第6話 五年後再会した彼は仙人でした 2
突然目の前に現れた男の人は、羽の生えた白馬に乗っていて、まさに白馬の王子様。
艶々の髪の毛と、金糸の刺繍が入った服。それに磨き上げられた靴。その全てが太陽に照らされてきらきら輝いていて、漫画だったら彼の周りにはそんな効果がつけられて描かれるだろう。
天然王子様だ。
さて、そんな彼に『姫』と呼ばれたお姫様は一体どこにいるの?
辺りを見渡しても、そんな素敵な女の人は見る影もない。
こんな村はずれに、いるわけもないか。
「あの……姫はいませんよ? 場所間違ってるみたいです」
「おや、そんなはずはない。
天然王子様が爽やかに微笑むと、私の側まで白馬が舞い降りてきた。
羽の生えた白馬って。
「ペガサス?」
「ペガ? これは天馬さ。あぁ、本当に彼の言った通りだ」
空から何かに乗って目の前に降り立つ。私はこの光景と同じ様なものを五年前に見たはずだ。
襲いくる既視感。
「そっか。これ、尚と一緒なんだ」
「その名前、覚えていてくれたんだね」
私の呟きに、すぐさま王子が反応を返す。
「尚のことですか? 忘れられるわけありませんよ。助けてもらってなんですが、あんなところに置き去りにされて、独りきりで」
「その後の貴女のことを見ていれば、さぞ彼は恨まれているだろうなぁと思ってはいたが、思った以上に大変そうだ」
「尚と、お知り合いですか?」
「んー。どうかな。僕は親友だと思っているが、彼は僕のことを邪魔に思っているだろうね」
尚とはまた違った意味で会話のしづらい相手だ。
さらさらと返ってくる言葉は、まるで劇の台本の様で、感情が行方不明になってるみたい。
「それで、何か御用ですか? そもそも私は姫ではありませんし、尚とは五年前に会ったっきりです」
「そうだったね。君たちの世界では、五年というのがそれなりに長い時間だというのを失念していたよ。もう少し早くに迎えに来るつもりだったのだけど」
君たちの世界?
こことは違うところから来たの?
そもそも何でこの人、飛べるの?
「ただ尚が貴女のことを気にしていたのは間違いないんだ。もし良ければ、尚の元に行ってみない?」
「えっ……」
「多分、貴女相手になら酷いことはしないはず。余計なお世話だって罵倒されてしまうかもしれないけど」
「そんなの……」
嫌だけど。
罵倒されに行くの?
わざわざ?
「あぁ。罵倒されるのは僕だけさ。貴女には、多分被害はないよ。きっと」
罵倒されるって言いながら、きらきらに拍車がかかってる気がするのは何で?
「い、嫌です」
そんな彼の態度を見たら、断るしか選択肢はないじゃない。
「嫌なの?! 何で?」
まさか断られるなんて思ってもみなかったと言わんばかりに、彼の顔に驚きが溢れかえる。
驚くところじゃないでしょ。
尚に会いたいとも思ってないし、この王子も怪しいし。
普通、罵倒されたくなんかないよ。
「別に、会いたくないからです」
「そうなの? でも、今日は家にも居づらいのではなかったかな?」
「何でっ」
「少し、様子を伺っていたからね。覗いてしまって、申し訳ない」
「プライバシーとか、知ってます?」
「プラ? ん? 何のことかな?」
さっきの『ペガサス』とは違う反応に、私が文句を言いたいことは理解しているみたい。
「まぁ、良いです。どうせそんなものあるわけないし。確かに、家には帰りづらいですけど、遅くなると心配かけるので、無理です」
「夕方までに帰ってくるなら、どうかな?」
今朝は二人とも森に入るって言ってた。
それなら、二人が戻ってくるのも夕方遅くだよね。
「僕が責任持って送り返してあげるよ。どう?」
揺れ動いた私の心を知ってるかの様に、王子が推しの一手を出した。
言葉のこととか、助けてくれたお礼とか、尚には聞きたいことも言いたいこともたくさんあって。
ここに夕方までいるのも、正直きついものがある。
「本当に、夕方までに帰ってこれますか?」
「もちろん。僕は基本的にいい加減だけど、嘘はつかないよ」
王子が見せた笑顔は嘘くさくて、詐欺師みたいに見えるけど。
二人の側で、どんな顔していればいいかもわかんないし。
何かあったら、それでもいいかな。
「そしたら、行ってみます」
王子のことは全然信用できないけど、投げやりな気持ちもあって、尚に会いに行くことにした。
「了解。そしたら、ここに乗って」
王子が手で指し示したのは、天馬の背中。普通の馬にも乗ったことのない私が、空を飛ぶ馬に乗るの?
「大丈夫。僕が後ろから支えてあげる」
胡散臭い笑顔を煌めかせながら、王子が私の体を抱き上げた。
そしてそのまま、王子の膝の間に座らせられて、天馬はふわっと空へと舞い上がった。
空中を駆ける天馬は揺れもなく、快適そのもの。
一駆けすれば、村が見えなくなる。
「どこまで行くんですか?」
「尚の、島だね」
「それって、どこですか?」
「黄尭の果て。
「針峰山って……」
「聞いたことあるかな?」
針峰山の頂上は一年中雲に覆われていて、その中には昔から仙人が住む島が浮かんでるって、ばばさまが繰り返し話してた。
てっきり昔話の言い伝えだって、誰も信じちゃいなかったけど。
「まさか、仙人?」
「知ってくれてるんだ。嬉しいね」
「知ってるっていうか、聞いたことがあるってだけです」
「それで十分だよ。僕たちの存在は忘れられつつあるからね。あんまり干渉しないように暮らしていたら、こんなざまさ」
「そしたら、尚も仙人ってことですか?」
「あぁ。その通り。さぁ、もう着くよ」
王子の声を合図に、目の前に広がる巨大な雲に向かって、天馬が一気に飛び込んだ。
目の前を覆った煙の様なものが消えゆけば、目の前に見えるのは空に浮かぶ巨大な島。
その島を横目に、更に奥へと飛んで行けば、さっきの島の半分にも満たないような小島が、雲に隠れる様に浮かんでいた。
「さっきの島は?」
「さっきのが仙人達の住む島。だけど、僕たちが向かうのはあの島さ」
小島に降り立つ前に、天馬はその体を小島の上で一周させ、私の目の前に降り立った時の様に、静かに足を地面に降ろした。
「ここが尚の住む島。ようこそ。姫」
天馬から降り立った私の目の前で、大切な客人を招くかのように、王子が恭しく頭を下げる。
「だから、姫じゃありませんって」
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