消化試合

 状況を整理する。


 現在は学校でいう所の校長室のような部屋にいる。


 人数は4人。


 俺、月夜幸、枯野親子。


 内ギフトホルダーは3人。


 キスした相手の能力を使えるようになる口映しマウストゥマウスの嘉神一樹。


 最大多数最大幸福を行うための行動を予期する多幸福感ユーフォリアの月夜幸。


 喜怒哀楽や幸福を感じさせる感情を与えるギフト諸行無情マインドレッテルの枯野礼成。


 俺は拳銃を所持しているが、恐らく以前の会話から推測するに枯野礼成も所持していると思われる。


 戦闘力は俺が群を抜いているのは間違いない。


 戦闘を行った瞬間俺は勝てる。


 ただあくまでそれは戦闘を行った場合であり、恐らく相手はその戦う気を失わせることも出来るだろう。


 だから、戦うことができない。


 それが現在の状況だった。


「まさかとは思いますがあんな茶番で心変わりなんかしませんよね。幸」

「残念ですがあんな茶番で心変わりしました。人類の幸福いいえ、あなたの野望は諦めてください」

「ふっ。わざわざこんな田舎まで出向いたんだ。はいそうですかなんて諦めると思っているのかい?」

「勘違いしてますね。わたしがあなたを助けないって決めた以上、あなた達に残っている最善の選択肢は命乞いをして逃げることです」


 月夜さんの目が変わっている。


 今の彼女には戦う意思がある。


 だが枯野礼成は


諸行無情マインドレッテル


 その意思を無意味にしてしまうのだ。


「僕自身勝てるなんて思っていないよ。ただ感情論で動く小説の主人公のような偽善連中相手には絶対に負けない。その自覚だけはある」

「うるさいです」

「え?」

「嘉神さん。わたしは邪魔にならないように部屋の外にいます。さっさと殺して終わらせてください。あと銃には気を付けてくださいです」


月夜さんはそう言い残して部屋から出ていった。


「「「…………」」」


 え?

 効果無いの?


