第3話 十歳の男の子に拾われました 2

 彼の笑顔を直視するのはどうしても照れくさくて、俯いた私の顔を彼が覗きこんできた。

 イケメンの、どアップ。

 その破壊力抜群の顔を、不用意に近づけないでもらいたい。


 どんどん火照っていく私の顔色を見ながら、彼の眉毛がハの字を描く。

 心配かけさせてる!


「はるか、ダイジョウブ? タイチョウワルイ?」


「えっと……あの……」


 もう! 言葉が通じないって何て不便なの!


「オイ、リョク。ソロソロイクゾ」


 私達がまごまごしている間に、父親だと思う髭面の男の人は荷馬車の方へと足を向けていて、男の子に向かって声をかけた。


「トウサン、マッテヨ。はるかヲコノママオイテイケナイヨ」


 彼の言葉の中に、自分の名前が混じったのは聞き取れた。間違いなく、私のことを話してる。


「マサカ、ツレテイクキカ」


「ダッテ、はるかハコンナニチイサインダヨ。オイテイッタラ、シンジャウヨ」


「ソウハイッテモ、ニンゲンダゾ。イツモヒロッテクルドウブツトハチガウンダ」


「ソウダヨ! ニンゲンダカラ。ミステラレナイ」


 自分のことを話してるのに、その内容が言葉のせいでさっぱりわかんない。

 もやもやするような、イライラするような。やるせない思いに、ついため息を吐いて空を見上げた。


 尚もきっとこんな気持ちだったよね。

 私の話す単語はどれも意味がわかんなくて、呆れて、イラついて。

 助けてくれたのに、悪いことしちゃった。

 そりゃ、置いていかれても仕方ないよ。


「はるか。ドウスル? ボクタチトイッショニ、クル?」


 荷馬車に戻ろうとする父親の方に片足を向けたまま、彼が私に向かって手を差し出した。

 握手? 何で?


「リョク、イクゾ」


「ワカッテルッテ!」


 父親に向かって何かを叫びながら、それでも彼は私に笑顔を向ける。

 差し出されたその手は、私が手を掴むことを待っている様で。


「ネ。イッショニイコウ」


 彼の手が、もう一度より遠くに差し出す様に揺れる。

 そしてその手を、すがる様に握りしめた。


 荷馬車に向かって歩いていくほんの少しの距離でも、男の子がたくさん話かけてくれるのがわかる。

 その中で、なんとか理解できたのは、彼の名前が『りょく』ということだけ。


 言葉の通じない不便さに、こんなに悩まされるなんて思ってもなかった。

 現代なら、通訳アプリが活躍してて、たどたどしくたって最低限の会話ができる。

 そんなに苦手じゃなかった英語を使えば、海外旅行だってわりと平気だったし。

 自分の名前を伝えるのすらこんなに苦労する場所で、これからどうしよう。

 

 りょくに付いていくって決めたけど、その決断が本当に正しいのかすらわかんない。

 独りぼっちでいることに耐えられなくて、偶然出会っただけの人に未来を掛けているような、そんな状態がいいわけない。

 それでも、あの草原を自力で抜けられる自信もなくて。

 りょくの手を取った。

 

 だって、仕方ないじゃん。

 何とかしてこの草原を抜けなきゃ。

 そこまで生きていられたら、またその時考えるよ。

 

 そんな風に、自分の決断に言い訳ばかり並べ立てる。

 それにね、どうせ死んじゃうなら、独りぼっちよりもイケメンの顔を見ていられればいいななんて。

 うん。まずは一分でも一秒でも長く生きられることを、かけらみたいな可能性に掛けよう。

 一つ一つを乗り越えたら、きっと何とかなるよ。ケセラセラだ。


 大好きな言葉を心に刻み込んで、ぐっと目の前の荷馬車を睨み付けた。

 この荷馬車に乗ることが吉と出るか凶と出るか。

 そんなことは未来の私に任せよう。

 今の私は、今の私ができる最善の道を進んで行くしかない。



 荷台での私の席は、りょくの隣。

 ガタガタと揺れる体をなんとか抑えつけて、座ってるだけでせいいっぱい。

 身体中がいろんな所にぶつかって、痛みで顔をしかめる私に、りょくが身振り手振りを交えて何とか話をしようとしてくれた。


 りょくと髭面の男の人は予想通り親子で、どうやら家に帰る途中だったらしい。

 他にもたくさん話しかけてくれたけど、やっぱり聞き取ることはできなくて。もちろん言葉も通じなくて。


 何で尚の言葉はわかったんだろう。

 尚の言葉は日本語だったし、私だって何も考えずに話をしてた。

 スマホなんかに頼ろうとする前に、もっとちゃんと話をすればよかった。

 そしたら、もっと色々教えてもらえたかもしれないのに。

 この世界の言葉を話すこともできない。上空から突然落ちてきた不審者の私の言葉を、ちゃんと聞いてくれた。

 もっと問い詰めたいことはあっただろうに。


 「はるか。モウスグツクヨ」


 考え込んでた私とは裏腹に、荷馬車は淡々と目的地までの道のりを進んでいたらしい。

 顔を上げて周りを見渡せば、少し先に家らしきものが見える。

 やっと見つけた、人が生活する空気に、心の底からホッとした。それと同時に、りょく達親子に対して申し訳なさを感じる。

 付いて行っても大丈夫か、ずっと疑ってた。

 本気で私に害を加える気なら、もっと人気のない所でやってるよね。

 ここまで連れてきてくれたってことは、その気は少ないはず。


 疑って、ごめんね。


 安心したところで、改めて自分の体を見渡す。

 どう考えたって、小さくなった手、ひょろっとした足。りょくのことを見上げる目線は、身長の低さを明確にしてる。

 やっぱり私、小さくなってるよね。

 それなのに、体のサイズに合った服。それも、元から着てたものよりも、全体的に簡素になってる気がする。

 どこでこうなったっけ。

 

 私、飛行機に乗ってて、日本に帰る途中だった。気がついたら空から落ちてて。それで尚に助けられて……って私、もしかして、転移とか? 転生とか? 今流行りの小説みたいな……それ?

 まさか、私、死んでたりしないよね?

 飛行機に乗ったのは覚えてるけど、事故とかにあったりしてないよね?

 大丈夫……だよね?

 

 あれ? でも、転移って姿形そのまま異世界に飛んでくるんだっけ?

 転生は? 当然異世界へ生まれ変わる。

 そしたら、体が小さくなった今の私の状態って何?


 考えれば考えるほど頭が痛い。

 わかんないことだらけのこの場所で、自分のことすらわかんないなんて。


 もう駄目だ。考えたって無駄だ。私じゃあどうせわかんない。

 それよりも何よりも、とにかくここで生き抜くしかないよ。

 りょく達に見捨てられない様に、何とかやっていこう。

 まずはそれが最善!

 

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