反辿世界


 扉に緑のランプがついていないのを見るとまだゲームは始まっていないらしい。


 次元に穴を開けてフライングをしてもいいのだが、あんまり派手に動きすぎると運営から妨害を受ける。


 前回はこの監視カメラを破壊した時間を使って、冷静に考えを巡らす。


 そんなとき、白い壁に光が照らされた。


 あ! よく見たら監視カメラじゃなくてプロジェクターじゃん。勘違いしてた。


 白い壁をスクリーンに映し出されたものは、スナップビデオ。

 人の頭が爆発したり、足からシュレッダーにかけられるグロ動画。


 何かが足りないと思っていたのはこのことか。

 この殺し合いゲームには、見せしめがなかったんだ。


 正確にはあったが、俺が見る前にその装置を壊したから見ることができなかった。


 だからみんな真面目に参加して、俺だけ不真面目になるんだ。

 納得納得。周回プレイがなければずっと知らないままで終わっていた。は


 で、鑑賞したが特に収穫はない。こうなりたくなかったら殺せとかそんな感じで動画が終わり、アナウンスが流れた。


『それではバトルロワイヤルスタートでーす』


 ムービーが終わるのと同時に流れたため、全員が全員同じものを見ていると考えていいな。


 思い出そう。今から何が起きるのか。

 そう、最初は出合い頭に天谷と会う。


 未来を再現するために、少し待ってから部屋から出る。


 この時、はっきりとノイズが聞こえた。これが無ければ前の周は死んでいたんだから、残した件についてはよくやったと褒めてやろう。


 かすりもせず、頭上を素通りする銃弾。


「あ………」


 前と同じ、天谷茉子と出会った。


「天谷話を聞け」


 ここから俺は歴史を塗り替え、運命を蹂躙する。


「いやです。茉子、先輩のこと大嫌いですから」


 そうかよ。もちろん知ってる。


 それにしても早苗といい俺はよく女性に嫌われる。


「格好つけたい所だが、話は後だ」


 俺は雷電の球ライジングボールで天谷をショートさせる。


「きゃん」


 俺は今急いでいる。説得する時間も惜しい。


 その為にはまず、今から会う空見を死ぬ運命から救い出す必要がある。


「天谷、よく聞け。俺はこれからみんなを助ける。協力してくれ」

「うぅ………お姉さまは茉子だけのお姉さまです。先輩なんかに渡しません」


 なんて事だ。話が通じていない。


「仕方ないな。まずは空見湧井。そこら辺にいるんだろ。出てこいよ」


 湧井と名前の知らない先輩は大丈夫だ。一人である程度自分の命は守れる。


 だが空見は戦うギフトではない。この後何もしなければ死ぬのは未来で見てきた。


「何で分かった」

「どうしてウチがいることわかったんですか?」


 未来が分かっていると本当に行動しやすい。


「空見。協力して欲しい。このままじゃお前死ぬぞ。それとお前だけじゃない。一年全員全滅だ」


 多分天谷も俺が近くにいなければ死んでいただろう。


「天谷。みーちゃんは助けたくないのか?」

「何で先輩がみーちゃんを?」


 未来から来たとは言わない。


「説明は後だ。天谷、空見。少し痛いかしれないが、我慢してくれ」


 俺は回廊洞穴クロイスターホールを発動する。




 よし。ある程度は上手くできた。頬に切り傷が出来たが概ね完璧と言っても問題あるまい。


「ここは?」

「瞬間移動をしただけだ」


 正確には次元移動だったっけ?

 とりあえずある程度の安全地帯に来たところで自己紹介をしないとな。


 前回と同じような所を目的地とした。

 何処も似たような景色のため、ちゃんと元の場所に着いたかは知らんがな。


「空見。初めまして。俺は嘉神一樹。二年十組。以上」

「ウチは空見伊織で一年十組です」


 知ってる。聞いたことは無いけど。


「説明は省く。俺は未来から来た。だからこのまま行くとお前たちは死ぬ」

「嘘ですね。先輩は嘘吐きです」


 天谷は俺のことを信用していない。


「信用しなくてもいい。大人しく利用されてくれ」

「利用されてと言われて大人しく従う人間はいませんよ」


 天谷を説得するのにも時間がかかるからな。


贋工賜杯フェイクメーカーだろ。お前のギフトの名は」

「何でそれを!?」

「もちろん未来から来たからに決まっているだろ」


 覚えていてよかった。


「空見。いいか、まずお前の同級生を捜し出してくれ。早くしないとそいつら死ぬ」

「良いですけど、先輩。本気で助ける気ですか?」

「当たり前だ。俺は理不尽なんかに絶望しない」

「じゃあ、1分待っていてください」


 1分か。俺が前使ったときは3分かかったからまあそんなもんか。


「空見。それ俺が動いたり、場所が悪い状態でも使えるか」

「はい。ウチのギフトは基本どんな場所でも使えますけど……」


 そうか。だったら時間短縮を図ろう。


「まず早苗と先輩だ。天谷、走るぞ」


 俺は鬼人化オーガナイズで手足を鬼化する。


 そして空見を抱きかかえ、走った。


「えええ!?」


 天谷は訳が分からないまま一緒に着いてくる。

 それでいい。訳が分からなくてもお前たちが助かればそれで良いんだ。


「早苗!」


 衣川早苗は三年男子と交戦していた。


「天谷、援護しなくて良いから大人しく待ってろ」


 俺は雷電のライジングボールで注意をこっちに向けさせ、早苗に指示を出す。


「早苗! 一瞬で良いから鬼神化オーガニゼーションを頼む!」

「承知したぞ!」


 俺がいることで、急激な体力の減少も大丈夫と判断したのだろう。

 決着がつくのは一瞬だった。


「助けに来た」


 俺は息を切らしながら言う。


「何を言うか。倒したのは私であろう」


 それでいい。いつもの早苗だ。本物の早苗だ。生きている早苗だ。


 戻ってきてよかったと心から思う。


 でも待て、一人?確かここにいるはずの先輩は二人だったはずじゃ……?