 理屈はわからないが、何か能力の補正や多幸福感(ユーフォリア)以外の力が働いている気がする。


 その何かは分からんが。


「ここまで苦汁を飲まされたのは初めてですよ。少しお灸を添える必要がありますね」

「どうする気だ?」

「当然殺します。拷問にかけて苦しませて殺してあげますよ」

「あっそう。じゃ、俺もお前ら殺していいよな」


 一瞬で決まる。


 俺が殺すのが先か枯野の能力が発動するのが先か。


 だから俺は一瞬を零瞬にするために世界を止める。


反辿世界リバースワールド


 一秒だ。


 一秒でケリをつける。


回廊洞穴クロイスターホール鬼人化オーガナイズ大小織製マキシマムサイズ


 距離を無視し、腕を鬼と化し、その腕の大きさを変え威力を上げる。


 鬼人化オーガナイズですらトンの威力があるので、十トンは間違いなくある。


 今できる最大の攻撃。


 これでチェック


 間違いない。

 とどめだ。







 いや…………あのクソ息子がこっちに向けて発砲していた。


 サイレンサーで撃っていたので音が気付かなかった。


 もっと言えば空気過ぎて気付かなかった。


 銃弾との距離は3メートル。


 世界が動き始め、右腕を振り切った瞬間、銃弾が俺の脳天を直撃する。


 その際枯野礼成は道連れに出来るかもしれないがこんなやつ相手に道連れという決着は嫌だ。


 だから俺はこの銃弾を回避する必要があるが、反辿世界リバースワールドは一度使うと再び使うのに数秒かかる。


 回廊洞穴クロイスターホールは一つしか次元に穴を空けることは出来ないので、現在発動している以上使用不可。


 残り時間を考えると鬼人化オーガナイズでの回避行動は出来ない。


 ほんのちょっぴりだけ思考をして、決行。


雷電の球ライジングボール鬼人化オーガナイズ


 自らの体内に電気を送り込んだ。


 人間の体を動かすには脳から命令を送り脊椎を通って筋肉に伝わるが、普通は命令が筋肉に伝わる前に銃弾がぶつかるため人間は銃弾を回避できないとされている。


 だから俺は脊椎を通さずに筋肉に命令式つまり電気を送った。


 一瞬だがその一瞬で回避行動ができる。


 世界が動き出し俺は何とか右に避ける。


 頬に銃弾が掠ったが何とか回避に成功した。


 ただ枯野礼成の攻撃が回避に専念してしまったため失敗してしまう。


 後ろの壁に三メートルほどの大きな穴を空けるだけで終わってしまった。


「……! おっと危ない危ない。さっさと終わらせましょうか。諸行無情マインドレッテル


 そしてギフトが発動してしまう。


 俺の心の中に枯野礼成を敬う感情が生じる。

 心の師に会っている敬愛の意。


「さあ、僕からの命令だ。月夜幸を殺してくれるよね?」

「断る」

「え?」

「断ると言ったんだ。聞こえなかったのか?」


 ああ……なんだ。

 神薙さんの言う通りじゃないか。


 感情を与えるギフト。

何というつまらないギフトだ。


「な、何で僕のギフトが効かないんだ!」

「お前さ、俺が安っぽい感情論で動いているとでも思っていたのか?俺は自分の感情ではなく自分の正義に沿って動いている。詰まる所、俺の正義に反する奴は親でも殺す」


 何で俺はこんなやつ相手を強いって思っていたんだろうか。

 ゴミカスのギフトだったな。


「お前には感情が無いのか!!」


 だからあるんだって。


 優先順位が違うだけ。


「化物…………」


 正義>感情。


 これだけだ。


「この化け物があああああああああああ」


 さて、本当に消化試合になってしまった。


 俺は拳銃を取り出し、照準を枯野礼成に合わせる。


「ま、待て。僕を殺すとどうなると思っている! 僕は浄化集会会長で傷付けたら信者たちが黙っていないぞ!!」

「そん時は返り討ちすればいいだけだろ」


 その時、俺の仲間に害をなすようであれば、躊躇なく殺すが。


 逃げ惑う枯野礼成を捕らえ発砲。


 即死。

 でもビクンビクンして面白い。


「ひぃ」


 枯野礼文? だっけ?


 既に名前を忘れたがそいつは足がすくんでその場に崩れ落ちた。


「ま、待て。発砲したのは謝る。だがそれは父さんからの命令だったんだ。許してくれ。この通りだ」


 土下座して命乞いをする。


「それにオレは何もしていない。女のことなら謝る。だから……」


 女というのは宝瀬先輩のことを言っているんだろう。


 確かにこいつの視点から言えば、俺との接点はそこだけであり、殺される要因がない。

 だがそうじゃない。


「俺は思うんだ。飲酒運転っていうのは事故を起こすから取り締まるわけじゃなくて、事故を起こす可能性が著しく高いから取り締まるのだと。確かにお前自身まだ俺に何もしていないって考えることも出来る。だが躊躇なく発砲してきたお前が今後俺に強いては俺の仲間に手を出す可能性はかなり高いんだ」


 死刑宣告。死んだほうがいい人種。


 だから殺す。


「最後に一つ教えておく。俺ん家の家訓はやられる前に三倍返しだ」


 最後の悪あがきとしてサイレンサー付きの銃で俺に向けて発砲しようとするが


「あらよっと」


 撃たれる前に奪い取る。


 そしてその銃を枯野礼文に向け口の中に押し込んだ。


「まっへくえ。おれは――――」

「うるさい。死ね」


 引き金を引くのと同時に枯野礼文は頭から大量の血が噴き出した。








「お疲れ様でした。嘉神さんならきっと勝つって信じてました」

「よく言うよな」


 本当に部屋の外で待っていた。


「えっと……」


 月夜さんは二つの死体を見ながら


「自殺に見せかけましょうか」


 銃の指紋をふき取り枯野礼文に握らせた。


「じゃ、いきますか」


 俺が空けた壁から脱出しようとするが


「普通に玄関から出ないのか?」

「出ませんよ。嘉神さん今の自分の姿を見てどう思いますか」

「ああなるほど」


 返り血浴びまくっていた。


 真っ赤である。

 真っ赤の赤すけ。


 こんな状態を誰かに見られたら色々と終わる。


「大丈夫ですよ。対策法はすでに予期しています」

「信じていいのか?」

「任せてくださいです」


 おっけ。


 信じよう。


 壁から脱出し、宝瀬先輩の車まで歩く。


 途中回り道をしたり歩みを止めたりして人に会わないようにした。


 誰一人として目撃されなかった。


 会わせなかったのが正しいのか。


「……!」


 先輩が俺の気配を感じたのか車から出てきた。


 何で分かるんだよ。


「嘉神君!!」


 ダイナミックに抱きつこうとする。


 一瞬姉さんが頭によぎったので回避。


 抱擁は空を切った。


「あの……宝瀬さん」

「……ちっ」


 今先輩舌打ちしなかったか?


「何かしら」


 うわ……。めっちゃ怖い。


 今先輩の表情を例えるのなら、遺産目当てで近づく女を見る愛人のような目だった。


「そんな怖い顔しないでください。少し頼みたいことがあるんです。嘉神さんのためなので協力してください」

「……本当?」

「あ、はい」


 おそらく月夜さんは枯野親子のことを言っているのであろう。


 殺しちゃったもんな(笑)


「お金の力で何とかしてください」

「分かったわ。めしべ、頼めるわね?」

「かしこまりました。お嬢様」


 流れるような動作で電話を掛けるめしべさん。


「あ、あと嘉神さん返り血いっぱい浴びたので替えの制服用意してください。用意できますよね?」

「当然だわ。既に家にあるわ」


 何であるんでしょうか?


 まあいい。


「速く乗って。見つかったらいろいろと面倒だわ」

「いや……でも返り血が」


 見るからに高そうな車に血まみれの俺が乗り込むのは如何なものか。


「大丈夫よ。たかが十億、月の小遣いの十分の一程度だわ」


 いや待て。その数字はおかしい。


「はやくお乗りくださいませ」


 執事の女性が急かす。


 反対意見は俺だけなので乗り込むしかなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る