少年の絶望は、少女にとっての希望である。








 気が付いたら大の字になって倒れていた。

 青かった空はいつの間にか夕暮れになっている。


 記憶が飛んだ。と言い表すしかない。


 周囲を確認すると、醜悪と表現したくなった。


 グラウンド全体に肉人形が埋め尽くされ、それらすべてピクリとも動かない。


 そいつらにちょっとだけ覚えがある。

 こいつらは大臣たちと一緒にいた奴らだ。


 帰りついたら全員を殺そうと心に決めていたのに、勝手に死んでいた。


 ――――違う。

 俺が殺した。


 意識が飛んでいる間に、こいつら全員を八つ裂きにしたんだ。


 全身から返り血を浴びて、否、漬かっているのをみて、そう察する。


 人を殺した罪悪感は一切芽生えない。

 こいつらそれだけのことをしたんだ。むしろ俺に八つ裂き以外で残酷に殺す術がなく残念だと思っている。


 その罪悪感の代わりに得たのは……嫌悪感だった。


 臭い。臭いがじゃない。存在が鼻につく。

 何だこいつら、死んだのになぜこうも俺をイラつかせる。


 流れた液体を全身で浴びたらしく体中がギトギトして、気持ち悪さがさらに増加。


 生きていても死んでいてもマイナスにしかならない。


「くっそ、ゴミが!!」


 転がっていた肉塊を蹴る。

 こいつらの所為で……早苗達が…………!


「ああああもう!!!!」


 あいつらがどんな苦痛をともなって逝ったと知っていれば、少しは気が晴れるのに……!


 わずかに覚えているのは…………色が消えた事。

 赤も青も黄もなく、全てが白と黒の世界。


 それ以外は本当に何も覚えていない。


「顔に血がついてるわ。拭かないと気持ち悪いでしょう?」


 宝瀬先輩がハンカチを手渡す。


 彼女の好意を黙って受け取り顔を拭いた。


 確かに少しだけ気持ち悪さが消えたが、それでも憤怒と憎悪は消えることはない。


「嘉神君は…………私に何か言いたいことはあるんじゃないのかしら」

「先輩にですか……? 生きていてありがとうとしか」


 そう、本当に宝瀬先輩が生きていて良かった。


 それだけが、俺の救い。


「そう言ってくれると嬉しい。でもそうじゃなくて、私のギフトのことよ」

「ギフト……ですか?」

「ある程度の察しはついているのでしょう?」


 ああ、どんなギフトなのかある程度の形は想像できる。


「時間遡行と時間停止」

「その心は」

「時間停止は同時にガトリングを破壊していたことから。時間遡行は毒の件を知っていたことから。最初は予知みたいなギフトだと思っていましたが、それにしては知らないことが多すぎた。先輩は2周目の人間だと推測します」

「……………」


 何も返事をしない。ただそこまで外してはいないはず。


「それと実の所既視感デジャヴがあったので、カンニングに近いですがなんとなくは分かっていました」

「え? 既視感があったの!?」


 ここで初めて宝瀬先輩が驚いた。そっちは気づかなかったのか。


「ええ。ありました。天谷に撃たれた時……涌井の時……あと四楓院先輩にも。あれ? 全て致命傷だと仮定したら4周目? 覚えていないのも含めたら10周目だったりするんです?」


 無理だと諦めていたのは、ある程度の回数は重ねていたと考えれば辻褄が合う。


「そう思っているのなら、何で私に頼まないの? 時間を巻き戻してみんなを助けようとは思わないのかしら」


 否定はしないということは、正答したと思っていいのか?


