嵐の前のなんとやら

 そう何度も|回廊洞穴(クロイスターホール)は成功せず、過去最大の失敗だった。


 右腕が取れてしまい、叫び声が出てしまいそうなくらい痛い。


 「きゃあああ」


 ただしさっきの叫び声は俺のじゃない。

 前方右手側から聞いたことのない女の子の声が聞こえた。


「死ねよ」


 飛鳥部が、自分のギフトで一年を殺そうとしている。


「ストップストーップ。殺しちゃ駄目ね」


 近くに落ちていた左腕を広いながら、俺は一年の飛鳥部の間に割り込む。


 ギリギリだが間に合った。これでもう大丈夫だろう。


「どけよ。一樹。いややっぱ動くな。風鈴禍斬ウインドブレーカー


 風を操る能力とは分かっている。

 つまりどうあがいても、吸収する能力である柳動体フローイングには勝てない。


 相次いでの回廊洞穴クロイスターホールで疲れている体力を回復させた。


「それがお前のギフトか!一樹!!!」

「そう。この世全ての力を打ち消し力の糧とする。それが俺の|柳動体(フローイング)だ」


 ※違います


「相性が悪いと思わないか?どうだ飛鳥部?別に俺は戦いに来たんじゃないんだ。話だけでも聞かないか?」


 飛鳥部相手は大丈夫だ。相性が良すぎる。


「…………目的は」

「とりあえず、全員をこっから生きて出すことかな」

「出来るのかそんなこと?」

「出来る。頼む飛鳥部、協力してくれ。それと一年。先輩からの命令だ。生きたければ協力しなさい」


 みんな俺に賛同してくれた。


 良い感じだ。後は適当にやっても助けることが出来る。




 成功率が低いため、回廊洞穴クロイスターホールは使わない。徒歩で早苗たちに会いに行く。






「やっほー。生きてますか宝瀬先輩」

「遅いわ。嘉神君」


 特に何かがあったわけではなく、普通にしていた。


 あとはほぼ出来レースなのだが、一つだけ回収しておかないといけない問題がある。


 俺たちの体内にある解毒剤の件である。


 あれを飲まないと死んでしまうが、解毒剤を得るためには誰かの腹を割かないといけない。


 そこでだ、考えた結果、一つの結論を出した。


「早苗、少し話がある」

「うむ?」

「あと他の人はそっちの部屋にいて。二人で話したいから」






 二人きりになって俺は未来からやってきたことと、毒の件を話した。

 早苗は俺が未来から来たということよりも、宝瀬先輩とキスをしたことに不信感を持っていた。


 理由は分からん。


「それで、これからどうするのだ」


 俺にいい考えがある。


「早苗、お前が俺の腹切れ」

「は?」

「お前が俺の腹を切って解毒剤を回収。その後俺が鬼人化オーガナイズで傷を治す。完璧だろ?」


 ていうかそれ以外全員が生き残る方法はない。


「……一樹。お前は勘違いしているぞ」

「なにが」

鬼人化オーガナイズについてだ。あのギフトは確かに自身の回復能力を著しく増加させる。だがそれはあくまでも肉や骨に対してだ。五臓六腑は作用しない」


 なんと。

 確かに言われてみれば今までは全部手や足の怪我で治していたな。


「やっべ………」


 これは、本当に一人殺す必要があるのか?


