第2話 十歳の男の子に拾われました 1
尚に置いていかれて、回りを見渡しても、目に入るのは果てのない草原。
どっちに行けばいいのかもわからない。
私はあてもなくトボトボと歩き始めた。
せめて、街ぐらいあってくれればいいのに。
少しでも方角がわかればと、一応お日様を見る。沈んでいく方が西。もちろん西に向かって歩いていくことが正解なのか間違っているのかもわからない。
でも、お日様に向かって歩けば、少しは長い間明るいかもしれないよね。
あれ? この世界でもお日様って東から昇って西へ沈むのかな。
どちらにしても、お日様向かって歩くと決めた。これで行き倒れたら、私を見捨てた尚のせいだ!!
お日様に向かって歩き出すも、さっきから全然進まない気がする。
何で? 私、前に進んでるよね?
思わず足下に目を向ける。
あれ? 私の足ってこんなに小さかった?
嫌な予感がして、目の前で手を広げる。
え? 小さくない?
記憶の中にあったはずの私の体とは大きく違っていた。
なんで? 私、縮んじゃってる!
確かに元々背は低かったけど、これは完全に子供の体だ。
いつの間に? 尚と話してた時はどうだったっけ?
一人きりで黙々と歩いていると、どんどん涙が溢れてきた。
私、なんでこんなところを一人で歩かなきゃいけないの。どうしてこんなことになっちゃったの? どこまで、いつまで歩けば良いの?
「もう、やだぁ。なんで、こんなことになったのぉ」
体が小さくなった理由を考えても、まるでわかるわけもなく、諦めて先を進もうと歩き始めた。
立ち止まったってどうしようもない。
歩いていけば、何か見えるはずだよ。
うん……きっと。
気を取り直して小さい足で一歩ずつ進んで行くけど、草原しか見えないこの場所を歩いていくうちに襲いかかってくるのは、どうしようもない絶望感。
もう、街とか贅沢言わない。村は? 家は? せめて、人に会いたい!
「誰か、いないのぉ?」
そう私が呟いた時、後ろの方から音が聞こえた。何かが揺れる様な聞いたこともない音に、何の音かわからず、恐る恐る後ろを振り返った。
馬車だ! と言っても、お伽話に出てくる様な豪華なやつじゃなくて、いわゆる荷馬車。それが私の後ろを通って行くのが見えた。
のどかな田舎道を通っていそうな馬車。
有名な歌とは違って、荷台に乗っているのは仔牛じゃなくて、人間の子供だったけど。馬車が通っていくのを見ていると、荷台に乗っている男の子と目が合った。
待って! 助けて!! そう叫びたいのに、さっきまで泣いていたせいか、うまく声が出ない。やっと見かけた人を見過ごしちゃう!
「トウサン! トメテ!」
荷台に乗っていた男の子が馬の手綱を握っていた男の人に向かって何かを叫ぶ。その声を聞いて、馬車が停まった。
「ドウシタ?」
「オンナノコガ、アルイテルヨ」
馬車に乗ってる二人の間で会話が交わされる。
ただ、流れ聞こえてくる言葉は、どれ一つとして理解できなくて。
何で? 何を話してるのかわかんない。
さっき、尚と話したときは、理解できたよね。私の言ってることも通じたし。
尚と繰り広げた会話を思い出しても、どこも変なところはなかった。
それなのに、何で今はわかんないの?
