第8話 五年後再会した彼は仙人でした 4
「それは、寂しくないんですか? こんなに広いところに、独りだなんて」
見渡す限りの草原に、独りで置き去りにされた心細さ。近くに人の気配がないというのは、不安をかき立てて仕方ないものだけど。
「寂しい? どうだろうね。僕が尚と出会った時には、既に尚は当たり前に独りで住んでいて、寂しいなんて聞いたこともないね」
「皆さん、それぞれの島があるんですか?」
一人に一つ、島を作って住むというのが、仙人の常識なら、尚が特別寂しいって感じることもないよね。
「島を作り出すなんて規格外、尚にしかできないさ」
規格外……。尚に向けて言ったはずの一言が、私の心に小さな傷をつける。
さっきの二人の会話にあった、異物を排除したがるって、誰かのことなんだろうか。
「もう聞きたいことはないかい?」
考え込んでしまった私の耳に、櫂の声が後ろから響く。
声まで王子だな。
「あの……さっき、成長しないことは当たり前って言ってましたよね? あれって、どういうことですか?」
「あぁ。僕たち仙人にとっては、成長しないのも当然ってことさ。成長しないっていうのは、少し違うか。成長の速度が遅いって言った方が正しいね。たった五年じゃあ、何も変わらないってこと」
たった五年……。
櫂の言葉は、まるで私のことを表しているようで。
ねぇ、それって。まさか、私も?
「わ、私が成長しないのって……」
「はるは、仙人の要素があるのだろう? そう、尚から伝えられていないかい?」
尚? 何で? 尚が、何か知ってるっていうの?
「何も、聞いてないです」
「何も?!」
「はい」
「僕を見ても大して驚いていないようだったから、既に色々知っているのかと思っていた……それでは、大きくなれないことを気にするはずだ」
いや、異世界に飛んできてる時点で、驚きたいことは散々あってね。
空飛ぶ人がいても、そんなもんかと。
そもそも、尚に助けられた方法が衝撃的過ぎて。
驚かない理由が頭の中で駆け巡るけど、それより何より、聞きたいことは一つだ。
「尚が、何か知ってるんですか?」
「知ってる、というか、きっと彼が原因かと……」
櫂の声が途中から尻すぼみになっていって、どんどん聞こえなくなっていく。出会った時から、内容はともかく、どれもはっきり声に出してくれた櫂にしては珍しい。
「原因? どういうことですか?」
「まぁ……そのうち知ってしまうことだろうし。今でも良いか」
「何がですか? 教えて下さい!」
「お、教えるのは尚の方がいいだろう」
天馬の上で身を乗り出して櫂に食って掛かった私の勢いに押されるように、櫂が体を仰け反らせながら言葉を返した。
「尚? どこかに飛んでいってしまいましたけど」
「尚なら、この島のどこで誰が何を話していたって、全部お見通しだよ。僕たちのことだって、どうせ気にしてうかがっているに違いない」
「お見通し……」
「あぁ。この島で彼に隠し事はできないね」
一緒にいなくても、会話は筒抜けってことか。
眉間にシワを寄せて一緒に居られるより、私もそっちの方が気楽。
「村に帰る前に、もう一度尚を呼び出せばいいよ。はるに仙人の要素があるって話、聞いて帰れば良い。大丈夫。もし尚が教えてくれなければ、僕がちゃんと教えてあげるから。安心して」
櫂が私に見せた笑顔は何かを企んでいるようで、ちっとも安心できない。
それでも、私の体が成長しない理由を教えてもらえるなら。
「よろしくお願いします」
ここぞとばかりに頭を下げる。
この件は、櫂に食らいついていかなきゃ。
「尚、どうせ聞き耳をたてているんだろう? 僕がはるに変なことを吹き込む前に、きちんと出てきて説明した方が良いと思うよ」
櫂と一緒に空の上から島のあちこちを見て回って、たどりついたのはさっき尚と別れた場所。
櫂が空中に向かって、独り言を言うように呼び掛けた。
「尚の家を訪ねた方が良かったんじゃ……」
「尚の家ねぇ。下手に近づくと攻撃されるかもしれないからね。ここでこうやって呼び掛ける方が安全なんだよ」
「攻撃?!」
「うん……尚にちょっかいをかけてくる輩は少なくないんだ」
「それを、其方が言うか?」
私たちの会話に割り込むように、どこからか尚の声が聞こえる。
「おや? 僕がそんな物騒なことをしたことがあったかな?」
「何が目的で私に近づいてきているのか、私が知らないとでも思っているのか?」
「目的? 僕はただ、君と親しくなりたいだけだけど?」
「はっ。どうだか」
櫂と不穏な会話を繰り広げつつ、尚が私たちの目の前に姿を表した。
今の話、聞いていて良かったのかな。
「それで? 成長しない理由、だったか?」
「教えてくれますか?!」
「櫂が、でたらめを言っても信じてしまいそうだからな」
「酷いねぇ。僕は真実しか言わないよ?」
「其方は、少し外してくれ」
「僕には、聞かせられないことかな?」
「力づくで追い出してやろうか」
尚のその言葉と同時に、手のひらに小さい玉が出来上がる。
「やめてくれ。君にやられては、僕も無事ではいられない。この場は外れることにするよ」
櫂が大袈裟に首を横に振り、天馬に乗って、空の彼方へと消えた。
「はぁ。まさか櫂が其方を連れてくるとは思わなかったな」
辺りを見回して、櫂がいなくなったことを確認した尚が、私の方を向いて軽いため息をついた。
「ご、ごめんなさい」
尚のため息は、私のこと責めているようで、のこのこと櫂についてきてしまったことを素直に謝る。
「いや。下で嫌な思いをしていたのだろう? そのような時に誘われては、ついていきたくなるのも仕方ない」
尚の眉間に刻まれていたシワは消え、櫂に向けていた冷たい視線も、いくぶん和らいだように見える。
五年ぶりに向き合って見る尚の顔は、やはり作り物のように整っていて、私に向けていた視線が、厳しいものだけでなかったことも思い出させた。
置いていかれたことだけが頭にこびりついていたけど、助けてくれて、話を聞いてくれて。
尚は、優しかったよね。
今度こそ怒らせないように、きちんと話をしよう。
今なら、あの時よりも冷静に、話ができる。
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