「……だが鬼神化オーガニゼーションならば話は別だぞ。あれならば心臓と脳以外再生可能なのだ」


 おお。それなら安心だ。


「だが断る」


 俺は早苗を傷つける気はない。


「しかし一樹、それ以外に方法はあるのか」

「………ない」


 格好つけてあれだが確かにない。


「それにお前は医大を目指しているのであろう? だったら私の胃がどこにあるか分かるはずだ」


 いや、そのために医大目指してたわけじゃないんだよ。


「それに、今は時間もないのであろう。ならばやることはもう決まっているぞ」


 本気で悩んだが、結局俺は早苗の言う通りにした。






「始める前に確認しておくぞ。一樹も分かっていると思うが鬼人化オーガナイズは身体能力回復力、それに感度も上がる。つまりとても痛いのだ」


 うん。本気でさっき腕が取れたときは痛かった。


「そしてこれから私は鬼神化オーガニゼーションを使うわけだが、当然感度も上がっている」

「具体的には」

「10倍くらいだぞ」

「死ぬんじゃね」

「大丈夫だと思うぞ。私たちは母の折檻に慣れているだろう?」


 うん。そうだけどな……あくまであれはネタの範囲であり、実際は関係ないと思うが。


「それに、あまり時間をかけていられないのであろう?」


 あいつらその気になれば毒ガスをばら撒けるからばれないうちにさっさとやる必要がある。


「だから早くなのだ」


 早苗は着ていた服を脱ぐ。


 いい体だ。ワンダフル。


「何をじろじろ見ているのだ」

「いや。正しいところじゃないと無駄に傷付けるだろ?」

「……そうだが、そんなにまじまじと見られると恥ずかしいぞ」

「恥ずかしいって、これからお前の(腹の)中全部見るのに恥ずかしがっては世話無いだろ」

「だが……」

「ああもううるさい。さっさとやるからな。覚悟決めろ」

「ま、待て。まだ心の準備が」


 もういい。こうなってしまったら勢いでやるしかない。


「いれるからな」


 鬼爪で、早苗のお腹をサクリ


「ひぎっ」

「こら、まだ入れたばっかりだろ。暴れるな」

「いだい……」


 刺した所から血が流れる。深い意味はない。


「力抜け。入れにくいだろ」

「だが一樹……もう少しゆっくり……」

「ゆっくりしてたら(解毒剤を)なかなか出せないだろうが」


 俺は早苗の中に一気に突っ込んだ。


「ひぎゃぃ」


 くそ。なかなか見つからない。


 俺は手を掻き回した。


「ぎゃああああああああああああ」


 よし。あった。


「今から抜くからな」


 早苗に返事はない。


 失神していた。






 早苗は失神したが、流石は鬼神化オーガニゼーション、傷はもう治っている。


 彼女はしばらく戦えないだろうが十分な仕事をしたといえるな。


 天谷に頼んで解毒剤を複製。今ここにいる全員に飲ませた。




 俺は早苗を背負い移動する。


 もちろん


「結局、あなた今一巡前手に入れたギフト使えるのかしら?」

「詳しく考えるより実際にやってみます」


 試しに四楓院先輩のギフトを使ってみた方が早い。


感無量ナンセンス


 このギフトは、自分が発する視覚や聴覚といった感覚的情報を相手に伝えないギフト。

 成功すれば俺の存在は視認できないはずだが…………


「どうですか?」

「……微妙なところだわ」


 俺自身は普通に見えるため、先輩に判断を仰ぐしかない。


「あなたは消えているのだけど、服が消えていないのよ」


 それじゃ結局無駄じゃないか。


「はっ!」


 宝瀬先輩は何か閃いたようだ。

 効果音があるなら『ピカーン!』って音が聞こえそうだ。


「嘉神君。一回全部服脱いでギフト使ったらどうかしら」

「……」


 何を……言っているんだ……?


「いや、今はいいでしょ」

「よくないわ。思い立ったらすぐ行動よ」

「えっと……恥ずかしいですし」


 宝瀬先輩がいるからではない。


 忘れないでほしいのだが今俺の後ろには天谷や四楓院先輩などたくさん人がいるのだ。


「みんなの前で脱ぐのが恥ずかしいのなら私も一緒に脱ぐわ。それでおあいこでしょう?」

「いや、その論理はおかしい」

「仕方ないわね。私は全部脱ぐけれど嘉神君は下着でいいわ」


 もはや話の趣旨が変わっている。どんだけ俺を脱がしたいんだ。


「落ち着いてください。真百合さん。あなたちょっとおかしいですわ」


 ここで常識キャラの四楓院先輩が登場だ。

 やったこれで勝てる。


「仕方ないわ。琥珀も一緒に脱がすから」


 違うんだ。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。


「ちょっと、真百合さん!?」

「ちょっとあなたうるさいわ。黙ってて」

「……ごめんなさい」


 四楓院先輩ぃいいいい。

 折れないでほしかった。


 あんたが折れたら、誰もこの人を止められない。


「ああもう。そんなに脱ぎたきゃ勝手に脱いでください」


 俺は投げやりになりながら提案する。


「それは命令?」

「ああそうですね。出来るならやってください」


 出来ないだろうと思っていた。


「分かったわ」


 宝瀬先輩は躊躇なく自分の着ている制服を脱ぎ始めた。


 騙されないからな。

 どうせこれ俺が怯んで途中で止めさせようとしているのだろうな。


 多分下着までで音を上げるだろう。


「靴下は脱がない方がいいのよね」

「そうですね。四の五の言わずにさっさと脱いでください」


 さあ。さっさと降参するんだ。


 今ここには後輩がたくさんいる。


 脱げるわけがないだろう。


 もう先輩下着姿になっているけどな!

