終わる気の無いエピローグ

 あれから俺はシャワーを浴びて制服を借りてそのまま学校に向かった。


 一度退学手続きをしている月夜さんは、再び入学試験を受け入学手続きを行う必要があるらしい。


 大丈夫なのかと聞いたら


多幸福感ユーフォリアを使えば余裕です』


 と返された。


 俺はまだ多幸福感ユーフォリアの真の恐ろしさを味わっていない気がする。


 まあいい。

 取りあえず俺は勝てた。


 完勝とも言えず辛勝とすら言い難かったが、月夜幸を取り戻した。


 結果オーライでいいだろう。


 その後の話になるが、枯野礼成と礼文の死亡は一家心中として処理されたらしい。

 浄化集会はこれで終わりである。


 その後の影響なんて知らん。






 翌日の放課後


 俺達は月夜幸の誕生日会を開いた。


 場所は早苗の家である。


 肉が嫌いと言っていたので野菜がほとんどのバーベキューだ。


 参加者はクラスメイト数人、天谷、宝瀬先輩である。


 天谷は早苗にべったりで宝瀬先輩は俺の方にずっといた。


 かなり楽しかった。


 やっぱり仲間というのは重要だな。


 先輩がお手洗いに行くと言って席をはずした。


 その間俺は一人だったが


「あ、あの……」


 月夜さんが俺に話しかけてきた。


「どうした?」

「ごめんなさい」

「?」


 何かいきなり謝られた。


「どうした?」

「嘉神さんをわたしの嫉妬のために殺そうとしたことです」


 そのことか。


「別にいいって。気にしてないから」

「気にしてないのが結構危ない発想なんですけど……」

「それだけ?」

「いえ。あともう一つ言いたいことがあるんです」


 彼女は一度深呼吸をして


「わたしにとって幸せとは誰かの不幸でした。誰かの不幸がわたしの幸せで私の不幸せが誰かの幸せでした。そしてそれは今も変わっていません」

「え?変わってないの?」

「はい。変わっていません」


 今明かされた衝撃の事実。


 俺が今までやってきたことって一体…………。


「いえいえ。大分内容は変わりましたです。素直に人の幸せを喜べるようにはなりました。ただ自分の幸せは誰かの不幸が必要だとは思っていますです」

「そうか」


 まあ大分収まったと言えるか?


「それで……あのですね、嘉神さん誰かと付き合う気はありませんか?」

「ごめん。話の脈絡が分かんない」


 何で自分の幸せの話になって俺が付き合う話になるんだ?


「わたしはどうしても幸せを感じるには、不幸になっている人を見ないといけないんです。特に幸せを感じさせてから絶望に叩き落とされた瞬間って最高って思いませんか?」


 待て。

 話が不穏どころかやばい方向に向かっている気がする。


「今までの青春なんてものやってこなかったですし、恋愛ってのやってみたいんですけれど、折角ですしフリーの人を狙うよりカップルから寝取った方がより良い幸せを感じれるって思いませんか?」

「思わねえ!」


 何だこの女!?


 助けに行く前の方が無害だった気がする!!


