私が仙人になったって本当ですか?!ー飛行機事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思いますー
光城 朱純
第1話 見知らぬ土地に落っこちた
「いやあぁあ!」
落ちる! 落ちる!! 落ちる!!!
誰か助けて! 何で、声、出ないし!
落ちてるから?! 空気抵抗とか?! そんなあ!
「おぉっと!」
上空でジタバタと手足を動かしながら地上へ真っ逆さまに落ちていた私の周りを、プニプニした、まるでスライムを触った時の様な抵抗感を感じた直後、分厚い空気の層が包み込んだ。
途端に体が落下するスピードが弱まる。
何、これ? ふわふわしてて、気持ち良い。
さっきまでの落下速度に比べて、まるで木の葉が舞う様な速度に変わった。ふわふわと地上に向かっていく速度は、ほんの少しだけ気持ちが良い。
あんなに落ちることに抵抗していたはずなのに、自分でも現金なものだと思う。
ふわふわ浮いてる風船みたいなものの中で、あちこちに視線を動かす。周りの景色は見たことのないものばかりで、自分の記憶にない景色に愕然とする。
ここ、どこ?
ふと、視線が目の前の誰かと合う。
誰? っていうか、空飛んでる?!
その誰かはまるでバランスボールのような丸いボールの上に器用に座っていた。
転がらないのかなぁ。私バランスボール苦手なんだよね。
ふわふわ浮いていた体が地面に近くなった途端、自分の体を包み込んでいた風船がなくなり、一気に地面に引きつけられた。
「いったあ!」
風船の中を呑気にゴロゴロ転がっていた私は、身長ぐらいの高さから落下した。
「痛いのか。それはすまない」
さっきバランスボールで浮いていた男の人が私の前に降りてきた。
何やら手を口元に当てて、何かを呟いた様にも見えたけど、それどころじゃない。
「痛いよお! なんで風船やめちゃうの?!」
地面に強打した背中をさすりながら、目の前に現れた男の人に向かって文句を言う。
「フウセン?」
「そうよ! 私を浮かせてくれていた空気のかたまり? のこと!」
「あぁ。あの中であまりにも楽しそうに周りを見ていたのでな、もしかしたら自ら地面に落ちていったのかと……」
「そんなことあるわけないでしょ?!」
「うむ。もちろん、私ならやるまい。しかし、他人ならばそれをやる者も居るかもしれぬ」
「そんなばかな」
「そうか? 他人のことはわからぬ。この世界には一人ぐらい、自らの意思で地面に落下していこうと思う者が居るかもしれぬ。それをあるわけないと決めつけてはいけない」
「は、はぁ」
私の目の前の彼は、無茶苦茶な言葉を、さも当然のことのように言い放った。
「その一人が其方でないとどうして言い切れる? そもそも、其方は私の目の前に雲一つない空から突然降ってきた。其方の存在は既に私の理解の範疇を超えている」
「空?」
理屈っぽく私に語って聞かせてくれる彼の言葉に、思わず空を見上げる。その言葉通り、たしかに雲一つない。
「私、あそこから降ってきたの?」
「そう話したであろう? 私の知る限りでは突然出てきた様に思う。ただ、私も空ばかり見上げて飛んでいるわけはないのでな。確実とは言い難い」
「突然、出てきた?」
私はついガサガサと体中を触る。スマホは? スマホで調べれば良いじゃない。
「どうした? 何を探しておるのだ?」
「スマホ」
「すまほ? とは何だ?」
「スマホ知らないの?」
「知らぬ」
「こう、小さい四角い機械。何でも調べることができるの」
「そんなもの、見たことないぞ」
「えぇ?! スマホないの?!」
私は多分、いや間違いなくスマホ依存症だ。現代人は皆多かれ少なかれスマホ依存症だと思うから、自分が特別変わっているとは思ってない。
だけど、人よりも少しだけスマホで検索してる時間が長いかな? とは思ってるんだ。
自覚ありの検索魔だ。
「すまほ、が何かはよく理解ができないが、落ちてきたのは其方だけだ」
「そうだ! 私飛行機に乗っていたの! だから、スマホはバッグの中だ」
思い出したスマホのありかに、絶望感が心を覆う。
「ひこうき? 今度は何だ?」
「飛行機も知らないの?」
「知らぬ。其方の口から出る言葉はどれも聞いたことのないものばかりだ」
理屈っぽい彼が、私のことを見て呆れてるような、苛立っている様な顔を向ける。わからないことばかり話されれば、そうなるよね。
「飛行機は空を飛べる機械のこと。貴方みたいに個人で空が飛べるならきっと必要ないね」
「其方は飛べぬのか?」
「人間だもの。飛べるわけないでしょ」
「私も種別としては人間なのだが。まぁ其方とはきっと色々違うな」
「そうかもしれないね」
ふむ。と理屈っぽい彼が腕を組んで空を仰ぐ。
何か考えることがあるのかな?