「意味がないから。時間を巻き戻した所で何も変わらない。下手をすればもっと酷くなるから」

並行世界パラレルワールドのことをいっているのね」

「はい。たとえそれをしたとして、救うことが出来た世界と出来なかった世界を創ってしまうだけですから」


 だから、頼めなかった。

 失敗してまた繰り返せば、失敗した世界が2つも出来てしまう。


 繰り返せば繰り返すほど不幸な世界が生じてしまうんだ。


「その考えは間違いじゃないわ。『時間』を巻き戻せば、そういう不具合が確かに起きてしまう。それに、何とかして元の歴史に戻そうとする修正力も働くわ」


 そういう能力を持った人は、そういうことにも詳しいのだろう、


「ただしそれは私のギフトが『時間』であった話。残念だけれどあなたの推測は間違いよ」

「違うんですか……?」


 合っていると思っていたのにどうやら違うようだ。


「ええ。私のギフトは反辿世界リバースワールド。時間遡行ではなく『世界』の巻き戻し。リセットとでも言いかえていいわ」


 『世界』のリセット? ニュアンスの違いがよく分からない。


「簡単に言うと分岐しないの。並行世界なんて生まれないの。修正力? 記録される前に戻れるわ。完全無二のリセットよ」

「…………は?」

「それと『時間』停止も違うわね。時間停止というのは精々私が存在する宇宙の時間が止まる程度よ。私のギフトは全宇宙、全並行世界、異世界を含め、全ての活動が停止されるわ」


 ・・・・・・


「冗談……じゃないんですよねえ?」


 マジモンの神に等しい能力じゃないか。


「本当の本当よ。停止は体感最大10秒ほどでインターバルは2秒程度。戻れる世界に限界はないけれど戻ってしまえば停止と遡行は戻った分だけ使えなくなるのが欠点よ」


 欠点が欠点になってないです先輩。


 そういや最初に出会った時に好きなルールを決めてゲームをしようって提案されたけど、負けても巻き戻したらいいだけだもんな。

 それにギフトを知った後に巻き戻せばばらした事すら忘れてしまうってわけだ。


「だったら……!」


 やり直せばいい。それで全てが解決する。


 『お願いします、巻き戻してください』


 そんなお願いをしようとした。


「絶対に嫌」

「え?」

「絶対に嫌。巻き戻しなんかしたくない」


 明確な拒絶。

 まさか断られるとは思っておらず動揺してしまう。


「何で!? こんな惨状を受け入れられるのか?!」


 グラウンドを指さしながら叫んだ。

 これが地獄じゃないなら、他に何と呼べばいい?

 認めていい現実じゃないはずなんだ。


「ええ。受け入れられるわ」

「学校の友人が死んだんだぞ? それを何で平気な顔をしていられる!!」

「友人? 誰それ?」

「……は?」

「私に友人はいない。あるのは……利害関係があった人だけよ」


 吐き捨てるように、いや、吐瀉物を思い出すかのように宝瀬先輩はそう述べた。


「四楓院先輩は? あんだけ心配していたのに」

「ああ、あいつ? あんなの友人じゃないわ」


 友人じゃない。そんな言葉を彼女から聞きたくはなかった。


「どうしてそんなことを…………」

「私には3種類のギフトがある。最後の一つはなんだと思う?」


 咎めようとする俺に、答えの為の出題が出される。

 その答えが、なぜ宝瀬先輩がそんなことを言うのかの答えなんだろう。


「それだけは分からないんです」

「答えは死に戻り。死ねばぴったり3時間分の『世界』が巻き戻される」


 不意打ちすらも通さない。

 ぶっちぎりの最強のギフト。


 正直対策が思いつかない。


「死に戻りも遡行と同じ。戻っている間は意図的にギフトが使えなくなる。ただし再び死ねば、その死んだときから更に3時間巻き戻る。数字を出すと15時に死んで12時に戻る。その後14時に死ねば11時に戻る。ただし制限が解禁されるのは15時になってから」


