第11話 尚の島で暮らすことにします 1

「仙人島は、やめた方がいい」


 櫂が首を振りながら告げた言葉は、反対を意味していた。


「やはり、そう判断するか」


「どうしてですか? 独りだから?」


「違うよ。そういう訳じゃない」


「だったらどうして? 櫂さんもそこに住んでるんですよね?」


 やっと私が変な目で見られずに済む場所を見つけたはずだった。仙人島でなら、目立たずに済むと思ってたのに。


「確かに、僕はそこに住んでいるけど」


「私も仙人なんですよね? どうしてダメなんですか?」


「それは……」


「すまない。それも、私のせいだ」


 私に問い詰められて、詰まった櫂の言葉を遮って、尚が私に暗い顔を見せる。


「どういうこと? 何で尚のせいなの?」


「今、少し仙人島は物騒なんだ。そこではるが一人で暮らし始めるっていうのは、少し危ないかもしれないね。尚の責任かどうかは別として、僕は心配だな」


 櫂がそう言って見せる笑顔は、つくづく胡散臭いと思う。間違いなく何かを隠しているのに、それが何かはわからない。


「物騒?」


「うん。いつでも僕が側にいてあげられればいいんだけどね。なかなかそういう訳にいかない」


「そしたら、やっぱり戻るしかないってこと?」


 そして、緑達に迷惑をかけるしかないってことだろうか。


「ここに、住んだらどう?」


「ここ?!」


 櫂の提案に驚いた顔をしたのは私だけじゃない。尚の目も私と同じように大きく見開かれていて、櫂の提案を初めて聞いたと、無言でそう言っていた。


「うん。ここなら、はる一人ではないし、尚がいるなら安全だろう?」


「それはそうかもしれないが……」


「はるの居場所、ここ以外にどこがあるっていうのかな? 元はと言えば、尚がはるを仙人にしたことが原因だろう?」


 櫂の言葉に、目を泳がせながら俯いた尚は、いつもより一回りぐらい小さくなったように見えて、申し訳なさに私も一緒になって俯く。


「ここか……それでも、良いのか? 良いことの一つも起こりはしないが」


「住んでもいいの?!」


 緑達に迷惑をかけないために、仙人島に住むしかないと思った。そのことに反対されて、戻るしかないと諦めた。そんな私に櫂の言葉は天の助けにも感じられる。


「この島は私が、私だけが住むために作られている。其方にとって快適な場所とはならぬだろう」


「いい! どうせあの家から出るなら、どこへ行ったって一緒よ」


 貧しくたって、生活するだけでいっぱいいっぱいだって、あの二人に大切にされてる家は、きっとどこよりも居心地が良い。そこを離れるなら、どこも違いはない。


「どこでも一緒か。それほど、あの家は良かったのだな」


「もちろん! 二人とも優しくてかっこよくて、大好きだもの」


「そうか。離すことになってしまって、悪いことをした」


「そうと決まれば、僕が下に降りて挨拶して来ようかな。尚より、適任だろう?」


 私たちの間に流れた微妙な空気を払拭するように、櫂が一際明るい声を出した。


「挨拶?」


「必要ではないかい? はるのこと、連れていってしまうんだから。それとも、黙って出てくるつもりだった?」


「そういう訳じゃないですけど」


 でも、わざわざ櫂が一緒に行く必要、あるのかな? 私一人でも、問題ないんだけどな。


「櫂を連れて行くといい。私よりも仙人らしく、穏やかに話ができるはずだ」


「おや。自ら穏やかじゃないと認めたのかな?」


「其方のほうが人当たりは良いだろう。私には向いていないというだけだ」


「そうと決まれば、早いほうが良いね。すぐに行ってくるよ」


「よろしく、お願いします」


 仙人らしく、穏やかに。どんな話が必要なのかは私にはわからない。

 たった五年一緒にすんだだけの、その辺で拾った子どもが出ていくだけのこと。ここまで大袈裟にする必要もないんじゃないかな。

 そう思っていた。思っていたかった。




「はるか! どこに行っていたの?! 心配したんだよ!」


 櫂に送り届けてもらった時間は、夕方というにはまだ早くって、まだまだ色白な太陽が空の上の方で輝いていた。

 そんな時間だから、二人とも帰ってきてるわけがないと、安心しきって家の扉を開けたのだ。


「緑、もう帰ってきてたの?」


「何だ? 帰ってきてたらまずいことでもあるのか?」


「父さんまで。何かあったの?」


「何かあったの? は俺が言いたいんだよ。一人でどこに行っていたんだ?」


 どこって……空の上?


「父さんも、心配した?」


「当たり前だろ。こんな小さいのが独りで、心配しないわけがあるか!」


 頭上から降り注がれる父さんの声は、とんでもなく迫力があって。雷に打たれたみたいに全身がビリビリする。


「ご、ごめんなさい」


 でも、心配してくれたんだ。

 昨夜、あんなことを言われた父さんが、もしかしたら私のことを疎んでいるかも? なんて少しでも考えた私がバカだった。

 頭の上から怒鳴られて、縮み上がるぐらいに怖いけど、嬉しい。

 心配して駆け寄ってくれる緑のことも、本気で怒ってくれる父さんのことも、やっぱり大好き。


 だからこそ、私は尚のところへ行くね。

 これ以上私がいたら、周りからの変な目は、きっと二人にまで及んじゃうから。


「二人に、会わせたい人がいるの」


「会わせたい? まさか、男じゃないよな?」


 ん? 櫂は男性だけど。

 父さん? その言い方って、少し変じゃない?


「男の人だよ?」


「男? 誰だ? どんなやつだ? そいつと一緒にいたから、こんなに遅くなったのか?」


 現代日本では使い古されたような、娘の彼氏に対する父親の台詞。まさにそんな言葉を地で口にする人がいるなんて。


「父さん。櫂は仙人なの」


「せ、仙人?!」


「うん。私ね、仙人なんだって」


 私の突拍子もない自己紹介に、父さんと緑が目を白黒させてる。

 そりゃそうだよね。私だって驚くよ。


「櫂さん。入って下さい」


 家の外、少しだけ離れたところで待っていてくれた櫂は、いつ着替えたのかわからないけど、さっきまでとは少しだけ雰囲気の違う服を着ていた。

 日本の着物のような、下は袴だろう。それでいて昔話に出てくる天女様の服の様に所々ひらひらしていて。縁取りにある刺繍が、その服がどれだけ手間をかけて作られているかを表しているみたいだ。


 櫂が着てるその服は、ついこの間私が緑の為に縫った成人の義の衣装に、よく似ていた。

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