それにしても、綺麗な顔立ち。艶のある黒髪に、すっと通った鼻筋。キリッと切長の眼は少し冷たい印象だけど。
空を仰ぐその横顔はまるで作り物のようだ。
きっとモテるだろうなぁ。
「ねぇ、ところでここ、どこ?」
「ここ? ってここか? 其方そのようなことも知らずに空から落ちていたのか?」
「はい。すいません」
「ふぅ。ここは黄尭だ」
「こうきょう?」
「あぁ。今其方が座り込んでいる土地も黄尭の領地だ」
「黄尭っていうのは、国の名前?」
「其方は変わった言葉を使うからな。私が言う『国』と其方が考える『国』が同一のものかどうかはわからぬが、『国』であることには違いはない」
「う、うん」
もう! 一つ一つの言葉が回りくどいよ。丁寧に説明をしてくれているみたいだけど、もう少しあっさり喋ってくれたらいいのに。
「貴方は誰?」
「ん? 名前を聞いているのか?」
あれ? 今空気が変わった。名前を聞くのはまずかったかな。
それまで親切に教えてくれていたのに、名前を聞いた途端にピリッとした空気が走る。
「えぇ」
「私に名前を聞く前に、自ら名乗るべきであろう?」
「そ、それもそうだね。私は
「アイ?」
「覚えづらい? そんなに変わった名前でもないんだけど」
「言いづらい。それは本名か?」
「そうだよ。どうして?」
「それほど簡単に本名を名乗るとは……」
「え? ダメなの?」
「ダメではない。だが、私の周りでは誰もやらぬだけだ」
「どうして?」
「どうって……名前を覚えられるではないか」
「良いじゃない」
「はぁぁああ」
何、この嫌なため息。名前聞くだけなのに、何でこんなやり取りしなきゃいけないの?
「其方の考えは私の考えとは大幅な乖離があるようだ。私は
「尚? それだけ?」
「それだけで構わぬ。誰もが皆、私のことは尚と呼ぶ。其方に教えるべきもそれだけで良いであろう」
尚だけって。苗字? 名前? そもそもそういう区別のある世界なのかな? それに、何で名前覚えられちゃいけないの?
うーん。こういう時こそスマホが欲しいよぉ。
「もう良いな。そろそろ私は散歩に戻る。其方も自分の行くべきところへ行くが良い」
私が頭を悩ませてるうちに、尚の中では全てが終わってしまった様だ。さっきまで乗っていたバランスボールをどこからか取り出し、また器用に座る。
尚が座った途端にフワッとバランスボールが浮かび上がった。
えぇ?! そんな風に浮かぶの?
って違う違う! 置いていかれちゃう!
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて、バランスボールにしがみつこうとした。だが、ほんの少し腕の長さが足りなかったみたい。私の手がバランスボールに触る前に空を切る。
それを知ってか知らずか、尚はあっさり飛び立って行ってしまった。先程の様に散歩といえる速さじゃない。ツバメが飛んでいくかの様にサーっと飛んで行ったのだ。
「本当に置いていかれた。こんなところに。行くべきところって、どこよぉ!」
尚の最後のセリフが頭の中に響き渡る。空から突然落ちてきた私がこの世界で行くべきところって、どこにあるの?!
方角も、地図も、自分の居場所すら、スマホがなければわからない。
あの箱に頼りきって生きてきた私に、この世界はハードルが高すぎる。
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