「そうです。影の功労者である宝瀬先輩と付き合ってみたらどうですか?その後全力で寝取りに行きます」

「断る!!」


 クズだ。

 クズすぎるぞこの女。


「まあまあ。この件とは関係なく嘉神さんは一度くらい女性と付き合った方がいいですよ」

「いや、付き合ったことあるし」

「そうですか。それは失礼を」

「ホントだよ」


 本当に失礼だ。

 宝瀬先輩になら謝罪と賠償を求めるところだった。


「いや待ってください。今なんて言いました?」

「ホントだよ」

「そうじゃなくて付き合ったことあるんですか?」

「ある」

「付き合ったって付き添いしたって意味ですか?」

「いいや。彼氏彼女」

「誰とですか?」

坂土素子さかつちもとこ


 中学時代、ほんの数日だけ同級生の女と付き合ったことがある。


 向こうから告白し、向こうからふってきたが。


「参考までにどんな人か教えてください」

「何を参考にするのか気になる所だが、あんまり参考にならないと思うな。そもそも付き合ったのっていっても色んな事情があってのことだし」

「そうですか」


 俺が話したくないことを悟ったのか深く追及はしてこなかった。




 そして月曜日、


 今日は月夜さんが再び編入してくる日だ。


 ただホームルームが始まるチャイムが鳴っても高峰先生がやってこない。


「なあ時雨?先生なんか遅くないか?」

「ああ。けどよぉ、机が二つあるっつぅことは、そういうことだろうよ」


 そう。2年10組に新しい机が二つあった。


 一つは元の月夜さん用だろうがもう一つあるということは新しくクラスメイトが増えるということになる。


「誰だと思う?」

「女だといいけどよぉ、この時期に転入してくる奴は大抵能力目覚めの野郎だろうよ」


 確かに、ここならある程度管理できる人もいるし、クラスメイトも同類が多いからな。


「けどな……それにしても遅いとおもうんだが。早苗何か知ってるか?」

「知らんが月夜と職員室に行った時、高峰先生が結構焦っていたぞ」

「焦っていた?」

「うむ。何やら余裕のない様子であった」


 余裕のないね……。


「もしかして宝瀬先輩ばりのビックな人が来たりして」

「あぁ。それならあるかもなぁ。噂じゃあの先輩の担任したら辞表を書かされるって聞いたことある」


 うわ……何やってんだ。


「だが真百合の同年代で真百合と同じくらいVIPはいないと思うぞ」


 893衣川組の一人娘が早苗なんだけどな……。


「強いて言うなら支倉くらいだかぁ?」

「かもしれんぞ」


 支倉か……。


 日本財政収入を支えるのが宝瀬ならば、出費を占めるのが支倉と言われている。


 宝瀬は国内、支倉は海外が主な拠点だったはず。


 ただこの推理は的外れだった。


「お前ら席付け」


 結局予定より十分ほど遅れてやってきた。


「あー。お前らよく聞け。今からこのクラスに二人のお仲間が入る」

「男ですか?女ですか?」


 クラスメイトの一人が男子らしい質問を投げかけた。


「二名とも女だ。一人はすでに知っていると思うが……入れ」


 入ってきたのは俺達の予想通り月夜さんだった。


「お久し振りです。自己紹介はいらないと思いますが月夜幸十七歳です」


 数日前に誕生日を迎えた月夜幸。


 かつての様になよなよしい様子はなく、また先日の様に得体のしれない物に駆り立てられた様子でもない。


 自分に自信を持った100%の月夜さんだった。


「えっとだ。もう一人このクラスに入るやつがいる」

「美人の転入生ですか?」

「いや、違う」


 クラスメイトが美人じゃ無いならいいやという空気を醸し出す。


 ぶっちゃけ俺は男だろうが女だろうがどうでもいいのだが。


「勘違いするな。あたしは転入生ではないと言ったんだ」

「は?」

「口で説明するより見た方が早い。入れ」


 呼ばれて入ってきたのは俺達がよく知っている人だった。


 透き通った深海の様に美しい藍色の長髪。


 絹の様に柔らかい肌。


 俺がほぼ毎日会っている顔だった。


 その人物は――――


「宝瀬真百合、十七歳です」









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 其処は神界最上層にある最果ての地。


 逝きつくものそして生き尽くした者のみが存在することを許される地。


 普通の神如きでは入ることは勿論、語ることすら許されない。


 ありとあらゆる物が存在しながらも、ありとあらゆる物が存在しない矛盾した空間で


「ちょっ!? 自然の恵みアロー? 止めてよそんな地雷仕込むの」

「それくらい読め」


 二人の男女はポケ〇ンをしていた。


 当然だが本来ならば赤外線は通じない。


 本来ならば。


「あ、手が滑った」


 女は無理矢理回線を切断する。


「滑ったから仕方ないよね。許してくれるかな?」

「死ね」


 男はそう言いながら携帯ゲーム機をたたむ。


「本題に入ろうか。YESと答えれば誰も不幸にならないんだよ」

「何度も言っているだろうが。答えはNOだ。俺は人間で神にはならない」

「じゃ、またいつも通り続けるけど問題ないよね?」

「問題あるに決まっているだろうが。やってもいいことと悪いことの区別はつけとけ。俺が助けに行かなければ、危うく事故る所だったぜ」

「それについては謝るよ。でも、きっと君が救ってくれるって信じてたから。信一君だけに」

「…………」

「それにしても驚いたよ。君が彼女を殺せるなんて。どういう風の吹き回しかな?ツンデレかな?リハビリかな?」

「黙れ」


 男は質問に答えない。


 女も答えてもらえるなんて思っちゃいない。


「じゃもう一度だけ確認するよ。主人公をやめて主神公マスターをやってよ」

「断る」

「交渉決裂かな。とっても残念だよ。僕ちんだって君の息子たちを傷つけたくないのに。残念だなー。可哀想だなー」


 男は何も言わずに去っていく。


「はっはっは。しゃーないか。嫌われちゃってるもんなー」


 女は去っていく後を見つめて


「ま、心変わりがあったら早めに連絡してね。お兄ちゃん」



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――――第3章 了



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