第9話 五年後再会した彼は仙人でした 5
「其方には、仙人の素質がある。それは間違いない」
二人きりになった尚が案内してくれたのは、大きな木の陰。その根元に座り込んで、尚の話を聞いた。
「櫂さんが、それは尚が原因だと言っていたけど、本当ですか?」
「いつの間にか、こちらの言葉も覚えたのだな」
そう言って目を細めて微笑んだ様に見える尚の顔に、心臓が小さくジャンプする。
「ことば……そう! 五年前、どうして私の言葉がわかったの?! あっ。わかったんです、か?」
「どうしてわざわざ言い換えたりするのだ?」
「だ、だって、ばばさまが、仙人様はすごく偉い人だって、そう言っていたから」
それに、すごく怖い人だとも。私たちなんかじゃ、太刀打ちできないぐらい強くて、もし出会ったら死んだふりをしたほうがいいって。って、熊じゃん。
「今時、そんなことを気にする人間もいないだろう。まぁ、些細なことだ。そのようなことを気にするほどの度量ではないつもりだ」
「そ、そう思ってもらえるなら、助かります」
どんなことで仙人様の不況を買うかわからない。私のやることを、些細なことだと言ってもらえるなら、こんなにありがたいことはない。
「言葉は、昔聞いたことがあった言葉だっただけだ」
「昔?」
尚はこの顔で、一体どれだけ生きてるのだろうか。その尚が言う昔って。
「何十、いやもしかしたらもっと前だったかもしれない。年を数えなくなって久しい。必要のないものは忘れていかなければならない」
「必要ない?」
「あぁ。仙人たちは誰も自分の歳なんぞ覚えていない。一年二年、十年二十年違ったところで、大した問題ではない」
仙人である尚にとって、五年なんて、それこそ些細なことか。
「誰か、話す人がいたってこと?」
「偶然すれ違っただけの人物だ。其方が気にするような相手ではない」
現代の日本語を話す人物と、偶然すれ違ったってこと? そんなこと、気にしないわけないじゃない。
「その人は、今どこにいるの?」
「もう、随分昔のことだ。今その者に会ったとしても、その言葉を覚えてはいないだろう」
尚の言い方は、間違いなくその人のことを知っているようで。それでも、言いながら少し寂しそうに笑うその顔に、これ以上の追求はできなくなった。
「わ、私に仙人の素質があるって、どういうこと?」
尚の表情と、この微妙な空気感を変えようと、言葉より引っかかってることを投げかけてみる。
言葉なんて今となっちゃあどうだっていいよ。
もう不自由なく話すことができるし、尚がいつどこで会ってたって、そんなこと気にしない。
それよりも、また置いていかれる前に、今度こそ必要なことを聞いておかなきゃ。
「そのことに関しては、全て私の責任だ。申し訳ない。深く、お詫びする」
隣に座っていた尚が、おもむろに立ち上がり、私の目の前で大きく頭を下げた。
何も言い訳すらしないで、全部自分の責任だって頭を下げるのは、潔いといえばそうなんだけど。
「尚の責任って?」
「あの時、私の仙力に影響されてしまったらしい」
「あの時?」
「其方が、空から落ちてきた時だ。その時に私は其方のことを仙力の膜で包み込んだ。其方を助けるためとはいえ、申し訳ないことをした」
仙力の膜?
尚の言葉を聞きながら、私は五年前のことをもう一度思い出す。こっちの世界で生きていけるヒントがないか、元の世界に戻るヒントがないか、何度も何度も思い返した記憶。
それはこの五年間に起きた出来事の中でも、割と鮮明に残ってるはずだ。
その記憶の中から、尚のいう『膜』に思い当たるのはただ一つ。
あの、スライムだ。
「助けてくれたときの玉のこと?」
「そうだ。其方はそれに包まれている間中、私の仙力を近くに受けてしまっている。それが其方の中に入り込み、仙人にしてしまったらしい」
「え? あれに包まれたらみんな仙人になっちゃうの?」
「そういうわけではないんだが……他の人間たちを入れたところで仙人になったりしない。だが、どうにも其方
ん? 達って?
尚の言い方には、間違いなく私以外の誰かのことが含まれている。
「他にも、そんな人がいるの?」
「いや、そういうわけではない。もちろん、其方しかいないと言い切れるものでもないが」
私以外の誰かのことは、触れられたくないとでも言いたげな言い方は、私の心に変なしこりを残す。
さっきの言葉といい、この言い方といい、もしかしたら私以外にも現代日本から転移してきた人間がいるってこと?
気になる!
気になるけど、尚にこれ以上は聞けそうにもない。
櫂がどこかに行ってしまっている以上、ここで尚の機嫌を損ねるわけにもいかず、これ以上の追求は諦めた。
だって、またこんなところに置き去りにされたら困る。
「それで、結局その膜のせいで私も仙人になっちゃったってことよね」
「そういうことだ」
「そっか……まぁ、それも楽しそうだし、仙人もいいかもね」
なろうと思ってなれるものでもないし、それはそれで楽しいかもしれない。
「仙人なぞ、楽しくなんかない」
自分の気持ちを前向きにしようとした私の言葉に、被せるようにして苦々しくそう言った。
せっかく言い聞かせようとしてるのに、何でこの人はわざわざそんなこと言うかなぁ。
「でも、直せないんでしょ?」
「……すまない」
「だったら、仕方ないじゃない。なっちゃったものを後悔したってどうにもならないんだし、それなら受け入れるしかない」
謝りながら項垂れてしまった尚のつむじを見ながら、わざと明るくそう言った。
どれだけ尚に謝ってもらったって、直せないものはどうしようもない。
仙人が楽しくなくとも、既に私はそれになっちゃってるわけで。
それなら、楽しんだ方が良いじゃない。
「其方は、強いのだな」
強い? そんなわけない。
この世界に飛ばされて来て、色々なことを飲み込んできた。受け入れて来た。
だって、そうじゃなきゃ生きてこられなかった。
ただの女子大生だよ? 普通の日本人だよ?
それがこんなところで、五歳児の体で独りぼっち。何だって嫌がってる場合じゃない。受け入れて、前を向いて……そうするしかなかったんだよ。
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