2章2話 2 先制
「──これは、攻め込まれるな」
傭兵部隊の面々は、渋い顔で眺めていた。
視線の先は、街道の先の敵陣営。兵士の数が圧倒的に多い。
パパは右手の街を振りかえり、溜息まじりに腕をくむ。
「バードを援護で行かせはしたが、あいつら素直に協力するかな。なにせ、ろくな武器がない」
「武器なら、あるぜ。問題ない」
ファレスが顎で沿道をさした。
「そこの荷馬車に積んであるから、適当にまいておけばいい」
「一体、どこから持ってきた」
「入り用だと思ってな。向こうから多少くすねておいた。弓と剣、それに火薬。あの連中は器用だからな、大抵の武器は扱える」
「……強奪したのか、国軍から」
あぜんと一同、口をあけた。
確かに偵察帰りのようではあったが、不足を見越して、調達までしてこようとは。
しかも、よりにもよって敵陣から。
木漏れ日ちらつく沿道に、荷馬車が一台、停まっていた。
ふくれた荷台の幌がめくれて、物々しい武器が垣間見える。
バパが呆れた顔で目を戻した。
「よく中に入れたな。ここは戦場の最前線だぜ。侵入者には過敏だろうに」
「あんな素人わけねえよ」
ファレスは平然と目を向けた。
「起きたら、女がいなくてよ。着物があったから、拝借した」
「女のふりを?」
「それ着て、ちょっと、うろついてやったら、大歓迎で入れてくれたぜ」
立てた親指で向かいをさし、ファレスは何食わぬ顔。
うすら寒い沈黙が立ちこめる。
困惑したように苦笑いし、バパが短髪の頭を掻いた。
「……あー、お前の日頃の女郎屋通いも、少しは役に立つようだな。それでお前、もしや、その……」
「んなわけ、ねえだろ」
ファレスは閉口した顔で一蹴した。
「俺はそんな変態じゃねえ。決まってんだろ、向こうの軍服が目的だ。身包み剥いでふん縛ってきたから、中身は無様に転がってんだろ」
はるか敵陣をながめやり、嘲りまじりに鼻を鳴らす。
「もっとも、あんなもんじゃ足りねえだろうが。あとは、倒した敵から、ぶんどってくるしか手はねえな」
街道にたたずむ一同に、ファレスは視線をめぐらせる。
「まあ、あれだけ武器を揃えれば、少しはマシになっただろう。五分の戦いとは言わないが、これでなんとか応戦可能に──」
「ケネル~っ!」
ぎょっ、と一同、飛びあがって振り向いた。
驚いた顔で立ち尽くす。
思わぬものが、こっちに向かっていたからだ。
わっせわっせ、と街道を駆けつつ、エレーンはぶんぶん手を振った。
ちなみに、もう一方の手で引きずっているのは、泡吹く寸前の老執事。
街道でたむろす一団が、動きを止めて、こちらを見ていた。
呆気にとられた顔つきで。
その中央に滑りこみ、エレーンはにこやかに見まわした。
無言で見ている面々の中、比較的見知ったあの顔を見つけ、エレーンはそそくさすり寄った。
「あ、あのっ! おつかれー、ケネル。調子はどう?」
目線を下げこそしたものの、ケネルは微動だにせず立っている。
エレーンは肩で呼吸を整え、えへへ、と笑って見まわした。
「おまたせおまたせ! ねー! あたしになんか、できることな~い? なんでも手伝うから、どんどん言ってよー!」
「何考えてんだ! あんたは!」
ぎょっ、とエレーンは後ずさった。
一喝したのは、あのケネル。なぜか険しい面持ちだ。
「何をしにきた! 危ないだろう!」
むう、とエレーンは爪先立つ。「"何しにきた"って、手伝いよ」
ケネルが顔をしかめて舌打ちした。
すぐさま沿道を振りかえり、「おい、そこの!」と、ぞんざいな口調で呼びつける。
道端で見ていた男が二人、おもむろに踏み出し、駆けてくる。
ぐい、とケネルが二の腕をつかみ、その手を二人に押しやった。「急いでこれを、クレスト公邸に連れていけ」
むっ、とエレーンはケネルを見あげた。
「なあにすんのっ! 放してよっ!」
力任せに手を払い、両手を腰に押し当てる。
「せっかく、あたし、応援にきたのにっ!」
「助力は不要だ。屋敷に戻れ」
面倒そうに顔をしかめて、ケネルの態度はにべもない。
「なによ、それ。すんごい失礼っ!」
エレーンは大いに息まいた。
「あたしは領主の代行なのよ? 領主っていうのは、戦の時に、指揮とかしたりするんでしょ。だったらもう始まんないでしょうが、このあたしがいなくっちゃあ!」