 それと素晴らしいです先輩。


「嘉神君。ブラジャーとパンティどっちから脱いだ方がいいのかしら」

「う……上から………」


 先輩は躊躇なくブラのホックをはずし………


「ストッオオオオオオオプ」


 ごめんなさい無理。


「………」


 飛鳥部。何かすまん。


「それで、嘉神君は何枚脱いでくれるの」


 もはやギフトそっちのけである。


「脱がねえよ」


 ため口になってしまった。

 反省しなければ。


「そう。残念だわ」


 しゅん、と落ち込む宝瀬先輩。

 何これ。めっちゃかわいい。


「じゃ、先に行きましょうか」


 そうだな。さっさと先に行くか。


 時間に余裕が出てきたとはいえ急いだ方がいいもんな。


 俺たちは先に進………


「む、まえに先輩服着てください」

「それは命令?」


 何でいちいち俺が服を着ろという命令しなきゃいけないんだ。


 何か腹が立ってきた。


「いいや、やっぱしばらくそのままでいろ」

「分かったわ」


 分かんなよ。


「ん……一樹か」


 あ、早苗が目覚めた。


「……これはどういうことだ」

「いや、早苗が気絶したから俺が背負って移動……」

「違う。なぜ真百合が下着姿になっているのだ」


 何でだっけ?

 途中から話が分からなくなった。


 冷静になって考えてみると、ギフトの確認の為に何で宝瀬先輩が服脱いでるんだ?


「それは嘉神君から脱げと言われたからよ」

「そうなのか!」

「まあそうなるな」

「……」


 あの……無言で鬼人化オーガナイズ使うのやめてもらえませんかね。

 めっちゃ怖いし、負んぶしているから回避できない。


「遺言はあるか」

「いやいや。マジで首筋狙うのやめて。一樹君死んじゃうから」


 この後先輩に命令して服を着せた。

 早苗のおかげでなんかやばい一線を越えずにすんだ。


 やったね。愛してるよ(嘘)


 それと真百合が思ったよりも元気そうでよかった。






「おお。嘉神じゃねえか。っておい、何で10人もの女を侍らせてるんだ」


 前回と同じようで違う台詞を投げかけるのは時雨。


 カッコいい嘉神君は可憐にスルーする。


「湧井は見たか?」


 前回は一緒にいたはずだが今回は時雨一人だった。


「湧井ならさっき会ってすぐ去っていったけどよ」


 さすが時雨。俺とは違い仲間の信頼が厚い。文字通り痺れるね。(電気だけに)

