interval「闇の中」

 隣のビビは、まだ目を覚まさない。

 後ろ手にして縛りあげられ、床に転がされている。


 薄暗い部屋の中、隅の壁がほのかに明るい。

 灯りのともるかたわらで、誰かが椅子に腰かけている。

 セヴィランは床から頬をあげ、その人影に目を凝らす。


「どういうことだ、デジデリオ!」


 膝の雑誌を卓に置き、デジデリオが薄く笑って立ちあがった。


「おやおや、やっと、お目覚めかい。随分よく眠っていたな。いや、実にあっけない。昔、手玉にとられた奴と、同じ奴とは思えないよ」

「──まだ言ってるのか」


 セヴィランは苦々しく目を背ける。

「二十年も前の話だろ。いつまでもいつまでも恨みがましい奴だ」


 デジデリオは苦笑いした。


をお前が忘れたとは、俺には到底思えないがな。どうだい、に回った気分は」

「ああ、最悪だね。頭がガンガンする」

「それは悪かった。手加減はしたつもりだが。でも、居心地は悪くないだろう?」


 デジデリオは微笑んで、室内に視線をめぐらせた。


「敷物は厚いし、入り用な物は揃えてやる。食事も腕をふるわせる。ああ、うちのコックは優秀なんだぞ。商都の領家から、しつこく誘いがくるほどに。もっとも」

 床に転がる相手の低い目線に合わせて、楽しげに肩をかがめる。「お前の料理に比べたら、素人も同然の出来だがな。ま、事情が事情だ。そこは大目にみてくれ」


「縄を解け! なんの真似だ!」


 デジデリオが憐れむように顔をしかめた。


「悪いな、セヴィ。その縄だけは解いてあげられない。わかっているだろ。お前に暴れられると、困るんだよ。うちの者では到底太刀打ちできないからな」

「なんの真似だ、と訊いている!」

「しばらく、ここにいてもらう。ここ数日、外は危険だ」


 詰問をはねのけ、デジデリオは困った顔で肩をすくめる。


「セヴィ、そんなに怒るなよ。だって、このあと戦になれば、どうせ、飛んでって加勢する気だろ?」

「あの子を一人で放っておけるか!」

「行かせないよ」


 鋭く、デジデリオが一蹴した。


「もう少し年齢としを考えろよ。まったく無謀もいいところだ」

「だが、あの子が!」

「奥方のことなら、心配ない。こっちで、ちゃんと面倒みるさ」

「──お前がか?」


 セヴィランは面食らって顔を見る。

 穏やかな笑みで、デジデリオは笑った。「それなら文句はないだろう?」


「誓えるか」

「──何に?」

「信奉する神とやらにだよ。今の言葉、誓えるか。最後まで、あの子を守ってやると」

「あいにく」


 デジデリオは冷やかに目を細める。


「俺たちの誓いは、そんなに軽々しいものじゃない」

「──やっぱり、お前、いい加減なことを!」

「全てが済んだら出してやる」


 デジデリオは戸口に歩きだす。「それまで精々、大人しくしてくれ」


「お前にだって分かっているだろ!」


 力任せに体を揺すり、セヴィランは長髪の背を睨めつける。


「クレストは今、少しでも人手が欲しいんだよ。クレストはディールの要請を蹴っている。このまま向こうの手に落ちて、その上ラトキエが敗れでもしてみろ。捕虜になった市民がどんな目に遭うか。下手すりゃ一生奴隷だぞ!」

「勝つさ、ラトキエは。賭けてもいい」

「──なに?」


 デジデリオが振り向き、手を広げる。


「ま、こっちにまで飛び火したのは想定外だが。こんな弱小公家まで、まさか取り込もうとするとはな。だが、」


 言葉を切り、確信ありげに目を返す。


「この戦はラトキエが勝つ。万に一つも負けはない」

「──仕組まれていた、とでも言うつもりか」


 あぜんとセヴィランは見返した。


「だが、商都は既に、ディールに取り囲まれている。唯一まともな国境軍さえ、今はディールの手の内だ。丸腰のラトキエに覆せるはずは──」


 扉のノブに手を置いて、デジデリオが肩越しに一瞥した。


「裏で、煽った奴がいる」

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