「早苗と天谷。空見を頼む」


 もう一人の先輩を探すついでに、宝瀬先輩を探す。

 確かこの辺りだったはずだ。


 記憶を頼りに宝瀬先輩がいた部屋に向かう。


 そこに先輩はいた。


「見つけましたよ。宝瀬先輩」


 ついでにもう一人の先輩も。


「…………おまえ」


 状況を見ればこいつが何をしようとしているか分かった。

 こいつは今、許されないことをしている。


「嘉神君!!!」

「約束通り、絶対に助けますよ」


 運命なんて家畜の餌でも食ってろ。


 そんなもん未来人の後付設定でしかないんだよ。


「名前の知らない先輩、今は非常事態ですからね。俺も男ですしそういうことをしたくなる気持ちは分からなくもないです。ですが――――何のための理性だ。恥を知れこの豚ぁ! 糞でも食いたいかぁ!?」

「あ゛? 舐めてんのか?」


 こいつがどんなギフトを持っているか知らない。

 そういう時一番手っ取り早い方法がある。


回廊洞穴クロイスターホール


 俺の前に次元の穴を開け、その行き着く先は先輩の目前。


「歯ぁ、食いしばれ」


 拳を振り抜いた。


 5メートル程度の距離、それもバスケットボール程度の大きさならば安全に発動できる。


 顔面を殴られた先輩はその場で気を失いかけるが……そう簡単には許さない。

 罪には罰が必要だ。


「おっと、ダウンはまだ早い」


 先輩の藤色の髪を鷲掴み大きく振り上げる。


「まずは――――ごめんなさいしような」


 鬼の力を使い、顔面を床に叩き付けた。

 運が悪ければここから脱出する人が16人から15人になるが……仕方ないな。


 うん、仕方ない。


 こいつの安否を気にするよりも、重要な確認がある。


「母親嫌いの宝瀬先輩、何かされていませんか」

「友達思いの嘉神君。何もされていないわ」


 それはよかった。

 憶えていてくれたんだな。




「プラス思考で考えましょう。これで運営と見物客を正々堂々ぶっ殺せるって。そう考えたら――気が楽になると思いませんか?」

「そうかもね。私は絶望しない。だから嘉神君、絶対に勝って。そして……これで終わりにして」


 前回は彼女にとっては判定負けで、俺にとっては完敗だった。


「任せろ。宝瀬先輩は俺の後ろにいれば十分だ」

「うん」


 幼稚園児が父親に見せる純粋無垢な表情。

 俺が勝つって疑っていないその顔は、天女のように美しかった。


「ところで嘉神君、腋舐めるのが好きなんでしょ? だったら今ここでやらない?」


 むむ。むむむむ。むむむむむむむ。


「いえ。そんなことしないでいいですよやらせてください


 本能が顔を出した。

 くそ。俺死ね。


「わかったわ」


 どうやら先輩は俺の本能の声を聞いた、制服を脱ぎ始めた。


 やべえ。

 レロレロしたい。


「何をしとるのだ」


 誰かが俺のアホ毛を引っ張る。

 物凄く痛い。それこそ死ぬ程痛い。


「何をするとはこっちのセリフだ。折角先輩からお許しをえたのに………」


 半切れで振り返る。

 後ろには、阿修羅がいた。


 阿修羅に見えたのは早苗が先頭にいて、その後ろに二人の後輩がいたからだ。


 でも今の早苗、阿修羅でも殺しそうな目をしてる。


 俺の生物的本能が警告音を鳴らし、うざい。


「さて一樹。遺言を聞こうか」


 殺すことは確定なのね。


「嫉妬?見苦しいわよ。早苗」


 言っていることはあれだがナイスだ、宝瀬先輩。このまま俺から注目を逸らすのだ。


「しししっ、なぜ私が貴様なんぞ嫉妬などするか!」


 狼狽している。このままいけ!


「そうね。どうしてでしょうね。主に上半身の部分かしら?」


 まあ腋は上半身に位置するな。


「くっ……この脂肪の塊のくせに」

「あら。皮と骨しかない早苗に言われたくないわね」


 基本的に早苗は良いように言われるな。年期の差だろう。


「てかそんな事してる場合じゃねえ。空見。発見できたか?」


 思い出した。


 今俺達コロシアイをしてた。


「え?あ、はい。あっちに300メートル先です」


 そうか。あいつらが何処で死体として発見されたのか、詳しくは覚えていない。

 ただ何となく、その場所はかつての死地と同じような感じがした。


 だったら急がないと。


「どこ行くの?」

「一年達を助けに行きます」

「………そう。嘉神君。あなたは誰でも助けるのね」

「はい。仲間である限り誰でも助けますよ」


 俺はまた、回廊洞穴クロイスターホールで移動した。


 目指すは全員の生存。


 余力が尽きるまで、とことん足掻いてやる。



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