3章7話 外敵侵入

 街角にひそんだ軍服の射手が、舌打ちして走り去る。


 あわてて街路を確認すると、青と白との色鮮やかな軍服が、街の方々に入りこんでいる。

 既に、一人や二人のことではない。

 そうする間にも、着々と数を増やしている。

 街に現れた軍服は、既に一団を形成しつつある。


 にわかに、街は騒然とした。


「──ど、どこから!?」

 あわててエレーンは街を見まわす。


 軍兵たちの出所は、街南部の塀だった。

 森林との間に設えられた獣避けの障壁だ。それを乗り越え、続々と兵が入ってきている。

 そして、口々に叫んでいる。


「西だ! 西へ向かえ!」


 指揮官の怒号に従い、ばたばた軍服が駆け急ぐ。

 なぜか、その大半が、同一方向へ向かっている。塀の右手、そちらにあるのは──


 はっと何かに気付いた顔で、住民の一人が向きなおった。

 みるみる顔が青ざめる。

「──お、おい待て。あっちには」


 愕然と隣も、唇を震わせ、向きなおる。


「貴族街には、女房と子供が!」


 猛々しい喚声にまぎれて、口々に叫ぶ兵の声が聞こえてきた。


「グレッグ=チェスターの身柄を確保!」


「貴族街だ! 貴族街を押さえろ! そんな雑魚ざこは放っておけ!」


 貴族街には、クレストゆかりの有力者たちの邸宅があった。

 各館それぞれに門衛がおり、市民の家族が避難している。

 警邏も守備しているのだが、ろくな武器を所持していない。そもそも、ごく少数だ。

 兵の一団が突入すれば、おそらく手もなく蹂躙される。


 要人の確保に向かう兵が──警邏を斥け、門衛を斥け、敷地に踏み込んだ敵兵が、次にその餌食にするのは、進路をふさぐ市民たちだ。


 住民たちは動かなかった。

 ただただ無言で立ち尽くしている。

 傍観していたわけではない。

 軍靴の音を聞きつつも、非力ゆえ成す術がないのだ。

 今まさに、家族を斬り捨てに行かんとする敵兵の姿を目の当たりにしながらも。


 着の身着のまま出てきた市民は、ただただ大きく目を見開き、辛うじて踏み止まっていた。

 蒼白な顔で拳を握り、いずれも奥歯を食いしばっている。

 唇の端をわななかせ、へたり込みそうな足をふんばっている。


 遊民たちは黙りこんだ。

 その様子を盗み見て、気まずそうに舌打ちする者、腐ったように眉をひそめて視線をよそにそらす者、苦虫噛み潰したように顔をしかめて、肩を軍刀で叩く者。


 街は重苦しく沈黙していた。

 立ち尽くした街路の中で、敵兵だけが駆け急いでいた。

 通りを蹴散らす物々しい軍靴が、街を剣呑に蹂躙している。


 夏空に、雲が流れた。

 軍服は続々、街に降り立つ。

 街路を踏み荒らす敵の軍靴が、沈黙の街にバラバラ響く。


「──雑魚だァ?」


 たまりかねたような舌打ちが聞こえた。


 はっ、とエレーンは振りかえる。

 声がしたのは右の方向。


 立ち去りかけた足を止め、遊民たちが眺めていた。

 苦々しげな視線の先は、敵に破られた南塀。


「上等だコラァ!」


 怒声が空にとどろいて、一斉に裾がひるがえった。


「この俺らの鼻先で、好き勝手できると思うなよ!」


 赤、青、黄の薄い衣を、鳥のように羽ばたかせ、一団が南塀に殺到した。


 それに遅れることわずか、住民たちが我にかえった。

 押し合いへし合い、あわてて一団を追いかける。


 態勢をととのえる暇もなく、街は混乱の坩堝にたたきこまれた。

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