彼がまだ無能力者だった頃の話 2
またやってしまったと反省する。
昔から友達とかが傷付くのを見ると手を出してしまう。
きっとヒーローものが好きだった影響だろう。
勧善懲悪って素晴らしい。
「口は大丈夫か?」
友人らしく友人の怪我を心配する。
「大丈夫だ。口ん中切っただけだし。一週間経ったら治る」
だったらいい。こいつは遠慮しないし、本当にやばかったらやばいって言える脳はある。
「それにしてもやっちまったな」
「まあな。これで一年間は目を付けられることだろうな」
手を出したのは向こうからだし、義はこっちにある。
だから少なくとも、先生に報告するという厄介なことにはならないで済むだろう。
家にいても自宅にゲームはポケ○ンしかないので特にやることは無い。
仕方がないので母親が帰るまで予習復習に励む。
六時を過ぎたあたりで母親からメールが来た。
『母さん遅くなるから、夕飯も自分で買ってきて。後でお金渡すから』
母さんが何の仕事をしているかを俺は知らない。
家にいるときはずっと家にいるし、いない時は数日留守にする。
父はいない母子家庭。
顔覚えていない。が、母さんと2人が映っている写真はあった。俺から見ても顔は俺によく似ている。
逆に母さんとは全く似ていない。
失踪者扱いにされ戸籍上はすでに死んでいるそうだ。
あんまりその話をしたがらないため、俺も遠慮して詳しく聞いたことはない。
俺の家事スキルはゼロどころかマイナスに振り切っているため、自炊という選択肢がない。
かといって毎日外食するお金はない。2階しかないボロアパートに住んでいるのがその証拠だ。
近くにある惣菜店でいつも通りに夕食、それとひょっとしたら朝も帰ってこない場合もあるため、朝の分も少しだけ買っておく。
その帰り道、あいつと出会ってしまった。
「「あ……」」
今日俺が殴った時雨が曲がり角で出くわすというハプニング。
このまま素通りしたいなと思いながらもその願いは叶えられない。
「てめえええええ」
近所迷惑的な咆哮を上げ、俺に襲い掛かってくる。
「―――――――
時雨の右手から、何やら眩しい光の球がでてきた。
昔読んだ本の中で火の玉というホラー現象は実際には、自然界によるプラズマによるものだと読んだことがある。
もちろん俺はそんな現象を生で見たことがないので、あれがそうなのか確定して判断はできない。
ただ唯一分かるのはあれを直接もらうとやばいということだ。
だからこそ全力で逃げる。三十六計逃げるにしかず。
「まちやがれええええ!!」
俺は50メートル6秒6である。ま普通より少し早い程度なのだが、今こいつから逃げるには十分すぎる速さだ。
ヒュンッ!
あれ?今なんか凄い眩しい物通過しなかった?
「熱っ!」
俺の髪の毛が焦げていた。どうやら雷の球が掠ったらしい。
運がよかったのは、ぶつかる瞬間に自動車が横切ってくれたことだ。そうでなければ雷の球は俺の身体に吸い寄せられていただろう。
だがそれがなければ……俺は…………
前言を撤回する。6秒6じゃ遅すぎる。
弱ったな。これ逃げ続けるのは悪手の気がするな。
とはいえ、使うのは所詮高校生のガキ一人。一度使って力を貯めるのに時間がかかるし制御だって完璧ではない。
ならばと俺は逃げるのを一旦やめ時雨に突っ込む。そして一発腹に蹴りを入れて一度家とは逆方向の所に走っていった。
結局この日は何とか曲がり角や街の人達を利用し逃げ切ることに成功する。
とはいえ逃げ切ったところで学校に行けば必ず出会うことになるのだが……忘れてはくれないかなあ。
翌日の朝、学校にて。
「昨日は舐めた真似してくれたじゃねえか」
正直予想通りの反応過ぎて困るくらいだ。
「貴様ら。喧嘩するならよそでやってくれ。迷惑だ」
座席が俺と時雨に挟まれている衣川さんが喧嘩の仲裁に入った。
宝塚にでも通用する凛々しさがあり、去年一年のくせに『女子が選ぶ彼氏にしたい女子ランキング1位』に選ばれたと仲野が言っていた。
もう一度言う『女子が選ぶ彼氏にしたい女子ランキング1位』に選ばれた。
男子からの評価もそこそこあり、二年の中では『彼女にしたいランキング2位』らしい。
この2位というのは、本人がギフト持ちのため、それを嫌って他の奴に投票した奴がいたことと、家がヤクザというのが理由だ。
西の衣川。東の綿貫。北の麻生と言われる893の一人娘である。
人情派として有名らしいが、俺はそのことに疑問を持っている。
893が、義理堅いなんてあり得るわけがない。漫画や小説の読み過ぎだと。
そういうことで、俺からの評価はあまり高くない。むしろ低い。
昨日はずっとホームルーム中に寝ていて、今日も眠そうな顔をしている。
「うっせえな衣川。そこそこ強いからといっていい気になって」