 正直時雨に出会えば後は容易いな。


「時雨。急いで湧井を追いかけてくれ」

「どうしてだ?」

「今の所誰一人として誰も殺していない。だからこのままゲームを強制終了させる」

「その案いいなぁ。返事は当然イエスだ」


 こうして下手をしなくてもカリスマ性のある時雨が仲間になってくれた所で仲間集めは簡単に終わった。


 問題はこれからだが。






『何をしてるのですかー。みなさーん。早く殺し合いをしてくださーい』


 例のブスバスガイドが例の如くアナウンスを鳴らす。

 前回より介入がずっと早い。


「えっと、このまま放置だと毒ガスが出るんだっけ?」

「そうよ。だから気をつけて」


 俺は取り敢えず、バスガイドと観客10人をこっち側に連れてきた。

 元いた場所を覚えていたから、感知の能力を使う必要がない。


「こんにちは」


 大人の対応を。

 挨拶は大事。


「え?ええ?ええええ?」


 慌てすぎだバスガイド。


「何だね君たちは! 私を誰だと思っている! 衆議院議員のはぐっ」


 もういいから。 お前らの声を聞くだけで殺したくなるのを我慢しているこっちの身にでもなってほしい。


「往生際が悪いな。分からないのか?てめえらはもう詰んでるんだ。大人しくリザインしろ」


 チェックメイトはかかっている。

 あとはこいつらが自分のキングを倒すだけなんだ。


「聞いていないぞ! 絶対に安全だからと聞いて私は観戦していたのに!!」


 うわ………大人って大変。聞いたことを全部信じないといけないなんて。


「処刑はしない。ただし真の地獄というものを教えてやる」


 嘉神一樹の教育講座出張版ヴァージョン。


 まず1年女子には教育上悪いので別の所で待機してもらいます。後、早苗は何かあった時の護衛として1年女子についてもらった。


 10人くらいもってきた観客を2人見せしめで殺す。見せしめ、大事。

 そうしないと俺みたいな不真面目な生徒が現れちゃうからね。


 その後、何をやったかって?

 各々の眼球を抉り取って、その眼を咀嚼そしゃくさせただけ。


 ポイントは鬼化して血を垂れ流し、抉った部分を治療すること。そうすれば長い間死なずにすむ。


 辛子明太子の粒をスーパーボール大にして食べたかのような感覚だと思う。


 見せられたものと比較すれば、同じくらいの拷問だし文句を言われる筋合いはない。


 抵抗できないように手の骨を折ることにも抜かりない。しかし、今は絶対に殺さない。

 人質は生きているから価値があるから。無価値なこいつらだが今だけは俺があんたらの価値を保障しよう。


 無事、息はするが物言わぬ木偶の坊にジョブチェンジしてくれた。ランクアップと言い換えてもいい。


「お疲れ様」


 教育的指導(物理)を終えた後、宝瀬先輩が俺の労を労ってくれた。


「別そこまで疲れていませんよ。楽しかったですし」


 これは本当である。


「じゃあ先輩。また少し仮眠取りますね。見張っててくださいよ」

「了解したわ」


 俺はその場で寝ようとしたのだが


「あの……先輩。何でまた膝枕しようとしてるんですか?」

「別に減るものじゃないからいいでしょ?」


 本当に俺は普通に睡眠をとりたいのだが、そんな風に言われたら断れないな。


「まあ別に良いですけど」


 そして俺は先輩の枕で寝ようとしたのだが……


「また真百合かああ」


 これで何回目か分からない早苗さんの登場である。1年女子見張っとけって言ったのに、何戻って来てんだよ。


「あら。お元気だった?」

「こんなところで、相変わらずイチャイチャして……けしからんぞ貴様ら!」

「いや早苗。逆に考える……じゃなくて、普通に考えるんだ。ここで体力回復しておかないといざというときに力を発揮できないだろ」

「う……だがそれは一樹が普通に寝ればいいだけの話だ」


 そうなんだけどね。でもさっきスルーしたが早苗変なこと言っていなかったか?きっと気のせいだろう。うん。


「それに枕にするのなら真百合の大根足は不向きだろう」


 ゴゴゴゴゴと、何か嫌な効果音がした。

 え?波〇使うの?


「言ってはいけないことを言ったわね。早苗。取り消すなら今のうちよ」

「誰が取り消すか。もう一度言ってやる。この大根足が!」


 宝瀬先輩の名誉の為に言っておく。決して足が太いというわけじゃない。肉付きがいいのほうが正しいか。何せ安産型だし。


「早苗、あなたは禁句を言ったわ。生きてここから出られるとは思わないことね」

「いや、絶対に俺が出しますよ」


 こんな所いられるか。俺は自分の家に戻るぞ。


「一樹は少し黙ってろ。これは女の戦いだぞ」

「すみませんでした」


 反射的に謝った。


「そうね。私が大根なら、早苗は腐ったニンジンじゃないかしら?中途半端に赤くて基本真っ黒」


 今度は、ドドドドドと、恐ろしい効果音。

 スタ〇ドが出るのか?


「じゃあ先輩。俺そろそろ寝ますから、戦争が終わったら起こしてください」


 俺という男が、女の戦いに入れるわけがない。だからここは大人しく逃走するのが正しいだろう。


 ヘタレだが、ヘタレとは言わないで欲しい。


 仕方ないんだ。


 この二人が本気で喧嘩すれば、いつだって俺は勝てない。


 俺は趣味の悪い運営よりも、この二人が恐ろしいと思う。


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