正しい(ただ強い)敵の倒し方
「さっきから黙って聞いてましたが、えっと……誰だかよくわからないですけど神薙信一さん?それで、いったいわたしの
どうやら月夜さんはその気になれば名前を調べられるらしい。
今は全く関係ないが。
「俺は破るつもりなんてないぜ。
だったらお手並み拝見してみるか。
あんたの言う正しい敵の倒し方を。
「じゃーん」
神薙さんは何処からとりだしたのか右手にパペットを装着している。
そのパペットは……月夜さんによく似ていた。
「その人形を使ってわたしを操る気ですか?」
「違うぜ。あーあー」
「ッ!!?? その声はわたし?」
神薙さんはその巨体に似合わない可愛らしい声を、その声帯から発した。
そして――――
「わたしの名前はユキ」
人形劇を始めたのだった。
『わたっしの名前はツキヨユキ~♪いつも夢見る16歳~♪とってもとっても不幸なの~♪でもでもほんとは自分から~♪不幸の種を蒔いちゃいの~♪』
「「「「え?」」」」
『いつもみんなは幸せで~♪とくにサナエは妬ましい~♪でもでもそんなサナエと~♪ずっと一緒に過ごしてる~♪不幸なユキが妥協して~♪幸せサナエと過ごしてる~♪』
「…………」
『なんてユキは優しいの~♪とってもとってもやっさしいの~♪』
『それに気づかない馬鹿なサナエ~♪なんてなーんて可哀想~♪』
「……やめてください」
『サナエに化け物やってきて~♪内心とっても喜んだ~♪でもでもユキは不幸だし~♪友達が困っているのに~♪何もできない無力な子~♪何で悲劇なヒロインだ~♪』
「やめてください」
『最近サナエが恋をして~♪それがなーんか妬ましい~♪何だかちょっとタイプだし~♪馬鹿なサナエにゃもったいない~♪折角だから壊しちゃお~♪今まですべての関係を~♪サナエの小さな初恋も~♪』
「やめてって言ってるでしょ!!」
あれだけ大人しかった月夜さんが、明らかに狼狽しはじめた。
『気に入らなかったのか。お客様は難しいぜ。だったら、出し物はよりハァァァァドに、エンターテインメントは過激じゃないとネ』
神薙さんはクルリと一回転してピエロのようなお面をかぶった。
そのお面は生理的な嫌悪感を催す気持ちの悪いものだった。
『あぁン。サナエが見ず知らずの男達にレ〇プされてるの見るの最ッ高ウ!!』
『もっともっト!! 嫌がっているのに無理やりやらせるの楽シー!!赤ちゃン出来てサナエの人生メチャクチャ!!それをみてユキは慰めるノ!!』
「いや――やめて…………」
彼女はその場で崩れ落ちた。
「違う。わたしはそんなこと違う違うんです。わたしは違う」
『まだまだ続くヨ――』
「やめろ」
「どうした?一昨日夜の、月夜幸のオカズ暴露してやったんだが、気に入らなかったのか?」
「ふざけてんのかあんた?」
「まあまあ落ち着け。そんなに怒ったら白髪まみれになってしまうぜっ☆」
――――
「うわっ、ステイステイ。話せばわかる。暴力反対お前変態」
全力で殴りにかかるが紙一重で交わされる。
これは――弄ばれている。
「いいか。わざわざ異能バトルモノでまじめに異能同士を戦わせる必要はない。戦うのは俺達で人対人なんだぜ。能力なんてものはお飾りだというのを忘れてもらったら困るぜ」
黙れ。
ていうかあんた十五分前に能力がどうこう言いだした張本人だろうが。
「なかなかいい見世物でした。神薙さんでしたっけ?僕の部下にどうですか」
外道が鬼畜を引き入れようとしている。
これが成立してしまったらもうどうしようもない害悪集団が誕生してしまう。
「断るぜ。使い捨てキャラの下になんかつけるかよ」
「……」
成立はしなかったのは救いだが。
しかしこいつがやったのは説得でも説教でもない。
折檻だ。
心を折りにいきやがった。
「さて、一度心を壊したがアフターケアも完備しているのが神薙流よ」
胸元からi〇adを取り出した。
「ひっ」
既に月夜さんは神薙に恐怖心を抱いている。
「安心しろ。もう俺は何もしないぜ」
操作し終えた後投げ渡した。
「今度はわたしに……なにをするんですか」
「何もしないぜ。ただこれを見て自分の意思で考えろ」
酷いものを見せられていないか確かめるために俺も覗き見る。
『うむ?すでに繋がっているのか?』
「衣川さん?」
『うむ。早苗だぞ』
なんと早苗とテレビ電話がつながっていた。
「…………どうしたんですか?今授業中ですよ?」
『そうだったのだが……いきなり神薙という男がやってきてだ……お前が大変な状態にあると聞いたのだ』
「……それはいつですか?」
『十分ほど前だが』
五分前に俺は神薙に会っていたので実質五分でここに来たことになる。
全力で走ってきた俺が十分かかったんだが。
『その……誕生日おめでとうなのだ』
「は?」
『分かっているぞ。月夜の誕生日が明日ということは。だがもうお前はどこかに行ってしまうのだろう?だったらせめて今言わせてくれ』
「あの……わたしが今どういう状況か分かってます?」
『分からんが、どうせ月夜のことだ。一樹と同じように困っている人を助けようと躍起になっているのであろう?』
「ち、違います!」