私が不審な顔をしていると、馬の手綱を引いていた男の人が馬車から降りてこちらへ近づいてきた。目の前に立たれるとかなり大柄な人。
怖い。ボザボサの髪の毛や伸びきった髭が余計に怖さを引き立てる。
「コンナトコロデドウシタンダ?」
どうしよう。やっぱり、わかんないよ。
「ナニヲヤッテイルンダ?」
何を言ってるかわからずに、混乱してる私に、その男の人が更に何かを言ってる。
何語? 日本語じゃない。でも、英語でもないよね。
「シャベレナイノカ?」
何も答えない私を見て、男の人の口調に苛立ちが混ざっているのがわかる。
嫌だ。怖いよ。
その後も男の人が私に向かって色々話しかけてくれる。だけど、やっぱり何を言ってるかわからなくて、しかも声は太くて低い男の声で、腕は筋肉がしっかりついていて、おまけに顔は髭がたっぷり。
現代日本ではあまり見かけないタイプの男の人に、街中の平凡な大学生だった私が見慣れてるわけもなく、とにかく怖い。
「あの……私……」
何とか口を開くけど、何を答えれば良いんだろう。何を聞かれてるかもわかんない。それに、私の言葉だって、通じないよね。
「ナニヲイッテル? コトバガツウジナイノカ?」
こんな草原にたった一人。着の身着のままの私は、どうしたって怪しいよね。
髭面の男の人の眉間には、どんどん深くシワが刻まれていって。
絶対、怪しまれてる。
でも、せっかくのこのチャンスを逃すわけにもいかない。また置いてきぼりにされて、独りぼっちになるなんてまっぴらだ。
どうやってでも、この人たちにしがみついていかなきゃ。
「トウサン、コワガラシテルヨ」
ぐっと唇を噛み締めて、男の人を目を見つめ直したその時、その後ろから男の子の声が聞こえた。
荷台から降りてきた彼は、私より少し身長が高くて、クリッとした目元が可愛い男の子。
髭面の男の人と同じ吸い込まれそうな深い緑色の瞳と、紺色の髪の毛がアニメの登場人物のようで、そんな彼が人懐っこい笑顔を、怪しさ抜群の私に振りまきながら、こっちに近づいてくる。
可愛い男の子と目の前の髭面男性は親子だろうか。瞳の色以外の共通点を探そうと顔を見比べてる私の目の前に、すいっと手が差し出された。
「ボクハリョク。ナマエナンテイウノ?」
身長の低い私と目線を合わせる様に、男の子は少しかがみ込んでくれる。
何て言ってるかわからない。
でも、これはさ。きっとね。
「わ、私遥香!」
初対面で、手を差し出しながら、言うことなんて名前でしょ。
言葉が通じない彼にも聞き取ってもらえる様に、せいいっぱい大声で、自分の名前を叫んだ。
「ワタシハルカ?」
ん? 今、はるかって聞こえた。何か変な言葉が引っ付いていた気がするけど、間違いなく『遥香』って言ったよね?
「そう……遥香! はるか!」
「ハル……カ?」
彼が繰り返す自分の名前に向けて、首が折れちゃうんじゃないかってぐらいの勢いで頷いた。
「ハルカ! ハルカ!」
彼が嬉しそうに何度も繰り返してくれることに、私まで嬉しくなって、心細さが一気に拭い去られて、目尻から涙が出て零れ落ちる。
全然知らない場所にたった独り。
そんな時に、見知らぬ男の子に向けられた笑顔に、心の底からほっとした。
「はるかナイテルノ? ドコカイタイ?」
泣いてる私を見て、男の子が心配そうな顔を向けてくる。
そうだよね。せっかく声をかけた相手が、突然泣きだしたりしたら、心配にもなるし、近づかないようにしようって、避けたくなっちゃうよね。
でも、どうしよう。涙が止まんない。
必死に目元を拭って、泣くのを止めようとすればするほど、目尻から伝い落ちる涙が止まらなくて。
やっと出会えたこの人たちを逃すわけにいかないのに。感情が言うことを聞いてくれない。
「コワガラセテゴメンネ。トウサン、アレデモコワクナイカラ」
泣きやまない私の頭を撫でるように、男の子の手が頭に触れる。仔猫を撫でるようなその手は、くすぐったいぐらい優しくて、心の中からじんわりと広がっていく温かなものに涙が拭われていく。
「もう、大丈夫」
何とか笑顔を作って、男の子に笑いかければ、彼の手がぴたりと止まり、彼の顔にも笑顔が浮かぶ。
一目見たときから、可愛い顔だと思った。
その彼の笑い顔は、一気に私の心を鷲掴みにする。破壊力、抜群だ。
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