第10話 五年後再会した彼は仙人でした 6

「強くなんか、ないよ」


 尚の言葉に、すぐに返事ができなくて、何分も経ってからやっとそう返した。


「そうか……」


 その間には、いくつも飲み込んだ言葉があって、そのどれもが喉に張り付いて、飛び出るタイミングを見計らってるみたい。

 それを何とかお腹の底に押し込んだ。


 尚は、私のそんな葛藤を全部知っている様に、ただ静かに頷いた。


「ね、ねぇ。私、これからどうすればいい?」


 重苦しい沈黙を打ち破るように発した私の言葉は、上擦って震えて。

 それを聞いた尚が、笑いを堪えて妙な顔をしてる。

 せっかくの美形をそんな風に歪ませてないで、開き直って笑えば良いのに。


「どうって……其方は、どうしたいのだ?」


「どうするべきなのかなって思って。このまま、村では暮らせないよね」


 成長しない私は、既に周りの人に変な目で見られてる。これがまだまだ何十年も続くんだとすれば、さすがにあの家にはいられない。

 緑や、父さんにも迷惑がかかる。


 緑はこれから結婚だってするだろうし、もしかしたら父さんにだって良い相手ができるかもしれない。

 そんな時に私みたいなのがいたら、上手くいくものもいかなくなるだろう。

『誰も寄り付きゃしないよ』あの言葉は、紛れもなく真実で、成長しない私が、どれだけ不気味に見られていたのかがわかる。


「邪険に扱われてたと言っていたな」


「邪険だなんて、そんなことないよ。緑と父さんは、今でも凄く優しいし」


 成長しない私のことを、一番近くで見てる二人が、一番優しくしてくれる。

 嫌な言葉が私の耳に入らないようにって、耳を押さえてくれた緑の手は温かくて柔らかくて。

 思い出せば頬に熱が上がるのがわかる。


「それならば、人間界に帰るか?」


「うん……」


 本当は帰りたい。

 父さんに守られて、緑を頼って暮らしていたい。

 

 でもね、もう無理だよね。


 仙人だってわかった私が、後何十年生きるかわからない。

 いつまでもこの姿のままでいることに、そのうち二人ともきっと不気味に思うようになる。

 そのとき、なんて言われるかな。どんな顔されるかな。

 それに、耐えられそうにないや。


「ならば、櫂に言って送り届けてもらえばよい」


「ま、待って」


「どうした?」


「戻りたい、戻りたいけど。できない」


「何故だ?」


「これ以上私があそこにいたら、二人に迷惑がかかっちゃうもん」


「そんなもの、かけておけばよいではないか」


 尚の顔は、理解ができないとでも言いたげに歪む。


「かけておけって、そんなことできるわけないでしょう?」


「あいつらは、好きで其方を連れていったはずだ。それなのに、迷惑もなにもないだろう」


「違う! 二人は、草原で独りぼっちの私を見ていられなくて、親切で連れていってくれたの! あそこに置き去りにしたのは尚じゃない」


 置き去り、そう聞いた瞬間の尚の顔が、酷く悔しそうに歪んだ。何かを言い出せずにいるような、そんな顔。

 私に飲み込んだ言葉があるように、きっと尚にだってあるよね。私を置き去りにした、理由。


「そうだな。そのことに異論はない。それならば、其方はどうしたいのだ?」


 歪んだ顔も次の瞬間には何事もなかったかの様に整って、これまでと同じ様に冷静な表情を見せた。


「仙人って、あっちにある大きな島に住むんでしょう? 私も、住めるかな?」


「大きな島って仙人島のことか?」


「仙人島? ここへ来るときに見た大きな島。櫂さんもそこに住んでるって言ってて」


「間違いない。櫂が住んでるのであれば、仙人島だ。仙人である以上、あそこに住むのは何ら難しいことではない。誰しもあの島に住まいを持って暮らしているはずだ」


「そっか。それなら、そこに住んじゃおうかな。私みたいな子どもでも、大丈夫かな?」


 周りが仙人だらけの島なら、私のことも変な目で見られることはないよね。

 尚だって櫂だって、こんな姿形で一体何歳なのかもわかんないし。


「大丈夫というのは、其方の言う迷惑とかの話か?」


「そうだよ。私はもう、普通の人みたいに成長はしないんだよね? それなら、緑たちと一緒にはいられないよ」


「そういうものか。まぁ、仙人島であれば其方でも暮らしていけないこともないだろうが。その辺の事情は櫂に尋ねてみるとよい。詳しいからな」


「うん。そうしてみるよ。ありがとう」


 落ち着いて話をしてみれば、やっぱり尚は色々なことを教えてくれて、冷たい言い方をすることがあっても、根は優しいんだと思う。


 なんで櫂にあんな態度をとるんだろうか。

 敢えて突き放しているような、親しくなるのを避けているような、そんな態度。

 

 もう少しその態度を崩してもいいんじゃないかって考えたけど、『罵倒されるかも』って目をキラキラさせながら言っていた櫂には、今のままでいいのかも。櫂にとっては、幸せなのかもね。

 

「其方の聞きたかったことは、これで全てか?」


「うん。本当に、色々ありがとう」


 話してくれたこと、助けてくれたこと。お礼はきっと言っても言い切れない。


「いや、其方がそうなってしまった責任は私にあるからな」


 そう言って後ろを向いてしまった尚の頬は赤く染まっていた。

 まさか、照れてる?


「か、櫂のところへ連れて行く」


 尚が口元を動かした途端に、手のひらから生まれたのは櫂と同じような馬。櫂のとは違って、羽がないから、正真正銘の馬。


「馬になら乗れるのであろう?」


「櫂さんに乗せてもらっていただけで、私一人じゃ乗れないよ」


「問題ない」


 私の言葉を聞き入れると、櫂と同じ様に私の体を抱き抱える。そしてそのまま、尚の膝の間に座らせられた。


「しっかり捕まっておけ。櫂と違って、乗り慣れていない」


 そう言って飛び上がった馬は、櫂の天馬と遜色ないぐらいに心地良い乗り心地で、それでいて速さも申し分なかった。

 あっという間に尚の島全体が見渡せる程上空へと駆け上がると、穏やかに流れる川のほとり、ぽつんと一つだけ置かれた大岩に座っている櫂の下へと近寄っていった。


「はる! 話は終わったのかい?」


「え、えぇ。終わりました」


 櫂がどこにいるかなんて聞いてもなかったはずだ。それでも迷うことなく彼の元へと辿り着けるということは、尚にはということか。


「櫂、彼女が仙人島で住むというのは、どうだろうか?」


「仙人島?! こちらの世界へ来てくれるということかい?」


「そうしようかなって思ってます」


「其方は、どう思うか?」


 尚が櫂に尋ねたのは、仙人島の事情のようだけど。いくら住んでないとはいえ、仙人達が住む島のこと、こんなに何も知らずにいられるのかな。


 櫂の目を真っ直ぐに見据えた尚の目線を受けて、少し神妙な顔をした櫂が、首を横に振った。 

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