『そうなのか。だったらいつ帰ってくるのだ?』
「え?」
『なにもずっといなくなるわけではないのであろう?だったらその時私はお前に誕生日プレゼントを渡す。いつ帰ってくるか教えてくれるのなら、パーティーでも開こうかと思ったのだが』
「…………」
『私の知り合い……といっても組の者か後輩程度だが、それでも出来るだけ人を呼んで盛大に祝ってやるぞ』
「衣川さん?」
『そういえば月夜は縫いぐるみが好きだったか? 私は猫派なので猫の縫いぐるみでどうだろうか?』
「衣川さん!わたしにそんなことしないでください」
『むむ?猫は嫌いだったのか?』
「違います!わたしはあなたのことが嫌いです!昔から大ッ嫌いでした!!」
『…………そうか。それはすまん。どこか治すべきところがあったのか?』
「全部です!特に自分が不幸を平気で乗り越えるあなたが見ていて不快でした!あなたには不幸って概念が無いんですか?」
『あるに決まっているだろう。私は今大好きな友に嫌いだと言われ泣きそうなのだ』
「だったら精一杯泣いてくださいよ!友達だと思っていた人から裏切られたんですよ!」
『裏切り?何のことだ?』
「わたしが!あなたがずっと嫌いで!いつもあなたに不幸を望んでいたことです!」
『そうだったのか』
「そうだったんです!だから――――」
『それでも私は月夜には感謝しているぞ』
「え?」
『私の父さまが死んだときお前はわたしを慰めてくれたではないか』
「それは……そうしろって
『たとえ月夜がギフトの指示で行動をしたとしても、私が感謝するのは変わりないぞ』
「だからそういうのが嫌いなんです!その正しすぎるのが!綺麗すぎるのが大っ嫌いなんですよ!」
月夜幸は叫ぶ。
今まで溜まっていた鬱憤をはらすために。
みっともなく、無様に。
『そうだ。だったらこうするのはどうだろうか。誕生日会ではなくお別れ会を開くというのは。それで私と月夜の関係は終わり、それが私の妥協案だがどうだ?』
「どうだもこうだもありません!話を聞いてください!」
『いつでもいい。いつ来てもいいように準備しておくぞ』
「本当に……やめてください。これ以上……わたしを惨めにしないでください」
『?』
「あなたを知れば知るほど嫌になります!あなたと居るとわたしがどれだけ汚いのか……思い知らされるんですよ!!」
嫌っていたわけじゃない。
月夜さんは単に妬ましかっただけ。
月夜幸は衣川早苗に嫉妬していたのだ。
もちろん人類の幸福は考えてはいた。
ただ考えていた上で、早苗に嫌がらせをしたかったのだ。
その内容が、唯一の男友達である俺の殺害というわけだ。
まあ、邪魔するのを防ぐというのがメインなんだろうがな。
『ではわたしは月夜のために何をすればよかったのだ、教えてくれ』
「…………本当にわたし見っともないですね」
『?』
「…………お願いだからもう喋らないでください。もう自分の汚さを知りたくはありません」
『…………だったら最後に一つだけ、ハッピーバースデーだ』
早苗聖人すぎるだろ。
俺はあんなこと言われたら友情なんてすぐ切るぞ。
「…………馬鹿じゃないんですか」
『よく言われるぞ』
「ほんとに馬鹿です。大馬鹿です」
『うむ』
「………………」
『どうした?電話切らないのか?』
「……」
『私からは切らない。月夜、お前から切れ』
「あの……本当にわたしのこと友達だって思っていてくれたんですか?」
『そうだ』
「今はどう思っていますか」
『今も変わらん。私個人はお前のことを友だと思っているぞ』
「こんなわたしをですか?」
『お前がどのようなことを考えていようが、だ』
「…………ごめんなさい」
『うむ。許す』
「あ、あのもう一度チャンスをください」
『?』
「わたしと友達になってください」
自身の嫉妬を乗り越え、恐らく彼女は生まれて初めて本音というものを出したんだと思う。
が、
「悪いがそろそろパズ〇ラの時間だ。iP〇d返してもらうぜ」
その言葉は早苗には届かなかった。
「ちょっと何するんですか!!」
「おいおい。まさか友達申請なんて画面越しで済ませるつもりか?カク○ムのユーザーフォローじゃあるまいし、友達になりたかったら合って目を見て話すべきだぜ」
「……そうですね。そうします」
…………。
あんた自分で心を壊して治すの他人に丸投げじゃないか。
何がアフターケア完備しているだ。
「嘉神一樹、それにしてもなかなかいい茶番だと思わなかったか?ハリウッドでやれば三百万ドルの赤字は間違いないぜ」
「……」
意図は分かる。一種の飴と鞭だ。
厳しい言葉をかけた後に、優しい言葉をかけて説得する。
飴はいい。だが鞭は酷すぎる。
人として絶対に超えちゃいけないラインを平然と飛び越えやがった。
初めてあった時は変態だと思った。
次にあった時はいい人だと思った。
「では嘉神一樹。また会おうぜ」
だが実際は違う。
確信した。
神薙信一の神髄は、理不尽でどうしようもないただの災厄であると。
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