一同は無言で突っ立っている。
熊のような蓬髪の男が、もてたましたように顎髭をしごき、小ざっぱりとした短髪の男も、腕組みでしげしげと見下ろしている。
ちなみに彼は何気におしゃれで、中年のくせに、赤いピアスを左耳にしている。
「──妙なのが出てきやがった」
ぼそり、とそうごちたのは、妙に美形で乱暴者の、あの長髪。
そして、ケネルは仏頂面。
「助力は不要だ。屋敷に戻れ」
「あたしだって、ここにいる! 荷物運びくらい、できるはずよ!」
「ここがどこだか分かっているのか!」
「わかってるわよ! そんなことっ!」
「馬鹿野郎! さっさと戻──」
「あ、馬鹿って言った? 今、あたしのこと馬鹿って言った? あのねー知ってるー? 馬鹿って言う人が本当は一番──」
「なんだか知らんが、とっとと戻れ! 邪魔だと言うのが聞こえないのか!」
「いや! 戻らない! あたしにだってできるもん! 白衣の天使とか!」
「──はく──( 一瞬、絶句 )──そんな暇がどこにある!」
「あたしの治療じゃ不服なわけえっ!」
「そういう話をしてるんじゃないっ!」
断固たる腕組みで、ぷい、とエレーンはそっぽを向く。
「絶対、あたし、帰らないからっ! 誰がなんと言おうが絶対に!」
「なら、いればー?」
声がのんびり割りこんだ。
ケネルが飛びあがって振り返る。
「ウォード! 無責任な発言をするな!」
薄茶の髪の若者が、ぶらぶらこちらに歩いてきていた。
背が高く、痩せている。だが、長身痩躯というよりは、やたらと「ひょろ長い」印象だ。
ウォードと呼ばれた若者が、かじりかけのジャーキーの先を、「なにコイツ。おもしれー」と無礼千万に突きつけた。なぜかへらへら笑っている。
(なによ、あんた、邪魔しないでよー)とエレーンは口を尖らせる。
「──とにかく」
頭痛がする、というように、ケネルが額をつかんで、うなだれた。
「あんたの気遣いには感謝する。だから早く屋敷に戻れ」
「いや!」
ぷい、とエレーンはそっぽを向いた。
ケネルは頭を掻いて、持てあました顔。
「妙な駄々をこねるなよ。ここにいると危ないんだ。な? 早く帰ろうな?」
肩をかがめ、幼児に言って聞かせる口調。
エレーンはふくれっ面で腕をくむ。
「絶対いやよ! 帰らないっ!」
「あんたの応援は必要ない。運搬の手も足りている。あんたがここにいる理由はない」
「嫌ったらいやっ! い、や、よっ!」
「さっさと戻れ! 邪 魔 なんだよ! そもそもあんた分かってないだろ、戦がどんなものなのか。ここにいたら、あっという間に踏み潰されて、あんたなんか、けちょんけちょんに──!」
「だって、あたし、約束したもんっ!」
爪先立って、エレーンもがなる。
「みんなとあたし、約束したもん! みんなのこと守るって。なのに、こんな危ない目に遭わせておいて、自分だけ引っこんでるわけにはいかないでしょうが!」
だって、彼らと約束したのだ。
盾にはしないと。捨て駒にはしないと。彼らの身は自分が守ると。
そうだ、どうして、自分だけ、のん気に茶など啜っていられる。
今、ここで逃げたりしたら、あの言葉は嘘になる。
いい加減でも、お調子者でも、どんなふうに言われても構わない。だが、嘘つきになるのだけは、絶対に駄目だ。
あの約束は
ようやく芽吹いた信用なのだ。それは、まだまだ弱くて、もろい基盤だ。
あの時、助力を請いには行ったが、まるで話にならなかった。
彼らを利する何の
命を張るほどの見返りなんか、彼らにとっては何もない。それでも彼らは、助けてくれると言ったのだ。
正念場だった。
ああして見得を切った以上、今、すべきことが自分にはある。
損なうわけにはいかないのだ。彼らがくれた無償の好意を。
つないだこの手を離してしまえば、ようやく手に入れた信頼は、拠って立つ土台を失い、根底から潰えてしまう。今、逃げるわけにはいかない。
人として。
ケネルが辟易と嘆息した。
「あんたに何ができると言うんだ。自分の屋敷にさっさと戻れ。戻ったら二度と出てくるな」
再びエレーンの腕をとり、先に呼びつけた二人を見る。「──おい、そこの!」
「放してよっ! あたし、そんな卑怯じゃないもんっ!」
「ほう、弓矢があるのか。助かるな」
ふと、声を振り向けば、思わせぶりな声音の主は、あの小奇麗な短髪の男?
