ、約束通り処刑を開始しようか」


 するとタイミングを見計らったかのように、スピーカーから人の声が。

 アナウンサーは男で明らかに慌てていたのを見るに、今の状況があちらにとっても予想外だというのがうかがえる。


「どうでもいいけど、誰か一人を生き残させる前提のゲームなら、元の居場所に戻す準備くらいあってもいいと思うだけどな。そこんとこどう思ってるの?」


 語り掛けるが反応はない。

 やはり最初から誰も生き残らせるつもりはなかったか。


「みなさん。たった今バスの準備が出来ました。扉を開けますので指示する方向に向かってください」


 ようやくか。俺は欠伸をしながら言われたとおり進行する。


「先輩。みーちゃんはどうなるんですか?」


 死んでしまった5つの死体。俺が取りこぼした命。


「そうだな。きっとどこかに埋葬されるんだろうな」


 家族には何と連絡するのだろうか。


「天谷。みーちゃんがただのクラスメイトなら今から会いに行って手を合わせてやりな。友達なら今この場所で合わせろ。そして親友なら、葬儀で泣いてやれ。恥ずかしかったら一緒に泣いてやるから」


 今一度見たが、誰が誰だか分からなかった。

 ある程度の耐性のある俺も目を背けたレベルの損壊だったからな。


「仲がいい程、内側は隠すべきだよ」


 友達だからこそ、仮面を被る。


「さてと、宝瀬先輩。さっきからそわそわしているんですけど何かあったんですか? お花を摘みたいんですか? それとも女の子の日ですか?」


 ここで生き残っても宝瀬先輩に酷いことを言ったため、殺される可能性が俺にはある。

 許すならここで許す、許さないなら怒る。


 覚悟を決めた。さあどっち?


「嘉神君には分からないでしょうけど、やっと私は次に進めるのよ。諦めないでよかったわ」


 見ているこっちが楽しくなりそうなくらいの笑顔で返答する。


 許してくれた……でいいんだよな?