「そんなこと今はどうでもいい。私は今寝不足なのだ。喧嘩するなとは言わんが、余所でやれ。出来ないならやめろ」
よく分からないが、何やら衣川さんグッジョブ。
「お前は昨日寝ていたから知らないかもしれないが、こいつおれを殴ってきたんだぞ」
「知らん。それと私の睡眠は一切関係ない」
時雨はこの時は黙って引いたが、この後何かあるたびに因縁を吹っ掛けようとしてきた。全部回避したが本当に迷惑だ。
「悪いな一樹。オレの所為で」
「気にすんなって。俺が決めて俺がしたことだ」
食堂で素うどんを食べながら仲野と話す。
本当はもっと食べたいが、お金がないから仕方がない。
明日から一年が入学してくるため今この食堂はそんなに人がいない。
「そういや聞いてなかったが、お前昨日は何で喧嘩ふっかけられたんだ?」
「あ……その……そういや、今日古典の宿題の提出日だったよな。お前やったのか」
あからさまに話を逸らそうとしてるな。
「それに俺が何て言おうと暴力を振るったあいつが悪いよ」
「………」
何か言ったんだろうなこいつ。昔から陰口が多いから大方その陰口しているのを聞かれたのだろう。
「謝る気があるなら早いうちに謝っとけよ」
「はあ?なんで?」
「ないならいいんだけどな」
こうして昼の食事は終えたのだが、教室に戻りため息をついた。
「うわ……」
机に雑魚だの馬鹿だのペンで書かれた落書きをされていたのだ。
「がっかりだなギフトホルダー。正直まだギフトを使って不意打ちの方が漢らしい」
とはいえイジメに対する有効的な手段は相手にしないことが必要である。
そして最もいい方法は
「高嶺先生。少々相談が」
教師に言う。これが最も有効な手段だ。
どんなに腐った教師でも、SOSを一度明確に出しておけば問題になったときの責任が段違いに跳ね上がる。
外道とか言わない。これが最も正しい方法なのだから。
あとムシャクシャしたので放課後時雨の机をひっくり返し、机を交換した。
馬鹿も雑魚も時雨の代名詞だからな、にあっている。
再び一日が過ぎて、その日の朝。
「てめえ。何ちくってんだよ!」
どうやらこっぴどく怒られたらしい。
「まずちくるなって言っていないだろ。大体器が小さすぎるんだよお前は。何が最強だ。西京焼きの魚の方がまだ男らしいぞ。この雑魚」
煽りに反応し、殴りかかってきたのでカウンターを合わせる。
手ごたえで分かる、気持ちのいい一撃が入った。
「どうした。いい加減やめろよな。やるこっちの手も痛いんだよ」
「ぜってええ殺す」
時雨は最終兵器であるギフトを使用し俺に襲い掛かろうとした。
「―――
だがその瞬間、異変を駆け付けてやって来た高嶺先生が異能を使用した。
グシャリと床が凹み中心に倒れた時雨。
「時雨、あたしが昨日言ったこと覚えてるか」
高嶺先生は見下ろしながら時雨に声をかける。
「手を出すなといったはずだ」
「知るかッ。おれはこいつを」
「やめてあげてください。今回は僕が先に手を出しました。だから時雨くんだけに責任があるわけではないんです」
俺は更に畳みかける。
ちょっとこいつは俺の学園生活の為に一回退場してもらう。
「だから今回は、見逃してあげてください」
俺は笑顔で時雨を見下しながら、先生に見えないようつばを吐いてやった。
時雨は顔を真っ赤にして俺の顔面を教師がいる目の前で拳を振るった。
こっちは挑発した身。攻撃が来ると分かっていていたため、かわすこともカウンターを仕掛けることも出来たのだが、それでは意味がない。少し掠るように殴られ、後ろに吹き飛ばされた様にあえて吹き飛ばされたように転がった。
頬を押さえ悶えるふり。
出血大サービスで口を噛み切り、そこから血を流す。
1週間は口内炎を我慢しないといけないが、これから1年間ある2年の生活を守るためと考えれば仕方ない犠牲と割り切る。
これを他人が見れば許してやったのにいきなりキレて、血が出るくらい強く顔面を殴ったように見られるだろう。
「時雨!」
高峰先生は見事ご立腹。
時雨に文句を言う時間も与えず、強引に教室から連れ出した。
これはこの後の話だが、時雨は自宅謹慎一週間を命じられたらしいですよ。
「すっげえな一樹。ギフトホルダーに勝つなんて」
仲野が俺を称賛する。
「もっと褒めろ。俺は褒めると伸びる子なんだ」
仲野以外のクラスメイトも俺を褒め称えた。
やはり誰かから褒められるのはうれしい。
これで非所有者も所有者に怯えることも無くなるだろう。
時雨の友人? が文句を言いたそうにしていたので
「お前も時雨みたいになりたいのか?」
とハッタリをかましたら、無事こちらから目をそらしてくれた。
ハッタリが通じない猿じゃなくて本当に良かったと思う。
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