第29話 平和な時間は、長くは続かなくて 4

「櫂さん。今の音は何ですか? 尚はどこに行ったんですか?」


 動かずに……とは言われたけど、こんなことが起きたのだから、私にだって知る権利があるはずだ。


「尚は多分洞窟へと向かったんだ。尚の暮らす場所に、木偶が攻撃を仕掛けたんだろうから」


「攻撃?! 尚は一人で大丈夫なんですか?!」


「木偶共にどうにかされるわけないよ。そのうち、何のこともなかったような顔で戻ってくるさ」


「本当ですか?」


「あぁ。大丈夫。尚はそんなに弱くない」


 櫂の確信めいた顔を見れば、その言葉に嘘はないのだろう。

 洞窟の方を見ながら、私の話に付き合ってくれているところを見れば、櫂も本当はここから出て尚の元に向かいたいに違いない。

 それでも、私がここに残ってるから。

 残ってろって言われたから。

 櫂も一緒にいてくれるんだ。

 私が行ったって、足手まといにしかならないから。


「木偶って何のことですか?」


 当たり前のように聞かされる言葉。一体、木偶って何のことだろうか。

 前にも聞いたことがあるけど、その時はわからないことばかりで、特に気にすることもできなかった。


「木偶は、仙帝の手足のようなものさ。仙帝の意思で動かすことのできる物体。ただの人形だよ」


「それが、攻撃してくるってことですか?」


「あぁ。前に仙帝が尚を狙っているって話はしたよね? 仙帝は木偶を使って尚に色々仕掛けてる。その度に返り討ちにされてるくせに、懲りない奴だ」


 櫂と話をしている間にも、外からはいくつもの破裂音が耳に届く。反響しているのかもしれないけど、聞こえてくる音の数に不安で胸が押しつぶされそう。

 尚は、大丈夫だよね?

 すぐに帰ってきてくれるよね?



 少しずつ遠く、減っていく破裂音に、尚と木偶のやり合いが終わろうとしてるのがわかる。

 もうすぐ、帰ってくるかな?

 怪我とかしてないといいけど。

 櫂の顔からも徐々に険しさが薄れていって、この事態の終焉が近いことを教えてくれる。


「もう、帰ってくるね」


 私を安心させるように、櫂が笑顔を向けてくれる。

 本当は尚のところに行きたかったはずなのに、もどかしい思いをさせちゃった。


「もう終わるんですね」


 感謝するべきなのか、謝るべきなのか。どうすればいいかわからず、おうむ返しの返事をする。

『ごめんなさい』も『ありがとう』もどちらも合ってるようで、違ってる。

 心の中のしこりは、尚が帰ってくれば消えるはずだ。

 無事に帰ってきさえすれば。

 また何事もない日常が始まる。



「尚、遅くないですか?」


 木偶が発生させていた破裂音は、少し前に完全に鳴り止んだ。

 尚の島は、再び静けさに包み込まれている。

 それなのに。

 尚が帰ってこない。


「後始末に手間取っているのかな。少し見に行ってみようか」


 尚の帰りの遅さを、櫂も気になってるみたい。

 尚の家に近づいたら攻撃されるなんて言ってたのに、『見に行こう』なんて言い出すと思わなかった。


「連れて行ってくれますか?」


「あぁ。構わないよ」


 二人で天馬に乗って、一直線に尚の家へと向かう。

 島の中でも端にある岩山。

 剥き出しになった山肌に開いた洞窟が尚の住まいらしい。

 家の周りに小川が流れ、緑の草原が広がる私の家とは大違いの寂しい場所。


「尚はこんな所に住んでいるんですか?」


「あぁ。木偶からの攻撃を受けるにしても、この形が一番被害が少ないそうだ」


 こんな場所で独りで、いつ攻撃されるか分からない日々。

 尚の置かれた状況を想像するだけで胸が苦しい。

 何で、こんな目に遭わなきゃいけないの?

 考えれば考えるほど胸が締め付けられるように痛くて、気がつけば涙が流れ出る。

 胸の痛みを流すように溢れ出る涙は自分でも止めようがなくて、櫂に差し出された柔らかな布が少しずつ涙で重みを増していった。


「はるをこんなに泣かせるなんて。早く出てきて責任を取ってもらわないといけないね」


 櫂の言葉が、静まり返った岩山に反響する。

 私たちがたてる音以外何も聞こえない空間が、尚の不在を明らかに示していた。


「尚?! どこ?」


 外で呼びかける時のように、あてもなく声をあげる。

 尚なら、そのうちにこの声に応えてくれる。


「尚? どこにいるの?」


 目に入らない所から突然、面倒そうな態度で現れる。


「ねぇ! そろそろ出てきてよ!」


 もうすぐ出てくるはずだ。

 そう信じて声を出し続ける。

 独り言の様な声が徐々に大きくなっていって、叫び声にも近くなった。


 一人大声で叫び続ける私を置いて、櫂がそこら中を歩き回る。

 尚を探しているというより、何か他のものを探してるみたい。

 呼びかけるわけでもなく、目当てがあって探し回ってる様子に、櫂だけはこの事態をちゃんと理解してるんだってわかる。


「はる。ちょっとおいで」


 洞窟の中、尚の家になってる場所に無断で入り込んだ櫂が、中から私を呼ぶ。

 人の家に無断で入るなんて……なんて普段なら思うかな。でも今は、そんなこと言ってられない。


「尚、いました?」


 なんて、返事はわかりきってる。

 それでもそう聞かずにはいられない。


「いや。これを見つけたから」


 尚の家の中は、洞窟の中とは思えないほど整っていて。人の暮らしていた気配すらない。

 生活感のない家も、ここまでいったらやりすぎだと思うよ。


「これ何ですか?」


 櫂の手のひらには、尚の作り出す玉の様な物体がコロンと乗せられていた。

 破裂することもない透明なスーパーボールにも見えるソレを、櫂がおもむろに床に叩きつけた。

 手の上に平和に乗っていたスーパーボールは、床に当たった衝撃で、大きな音をたてて爆ぜる。スーパーボールみたいに跳ね返りはしないらしい。


『はる。其方に危険が及ぶことのないように対処する。そのまま島にいてくれ。頼む』


 割れたスーパーボールから、尚の声が聞こえる。


「これには自分の声を残しておくことができる。尚がはるに伝えたかったことが残ってると思ってね」


 櫂がそう言って、微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る