「個人的には明日からクラスの連中が俺を見る目が気がかりですけどね」


 ただこっちはそう楽観的にはいられない。


 口映しマウストゥマウス露見したからな。避けられるのは明白だ。


「嘉神君。明日学校行く気なの?」

「当たり前でしょ。先輩はサボる気ですか?」


 生徒会長なのにサボりとは感心できないな。

 学生の本分は勉強。


 遊ぶなとは言わないが、勉強あってこその遊び。


「こんな事が合っても学校に行こうとするのはどうかしてますわ」


 四楓院先輩は俺とキスした恥ずかしさため、そっぽを向いたままで話す。


 緊急のためとはいっても彼女には本当に悪いことをした。

 宝瀬先輩がやれと言っていなければ彼女は断り続けていただろう。


「そう言えば一樹。お前は結局今幾つのギフトを持っている?」


 えっと、死体どれがどれか分からなかったからな。


「11個」


 しかもそのうち死体からのコピーは、6つ。生身の人間より死体の方が多いというネクロマンサーもびっくりな経歴だ。


 ただ後輩のギフトの多くを知らないから、使えと言っても使うことはできないが。


 今度福知に聞いてみようかな。


「どんどん一樹は反則じみてきているぞ」


 うん。初めは否定していたけど二桁になると否定できない。




 隠し通路が開かれ、その階段を上って地上に辿り着けるわけだが、脱走者を射殺できるよう天井にガトリングガンがセットされていた。


「ここを通れというの? ちょっと無理があるんじゃない?」


 人盾は役に立たたないくらいに数多く設置されている。


「ちょっと下がってて」


 宝瀬先輩は引き金を引く。


 1回の大きな発砲音の後、5台あったガトリングは同時に破壊されていた。


 超スピードじゃないとすれば…………


「あの、宝瀬先輩はひょっとして2種類ギフトを持っているんですか?」

「いいえ、3種類よ」


 俺は12個、早苗は2種類、宝瀬先輩は3種類。

 ただギフトの質は逆になるな。




 人質を先導させ無事、地上まで辿り着く。


 久しぶり……といってもでは数時間ぶりの日光を体に浴びる。


 取りあえず周囲の確認、なるほど。


 周囲は無人だが、かといって自然が生い茂るってわけじゃない。

 むしろ生い茂っているのは建造物。


 大きな柱がずらりと規則的に並んでいる。


 数年後新しい高速道路が隣の県で出来るのだが、費用が明らかにおかしいって国会の討論があった。

 自党の何人かも反対する中押し通し、何のためにそんな費用が掛かるのかよーく分かった。


 こんなことに国民の税金を使ってんじゃねえよ。


 あのシェルター?も本来は物資の備蓄用で、それを改造して作らせたってわけだな。


「取りあえず、強行採決に賛成した奴らを全員洗うわ」


 宝瀬先輩も俺と同じことを考えているようだ。


 さて、よく見るとあそこにあるのは最近珍しい公衆電話ではないか。


「警察に殺し合いをさせられましたからこいつらを逮捕してくださいって言って、駆けつけてくれるって思えます?」

「無理に1億を」


 そうなんだよなあ。あまりにもやっていることが酷すぎて信じてもらえそうにない。


「でも宝瀬先輩だったら家に連絡を取って信じてもらえるんじゃないですか?」

「それは、確かにその通りなのだけれど…………連絡先を忘れちゃったわ」


 あらら、残念。携帯は処分されたみたいだし本当に連絡手段が無い。


「四楓院先輩は知ってます?」

「すみません。私も知りません」


 使えないって危ない。四楓院先輩は影のMVPなんだからそんなこと思っては駄目。


「そういや早苗は宝瀬先輩と知り合いだったんだよな」

「私が覚えられる数字の桁数は5桁までだ。携帯の番号は覚えた事はないぞ」


 使えな……じゃなかった。残念無念。


「ただ自宅の番号くらいは覚えている」

「おお、じゃあそこから宝瀬家に連絡することは?」

「母様がいれば可能だ」

「居そう?」

「多分」


 ならばそうしよう。家柄の格で言えば早苗が3番目だし、知っていても不思議じゃない。


「あ、あの…………バスで帰らないんですか」


 用意されていたバスの人が遠慮がちに提案する。


「使うわけないだろ。行きと同じように催眠ガスを使われたらどうするんだ」

「…………」

「ってめえ! やっぱそのつもりだったな!!」


 こいつら何も反省しちゃいねえ。


 どうやって自分達が犠牲にならないで、俺達を殺すかを考えている。


 早苗の言う通り帰るまでが遠足だな。


「許してやる代わりに、おら、財布出せよ」


 おやじ狩りを実行、ただし目的は金だが札ではない。


 100円玉を4枚取り上げる。

 まさか俺の人生で100円玉で公衆電話を使うとは思わなかったな。


 こんなときじゃ無ければもったいなくて使えない。


「早苗の家の番号は?」

「×××―○□▽―◇△◇△」


 聞いた通りに電話をかけようとしたところだったが…………逆に公衆電話に着信がきた。


「「「…………」」」


 こんなタイミングで怪しすぎるが、出ないとこっちからも電話ができないため仕方ない。覚悟を決めて出よう。




月夜幸つきよゆきより、嘉神一樹へ。今すぐ後ろの上空を見てください。運動場で待ってます』




 言いたい事だけ言った後、通話が途絶えた。


「なんだったんだ?」


 時雨が電話の内容を確かめようとするが、俺は早苗の発言を思い出す。



『もしもこれから、あいつに何かを命令されたら大人しく実行してほしいのだ』



 急いで後ろを振り向き、上空を見上げる。


 晴れていて雲は空の2割ほど。そのよく見る空に黒い点がぽつりと一つ。


 それがだんだん大きくなって――――――――――――!?!?!?!?!?


「みんな集まれええええ!!」


 何てことしやがる!

 ここは日本だぞ!?


「ど、どうした? そんな慌てて?」

「何があったんだ……は?」


 俺がした集合の号令に、皆は二種類の反応を示した。


 一つは言われた通りに集まった者。彼ら……というより彼女らは、凡庸であったがその選択は正着手である。

 もう一つは俺が何を見てそう反応をとったのかを確かめた者。彼らは知的好奇心の高い優秀な人材だったがその選択肢は悪手であった。


 俺と、その彼らが見た物は金属の塊。


 一直線に。

 空気を切り裂き。

 音を置き去りにして。

 戦時中の特攻隊のように。




 ――――――ジェット機による突撃。




 人質や証拠や証人。今回の事件に関わったモノ、全部全部この世から消し去る気だ――?!


