第31話 櫂を取り巻く疑惑 2
「櫂さん、尚がどこにいるか知っているんですか?」
「ん? 今はわからないよ」
「それで、困りませんか?」
天馬は真っ直ぐに仙人島に向かって飛んでいる。
そもそも尚の居場所がわからなければ、仙人島に行ったところで意味がない。
「それが、僕の持つ秘策さ」
櫂の自信のある顔に、心のなかを漂う不安がほんの少し小さくなる。
一人でも行こうとしていた櫂が、そのための手段を持ってないはずがない。
つくづく、私が一緒に行く意味はないのだと思い知らされる。
だけどね、行くって決めた。何としてでも助けるって。
ボーナスステージのような私の命がどうなったって構わない。
このまま尚に何かあったら、後悔してもしきれないよ。
「仙人島に着いたら、家に案内するね。そこで少し待っててくれるかい?」
「家? 誰のですか?」
「そりゃ、僕のだよ。あまり大きくないし、外れにあるから恥ずかしいんだけどね」
だから、何でそこで煌めく王子オーラ作り出すの?
家に行くの、躊躇しちゃうじゃない。
「そ、そこで待てば良いんですね」
「あぁ。尚の居場所、突き止めてくるから」
「私は、一緒には行けませんか?」
「仙人島は僕の生まれ育った場所だからね。はるには知られたくない過去もそこら中に転がってる。ここは、僕に任せて欲しいかな」
静かだけど、その中に曲げることのできない芯を感じる言い方に、これ以上の我が儘は言えない。
一緒に仙人島に連れてきてもらっただけで充分だと思わなきゃ。
「わかりました。尚の居場所については、櫂さんに任せます。よろしくお願いします」
進行方向を向いたまま、言葉に合わせて頭を下げる。私の後ろにいる櫂の方を見れなくても、ちゃんと伝わってるはずだ。
「安心して、待っていて」
私の後頭部に、何かが触れた気がした。
その何かが一度離れ、もう一度後頭部に触れる。
ポンポンと軽く叩かれ、心の中に広がる安心感。
まだ何も始まってないというのに。
櫂の笑顔と声と優しい言葉が、私のことを包み込む。
「はい……」
心の中で一生懸命小さくしようと握り込んでいた不安は、仙人島が近づくにつれて大きくなってきていて、櫂によってそれが薄められていく。
溢れ出した不安が目元からこぼれ落ちていくのも、きっと気付かれた。
「大丈夫。必ず尚のことを助け出せる」
櫂の力強い言葉が、いつもの柔らかい布のように私の涙を拭う。
口を開ければ震えてしまいそうな声を出さないように、必死で頭を振って頷いて。近づいてくる仙人島を睨みつけた。
「ここが、櫂さんの家ですか?」
お店のあった中心部とも、桃の木の生えた島の端とも違う。中心から桃の木とは反対方向に来た島の端。周りにもぽつぽつと家が見える場所にある一軒家。
「あぁ」
周りとの差もほとんどないような、こう言ってはいけないけど、何の変哲もない家。
その家の前で、天馬から降ろされた。
櫂の顔立ちと声。振りまく王子オーラに、櫂の家もてっきり王子の住む場所のようだなんて、勝手に誤解していた。
「外れにあるし、大きくもないって言ったろう?」
「何も言ってませんよ」
「はるが尚に作ってもらった家の方がよっぽど豪華だからね。がっかりさせてごめんよ」
「だから、何も言ってませんって」
緊迫した空気を消し去りたくて、わざと明るく声を出す。きっと櫂も同じ気持ちだ。
いつもより軽い声色に、つい笑ってしまいそうになる。
「それじゃ、行ってこようかな。すぐに帰るから、良い子で待ってるんだよ」
こんな子供扱いも、今日は何となく嫌じゃない。
「行ってらっしゃい」
私の言葉を合図に、天馬が再び飛び上がる。
澄んだ青空を天馬の形が切り取ったかと思えば、瞬く間にその姿が消えた。
「あんなに速く飛べるんだ」
天馬の本来のスピードに呆然としながら出た言葉は、誰かに聞かれることもなく風に乗って消えた。
あれが本当の速度だとしたら、いつもどれだけ手加減して飛んでくれていたのかがわかる。
そして、その速度で飛び立って行った櫂が、本心はどれだけ焦っていたのかも。
「待つしかない」
せめてこれ以上邪魔にならないように。
大人しくしてるしかない。
玄関の扉を開けて、そっと中へ進んで行けば、がらんとした空間が目の前に広がる。
中心に置かれた机と椅子。それ以外に物のない部屋は、まるで人の暮らしが見えない。
尚の家にも生活感がなかったけど、ここはそれ以上だ。
ミニマリストなんてレベルじゃない。
ここに、櫂は住んでいない。
そう断言できるぐらい、何もない。
どの部屋を覗いても、結局何も見つけられず、返って机と椅子だけがある理由を考えてしまう。
自分の家として偽装するには、あまりにもお粗末な出来。
こんな場所を家だと言い張っても、誰も信じやしないだろう。
それじゃあ、何のために?
尚を助け出すための、たった一人の味方。
それを疑いたくなんてない。
尚の島にいない時の櫂のことは、何も知りはしないけど、無闇に疑えないぐらいにお世話になってる。
尚を助け出せさえすれば、こんなことどうだって良いよ。
こんなもの見ないふりして、皆で幸せに暮らそうよ。
きっと、知られたくない過去のためだよね。なんて無理矢理自分に言い聞かせて、ぽつんと置かれた椅子に座る。
机の上に頬杖をついて、ただ時間が過ぎるのを待った。
櫂はきっと、仙人島ではそれなりの立場の人。
そうじゃなきゃ、屋台での態度に説明がつかない。
それなのに、仙帝から敵視されてるはずの尚の近くにいて。その尚の力を受けて仙人になった私に、こんなに親切にしてくれる。
何で? どうして? 何を考えてるの?
櫂を待つ時間が長くなればなる程、考えたくもない疑問が渦を巻いて体全体に広がる。
早く戻ってきて。
尚の居場所がわかれば、尚を連れ戻せさえすれば、こんな疑問どこかに吹き飛んでしまうから。
「はる。尚のこと、迎えに行くよ」
いつもの王子オーラを振りまきながら、櫂が玄関の扉を開けた。
「はい!」
今はただ、櫂を信じてついて行く。
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