第32話 櫂を取り巻く疑惑 3
「ここに、尚がいるんですか?」
櫂に連れて行かれたのは、小高い山の側面。岩や石ばかりがごろごろと落ちている場所だ。
そこにある大岩の陰に隠れるように、天馬から降り立った。
「あぁ。確かな筋からの情報だからね。間違いないよ」
さらっと当たり前のことのように櫂は話してくれるけど、確かな筋って? そんな人からどうやってこの場所を聞き出したの?
いや、こんなこと考えてちゃダメだよね。
櫂のこと、信じるって決めたじゃない。
「はる? どうかした?」
頭の中にこびりつく疑問を追い払うように頭を振れば、その原因に顔を覗かれた。
「ううん。何でもないです」
誰のせいよ。
私がこんなこと考えてるって、櫂のことだから気がついてるだろうに。
しれっと王子顔を貼り付けてる櫂に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「それなら良いんだ。尚はあの洞窟の中さ。見張りは手前にいる木偶と、中にも何体かいるって話だ」
仙人島は尚の島を大きくしたみたいに作りが似ていて、尚の家があったのと同じような場所に、その洞窟は位置している。
これじゃあ、尚の家が牢屋みたいじゃない。
「仙人は、いないんですか?」
「うん。予想通りね。何の罪もない尚のことを捕えるなんて、大々的にはできやしないよ」
「そうですよね」
尚は、何も悪いことしてないもの。
勝手に怖がって、勝手に捕まえて。いい迷惑だ。
「はるの力でも、木偶の一つや二つ、倒せると思うよ。的に当てた時よりも強く、相手に当てられるかい?」
練習よりも強く?
できなくても、やるしかない。
せめてお荷物にならないように。
「何とかなると思います」
「良い返事だ。心強いよ」
ポンと櫂の手が頭に当たる。
わざとらしいくらいのボディタッチの度に、不安を減らしてもらっているような、勇気を与えてもらっているような気がする。
櫂のことを不安に思うのは、今じゃない。
「私、頑張ります」
「うん。僕も頑張るね」
こんな場所に、たった二人で乗り込む。どう考えても無謀としかいえない状況でも、この笑顔が何とかしてくれそうで。
大きく息を吐いて、笑顔を作る。
「さ、行こう」
櫂の合図で、洞窟の入り口に向かって一気に走り出す。
入り口にいる木偶は一体。それに向かって、溜め込んだ力を使って、思いっきり水玉をぶつけた。
「よくやった!」
私が放った一撃は、油断してた相手の頭に直撃して、そのまま倒れていくのが見える。
まるで人が倒れていくような姿に、心がざわついたけど、木偶はそのまま霧がはれるように消えた。
「消えた……」
「あぁ。木偶は作られた人形だからね。倒されれば消えていく。さぁ、急がないと。木偶が倒されれば仙帝にはそれが察知できる。向こうが仕掛けてくる前に、尚を連れて逃げるよ」
「はい!」
再び手のひらに力を集めつつ、洞窟の奥へと進んで行く。慎重に、それでいて急いで。
洞窟の中は一本道。入り口が塞がれてしまえば逃げ道もない。
勝手気ままに行動することができないはずの仙帝がこちらに来る前に、逃げ出さないと。
想像以上に長い洞窟の中。
私が一体倒す間に、櫂が目にも止まらぬ速さで次から次へと斬り捨てていく。
木偶相手に、負けることなんてないだろう。
「何体も倒してくれて、はるがいてくれてありがたいよ」
呼吸を整えてる間に、こんなフォローをいれてしまえるぐらい、櫂には余裕がある。
櫂が木偶を斬りつける度に、剣から発せられる青白い光の粒が洞窟中に広がって、こんな時なのにあまりの美しさに見惚れてしまいそう。
光の粒がぼんやり道を照らしてくれて、それを頼りにどんどん先へと進んでいく。
あまり広くない空間では、木偶の数に圧倒されることもない。一体一体確実に仕留めることに集中する。
無我夢中で進んでいった、青白い光が別の明かりにかき消された洞窟の最奥。蝋燭の明かりに照らされたのは、地面に横たわる尚の姿だ。
「尚!」
次から次へと向かってくる木偶をがむしゃらに倒していたせいで、尚のことを見張っていたはずの木偶まで、気づいたら倒してしまっていたらしい。
周りに誰もいない場所で、尚の体だけがその場にある。
それを見た途端に、周りに注意を払うことも、仙力を集めることも忘れて駆け寄った。
「……」
どこか怪我をしてるようには見えない。
それでも、目を開けずにぐったりしてる尚を見れば、何かよくない目にあったことだけはわかる。
「尚? 尚?」
呼びかけても、肩を叩いても、白い顔のまま目を開けない尚のことが、心配でたまらない。
「はる。尚を乗せてあげて」
尚を連れて帰るときに、乗せるのは私の役目だ。
たった一つの役割すら果たせないままになりそうだった私に、その意識を取り戻してくれたのは、やっぱり櫂で。こうなってしまうことも、想定済みだったのかもって、考えたくもない疑念が湧いては消える。
「櫂さん。この上に尚のことを寝かせて下さい」
今までで一番早く、空飛ぶ絨毯を作り上げられたのは、まさしく火事場の馬鹿力かな。
畳一畳分より少し広いぐらいの絨毯に尚を乗せて、その傍らに私も座る。そしてそのまま、静かに絨毯を浮かせて、木偶の消えた道を戻った。
仙帝が何かを仕掛けてくることはなかったみたいで、出口まで真っ直ぐに、何の妨害も受けずに進む。
洞窟の出口の明かりが徐々に大きくなるのを見ながら、大きく息を吐いた。
「本当によくやったね。このまま尚の島まで、一気に飛んでいけるかい?」
「大丈夫です。それにしても、誰も来ないんですか?」
「あぁ。予想通りね」
櫂の表情はどことなく自慢げで、予想が当たったことに満足してるのか、それ以外の事情があるのか。
櫂に我儘を言ってここまで連れてきてもらって、一緒に尚を助けてもらって。
それなのに、頭の中にこびりついた疑惑をどうしても取り去ることのできない自分が情けなくて。
仙人島から飛び出して、尚の島へと向かいながら、心はどこかに置き去りになってしまったみたい。
「このまま、はるの家で尚のことを匿っていて。あそこなら、癒しの岩もある。頼めるかな」
「櫂さんは、どうするんですか?」
「僕は、もう少し後始末をつけてくる」
尚の島に到着する直前、そう言って仙人島に櫂が戻って行った。
尚を乗せたまま櫂を追いかけるわけにもいかず、一人で帰ってきてしまったけれど。
本当にそれで良かった?
櫂のこと、追いかけなくてよかったかな?
ねぇ、尚。貴方なら、全部わかってる?
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