 しかも鬼人化オーガナイズのような疲労も無い。コストがゼロの呆れてしまう能力。


「嘉神君なら理解できるはず。何で私があいつらを見限ったのか。あなたのいう地獄を見て、私が何で平然としていられるか」


 死に戻りの能力者に生じる事故で、考えられる限り最悪の答え。

 記憶力のいい先輩が、俺の事や自宅の番号を忘れるという事実。


「あ……!!」


 分かってしまった。理解してしまった。



「宝瀬先輩…………あなた、これが何周目だ?」


 否定されるのを期待して聞くが、内心これが正答だと確信してしまっている。


 それを分かっているように先輩は笑った。

 その笑みは嬉しいとか喜ばしいとかの意味じゃない。


 苦笑、嘲笑、冷笑、嗤笑。


 笑うしかないしかない状況だったから、笑わずにはいられなかったんだ。







 憶えていない……憶えきらないほどの幾多のループ。


「それでもあえて数字を出すとするなら……」


 指を降りながら、上の空で自身が死んだ回数を数えた。


「どんなに少なくとも、2000回は超えているわ」

「に、2000……」


 2000回死んだ。2000回殺された。


「だが何でそんなに…………?!」

「最長生存が1周目だったのよ。1周目は体内に回っている毒で死んだわ」

「そうですか……」

「だからその時よりも生き残るために、解毒剤が必要だった。解毒剤を手に入れるためには誰かを殺さないといかない」


 ギフト抜きで誰かを殺し生き抜かないといけない。それはいくら宝瀬先輩でも難しいこと。


「運営は何故か私のギフトを知っていた。だから私の対応を見てイベントを組み替えたりしていたの。私の居場所をアナウンスで教えたり、毒が回っていてギフトが使えないことを他の参加者に知らしたりとかね」


 完全に宝瀬先輩だけを潰しにかかっていた。


「運営も運営だけれど、クラスメイトもクラスメイトよ。口では私のことを崇めながら、いざ理性という鎖を解き放たれたら獣のように襲ってくるんですもの。私に言わせれば運営と大差ないわ」

「そんな…………!」

「信じられないかしら。でも考えても見て。嘉神君はあいつらに殺されかけたことはないの?」


 それは…………言うとおりである。

 生きているから笑いごとにしているが、天谷、湧井、先輩方全て俺を殺しにかかっていた。


「非常事態だから仕方ないなんて言葉、嘉神君は言わないって信じてる。緊急避難が通じるのは死人に口が無い時だけよ。私は覚えているわ。あいつらが私をどんな目で見て、どんな目をあわせたのか。二度と関わりたくないって思えることを何度も何度もやってきた」


 何一つ間違えていない、先輩の正論。

 それでも俺はすぐに受け入れることはできなかった。


「その……正直信じられないです。いや、ループをしているってことは信じられるんですけど……学校の仲間が先輩にそんなことするなんて。そこまでするような奴らとはとても思えないです」


 言葉にして気づく。鵜呑みに出来ないんじゃない。

 信じたくないから、少しでも粗が無いかを探していた。


 同じ学び舎で学ぶ仲間が、同じ仲間を殺すような真似をするなんて思いたくなかった。


「今回ループは奇跡に近かった。ほとんどの参加者はやる気にならないで、様子見のままでいてくれた」

「そりゃ俺が掻き回したってこともありますけど……巻き戻したんなら、誰が何をするかってこと……決まらないんですか?」

「『運命』が残らないってことは、不確定要素は不確定のままなのよ」


 だからこそ今こうして生きていられる。

 わずかな細い生き道を辿って、今の先輩は生きている。


「でも……本当にみんなが先輩を殺したんですか」

「あなたは今回が初めて会ったわ。それと早苗と時雨君も無かったはず」


 そうか、ならよかった。

 やはり何だかんだで、あいつらは良い奴だ。


 ほっとする。ちょっとだけ胸のつっかえが取れた。


 でもだからこそ、あいつらを生き返す手段があるのならどんな手でも試さないといけない。


「だったら、早苗を生き返すために……………」

「うるさい」

「え?」

「うるさいうるさいうるさい」

「せ、先輩?」


 先輩の何かが―――――弾けた。

 何かが先輩の琴線に触れた。

 導火線に火がともされ、爆弾が爆発した。


「早苗早苗早苗早苗早苗早苗早苗早苗。今ここに居るのは私でしょ! 早苗はもう死んだの! 二度と生きて会えないの!! 死んだ奴のことなんか考えなくていいでしょ!? 今生きている人のことを考えて!!!!!


 それでも早苗が大切だっていうなら


 私が変わりになるから……!!!


 あいつの顔が好きなら整形するから……!!

 あいつの髪が好きなら染色するから……!!!

 あいつの名前が好きなら改名するから……!!!

 あいつの性格が好きなら口調を変えるから……!!

 あいつの家柄が好きなら新しく組織を作るから……!

 あいつの胸が好きなら貧胸手術をして減らすから……!


 私はもう嘉神君あなたしかいなくて、嘉神君あなた以外何もいらない。

 頑張って何でもするから――――お願いします。


 早苗じゃなくて――――こっちを見て。


 もうこれで終わりにしたいの。


 ここは私に害した人達がみんなみんないなくなった現実。

 ずっと待ってた……生きていけるこの未来


 不自由なんて何もさせないから――――――


 この素晴らしい世界で共に生きましょう…………」



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