第4話 十歳の男の子に拾われました 3

「はるかー。もうすぐだけど、準備できてる?」


 相変わらずのイケメン具合に、益々磨きがかかったりょくが、仕立てたばかりの民族服に袖を通して、私に呼びかけた。


「もちろん! 緑の成人の儀、見逃すわけにいかないもん」


「僕のってわけじゃないよ。みんな一緒に聖廟に呼ばれるんだし」


「そんなことわかってるよ。でも、この日のためにたくさん準備したんだよ。緑のって勝手に思うぐらい良いでしょ」


「はるかは本当にたくさんやってくれたからなぁ。それこそ寝る間も惜しんで。緑、感謝しろよ」


 拗ねたように唇を尖らせた私の頭を、ぽんぽんと軽く叩きながら、誠弦せいげん父さんが後ろから口を挟む。

 これが五年前から続く私の日常。


 五年前のあの日、多分飛行機事故に遭った私は、そのまま別の世界に転移してきちゃったんだと思う。

 そして、その時に何かの原因で体が小さくなった。

 この五年間、緑と父さんと一緒に暮らしながら、なんとなく腑に落ちた予想。

 元の世界に戻る方法なんてわかんないし、そもそも事故で死んじゃってる可能性のが高いし、何で体が小さくなったのかもわかんない。

 理解できないことばっかりが積み上がったこの世界で、何とか一日一日を暮らしてきた。


 もしかしたら、なんて疑ってた二人は、驚くぐらいの良い人で、そのうち悪人に騙されちゃうんじゃないかって心配になる。

 正体不明の私のこと、五年も面倒みてくれるなんて、絶対普通じゃない。

 おかげでこの世界の常識とか、言葉とか、そういうものは頭に入ったけど。

 別の心配が付き纏ってる。


「そうだね。僕がこんなに素敵な衣装を着られるのは、はるかのおかげだ」


「本来ならきちんと仕立てるべきなのになぁ。結局はるかに全部縫ってもらって……」


「昔はみんな家で縫ってたって、村のばばさまも言ってたよ。だから、それを真似しただけ」


「だけど、まだこんなに小さい体で、緑の衣装を縫うなんてなぁ」


 感慨深げに呟きながら、父さんが私のことを抱き上げた。

 五年前よりもずっと遠くなった緑の顔の前を通り過ぎ、父さんの目線と同じところから緑を見る。

 父さんの目線からじゃあ、まだまだ緑のつむじが見えそうで、首が痛くなるぐらいに見上げなきゃいけなくなった緑の身長も、父さんに比べれば半人前だ。

 背を測るためにつけてた柱の、緑の傷はどんどん上になっていったのに、父さんに追いつくにはまだかかりそう。

 私なんか、後何十年かかっても無理。


 だって、私の傷は五年間ほぼ同じ位置につけられてる。

 五年間で、成長したのは緑だけ。

 同じように時を刻んでいるはずなのに、その時間が成長に繋がってるのは、緑だけなんだ。


「こんなに小さいって言っても、はるかももう十歳になるんだろ? 何でも一人前にできるようになっていくよな」


 今度は緑が私の頭を撫でながら、笑顔を見せる。

 相変わらずの破壊力だ。


「そうだよ! 次はもっと立派なの作るからね」


 この家に来て、五歳ぐらいの体つきだった私ができたのは、わずかな家事。

 畑を耕したり、狩りに行ったり、そんな生活の手段には何の役にも立たなくて、見捨てられないようにって、男二人で不便を感じてた家のことに率先して手を出した。

 それでも二人はありがたがってくれて、何とか今日まで捨てられずにいられてる。


「次は、はるかの成人の儀だもんね」


「女の子だし、どこの家も何年も前から華やかな衣装を用意するんだろうなぁ」


 父さんが顔をしかめながら、ぼそっともらした。

 女の子達の衣装は、どれも男の子のものよりも華麗で煌びやかで。

 お金も時間もかかってるのが一目瞭然。

 正直、この家にそれを用意する余裕がないことぐらい私にだってわかる。

 緑の衣装すら、生地を用意するのに精一杯で、仕立てに出せなかった。

 私のなんか、到底無理だ。


 それでも、父さんが毎月わずかな生活費の中から、一生懸命貯めてるのを知ってる。

 それが、草原で拾った、どこの誰かもわかんない私のためだってことも。

 毎日の食事をギリギリに切り詰めて、休みなく働いて。

 本当は、そんなこと止めてって叫び出したい。家の隅に置かれた壺の中に貯まったお金で、美味しいもの食べればいいよって、そう言いたい。

 それでも、貯まっていくお金を見ながら、嬉しそうにする父さんを見ると、そう言い出すこともできない。

 私にできることは、この体でできるだけの家事をするだけ。

 たった、それだけなんだ。


「私のも、また私が縫うよ。あと五年もすれば、もっと腕も上がるし」


 何も知らないフリ、何も気付いてないフリをして、腕に力こぶを作ってみせた。

 痩せた腕のどこにも、盛り上がる部分はできなかったけど、私の様子を見ながら二人が笑ってくれる。

 これがこの世界で見つけた私の幸せ。

 ほんの小さな幸せで、吹き消したらすぐにでも消えてしまいそうだけど、それでも、かけがえのない日常。

 壊さない様に、壊されない様に、脆いガラス細工の様な暮らしを守ってきた。

 これからもずっと、守っていく。

 私の人生が、もう一度終わるまで。


 もし飛行機事故に遭ったんだとしたら、私の人生はそこで終わってた。

 あの草原で緑達に見つけてもらえなかったら、やっぱり終わってただろう。

 この世界に来た理由も、何をすれば良いかもわかんない。

 小説に出てくる様な神様だって出てこない。

 だったら、次の終わりが来るまで、この二人のために過ごしてみよう。

 私の思うままに、過ごしていよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る