回廊洞穴クロイスターホール―――――ッ!!」


 人が集まった所を起点に次元に穴を開け、ワープさせる。


 成功率が低いなんて言っていられない……やらなきゃ死ぬ。


「飛び込めええええええ!!!!」


 入りきらなかった人達にそう言うしかない。



 刹那の出来事、一瞬の逃亡。



 間に合った者だけが穴を通過し、間に合わなかった者はジェット機に押しつぶされる。


 穴に通過できれば助かるわけじゃない。


 通過するときに運が悪ければ身体が削がれる。

 俺も左腕が持っていかれた。


 目的地の博優学園運動場にワープしても、まだ死亡要因は残っている。


 何のことか分からずワープした女子生徒……具体的には宝瀬先輩と四楓院先輩と天谷はその場で棒立ちのままでいた。


 その上を穴から落ちる生徒が降ってくるのだから、彼女達にとってはそれが致命傷になりかねない。


 一番近かった宝瀬先輩を鬼となった右腕で掴み上げ、急いで穴の下から離れる。周りがどうなっているのか確認する暇はなかった。




 穴を通じて轟音が鳴り響き、続いて灼熱の熱風が俺達に襲い掛かる。


 物理によって生じる爆風を防ぐ術を俺は持っていない。

 出来ることは鬼人化オーガナイズを使いダメージの軽減をはかるだけ。


 少しでも彼女に爆風と灼熱を触れさせないように覆いかぶさった。


「――――っッ!」


 悲鳴を出すことすら許されない激痛。


 絶え間なく続く拷問のような火刑。


 背中がただれるのをその肌でしかと感じ取る。




 死神の足音が耳のすぐそばで響いた。




 何分何時間何日たったのだろう――――頭ではほんの数秒だと分かっているのに――――本当に長い時間を体感した。


 その間足音がどんどん大きくなる。消えろ……消えろ……と念じるしかできない。






 ああ、もうきつい。ねむりたい。

 ちょっといしきをてばなすだけだから……すぐおきるから。


「…………君。………神君? 嘉神君!?」


 ――――誰かが呼んでいる。


「起きて! お願い起きて!!」

「ほう……せ……先輩?」

「そうよ! 私よ。分かる?!」

「ええ。分かります」


 意識はある、痛みは背中の全てに広がっているがだからこそ今生きていると実感できた。


 俺は今……生きている。

 そう実感すれば力がわいてくるというモノ。


「あ、重かったですね。すぐにどきます」


 あれほど苦しく、もう動けないと思っていたのに案外簡単に体を動かせた。


 そうだ! 他の皆はどうなっているんだ?


 急いで周りの確認を――――――


「なんだ……これは…………」


 振り返るとそこは地獄と表現する以外言葉が出ないほどの惨状だった。


 焼け焦げた死体。

 噴出された血飛沫

 意味をなさないうめき。


「あ……っぁああ」


 踏み潰された肉細工。

 四肢の欠けたマネキン。

 爆散した血の皮袋。


「ぅぁ…あああああ」




 人はもうそこいなかった。






 落ち着け…………冷静になれ。今は生存者を探さないと。

 救助では一分一秒が大切だと習っただろ? 左腕はもう無いが体は動く。鬼の血だって流せるのなら、まだ助けられる人はいるはずなんだ。


 嘆いたり、合掌するのはその後でも許してくれるよな?


 まずは意識があり、また動ける人を探す。


「誰か! 誰かいないか!?」


 返事はすぐに帰ってこなかった。


「………私は――――ここに居るわ」


 その静寂を嫌って、唯一生存がはっきりしている宝瀬先輩が相手をしてくれた。


「宝瀬先輩は…………」


 大丈夫ですか? と、最後まで聞くことはできず、口を閉ざしてしまう。


 左腕が欠けたため、宝瀬先輩の右腕を覆いかぶさる面積が足りなかった。


 彼女の右手は黒く焼け焦げてしまっている。


 でも先輩は自分の右腕を見て、穏やかにほほ笑んだ。


「今生きているのだから……これくらいは平気よ」


 強がりでもなく、それが本心のように話しかける。


「そう…………ですか。じゃあ、ちょっと他に誰かいないか探してきます」

「……………………」


 宝瀬先輩は何も言わない。

 分かっているから何も言わない。



 他の皆が生きていることなんてあり得ないなんて、分かっていても何も言わない。



 ジェット機が落ちる前には11人の生存者がいた。

 俺と宝瀬先輩を除けば9人。


 その中で3年の男性の先輩2人は、距離的に絶対に間に合わない。


 残り7人。


 爆心地を中心として探すと焼死体が3つ。


 残り4人。


 四楓院先輩だった肉塊をみつける。


 残り3人。


 時雨の首だけが見つかった。


 残り2人。


 早苗はまだ見つからない。


「どこだー! 早苗ぇ!!!」


 一番生きている可能性も高いのも早苗だ。

 生命力を上げるギフトを持っていて、早苗を中心に回廊洞穴クロイスターホールを使ったんだから。


 それなのに…………返事をしてくれない。


「早苗は……早苗はもう…………」

「違います。早苗は絶対に生きてます」


 根拠はなくて、ただの強がりで。

 そう言わないとやっていけそうになくて。


 俺の何かが壊れてしまいそうだった。




 やっと生存者を発見する。


 誰か分かるなら、死んでいようがそいつは軽傷。


「天谷! 生きているなら返事くらいしろ!!」


 後輩の天谷が生きていた。

 煙の向こう側にいたため、すぐに見つけることはできなかった。


 ならばきっと早苗だって生きている。


「ぁ……」


 天谷は俺の事を一切気に掛けず、ただ一点を眺めていた。

 ただただ眺め、それ以外は何もしない。


 その視線の先を――――見てしまった。


「……あ」


 それはキリストの様に壁に磔にされ


「ぁああああ」


 金属の破片は槍のように彼女の胸を貫通しながら壁を突き刺し


「ぁぁっあぅあぁああああ」


 真っ赤な鮮血は、まるでこれから天に旅たとうとする天使の羽根を描いて


 彼女はそこにいた。


「ぅあ………ああぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」




 衣川早苗がそこにいた。
















 生存者


 嘉神一樹、宝瀬真百合、天谷茉子。



 以上、3名。


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