腕をくみ、沿道をながめている。
あのケネルと二人も含め、一同の注目を引いた先には、幌がかかった荷馬車が一台。
乱暴者の長髪が、たるそうに身じろぎ、目を向けた。
「可能なかぎり持ち出したが、向こうにも、まだ、たんまりあるぜ。弓はあらかた弦を切ったが、射手の手持ちがあるからな。全部潰したわけでもない。そいつを射掛けられたら、打つ手がねえな。家が南に面した奴らは、避難させる方がいい」
「火矢を打ち込まれたら、一溜まりもないな。家が燃えれば、延焼が始まる。消火の手が必要か。今の内に、中に指示して──」
「ま、火災はある程度防げるはずだ。油はあらかた、別の用途で使ってきたし」
「別の用途?」
ケネルが会話を聞き咎めた。
つかんだ腕をぞんざいに放し、いぶかしげに振りかえる。
「ファレス、お前、何を──」
そう尋ねかけた時だった。
凄まじい爆音が、とどろいた。
一瞬後、凶暴な爆風が巻き起こる。
驚愕したような大勢の悲鳴。黒煙をあげて炎上している。
街道の先、敵陣のある方角だ。
「──事故か。こんな時に」
ケネルがいぶかるように腕をくんだ。
爆発音が連続して起こる。にわかに向かいがあわただしくなり、兵の多くが、馬を後方へ走らせている。
向かいの騒動に目を凝らし、ピアスの短髪が顎をこすった。
「戦に不慣れな兵隊だからな。火薬の扱いでも間違えたか。とはいえ、こいつは随分大掛かりだな。俺も、こういうのは初めて見る。こうまで誘爆するものか?」
騒然とする街道を、ウォードは無言でながめている。
そのガラスのような瞳には、なんの感慨も認められない。
熊のような蓬髪が、片頬を歪めて苦笑いした。
「自滅か。こいつは幸先がいい。これで手間が省けたな」
一帯に、黒煙が立ちこめていた。
黒い人影が煙にまかれ、右往左往して叫んでいる。
火勢が強い。飛び交う怒声。狼狽した悲鳴。恐慌に陥り、混乱している。
ケネルが長髪に目をやった。
「お前の仕業か。何をした」
その端整な横顔が、炎の赤に照り返されている。
長髪は口の端を吊りあげた。
「三百はイったな。これで残りは九百だ」
ケネルは身じろぎ、苦笑いした。
「さっき言っていた"別の用途"が、なるほど、これだというわけだ」
「こうでもしなけりゃ、どうしようもねえだろ」
嘲るように鼻を鳴らして、長髪は大儀そうに首をまわす。
「敵がああして固まっている時には、この手の荒技は効果的だ。食料庫をぶっ潰して、周囲に油をまいてやった。仕上げは単純な起爆装置。造作もねえ」
「──やるもんだな。敵が一気に四分の三かよ」
蓬髪が軽く口笛を吹いた。恐れ入ったというように。
「不慣れな兵隊が相手だからこその、子供騙しの芸当だがな。戦慣れした軍兵相手じゃ、こうはいかない」
向かいは、混乱の
それを眺めやる一同の顔には、憐れみのかけらも浮いてはいない。
その中でただ一人、エレーンは息をのんで見入っていた。
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