第30話 櫂を取り巻く疑惑 1

「櫂さん。私がこれで納得すると、本当に思ってるんですか?」


「いいや。でもこれが尚の意思だから。伝えておかなきゃいけないだろう?」


 これまで散々わたしのことを放っておいて。

 やれることなんてないって思わせておいて。

 こんなことになってから『頼む』って。

 何考えてるの。


「尚がどこにいるか、櫂さんはわかってるんですよね?」


 尚への苛立ちが、私の言葉に棘をつくる。


「多分……仙人島。仙帝のところだろうね」


 尚が勝てなかった相手。私じゃあ歯が立たないことぐらいわかってる。

 だからって、私に危険が及ばないように?

 それで自分が危険な目に遭ってたら意味ないじゃない。


「尚を連れ戻すことはできないんですか?」


「できないことも、ないだろうけど」


 尚がここでじっとしてろって言うなら。

 連れ戻しに行ってやる。

 役に立たないってわかってる。

 だからって『はい、そうですか』なんて納得できるわけないじゃない。

 連れ戻して、口の中にパンケーキ詰め込んでやるんだから。


「私でもできますか?」


「はるが?! それは、ちょっと……」


「難しいんですよね。私が弱いから」


「いや、そういうわけじゃなくてね。はるはまだ仙力を扱う練習中だから。危ないかなって」


 櫂は私のことをかばってこう言ってくれてる。

 わかってるよ。足手まといだって。

 でもさ、じっとしていられないじゃん。


「桃! 桃を食べれば、強くなるんですよね?」


 仙人島に生ってる桃。

 強さを求めて食べるって言ってたよね。

 それを食べれば、私だって強くなれる。


「その代償が記憶をなくすことだとしても?」


 何のために強くなるのかすら忘れちゃうって話だった。

 でも、今回のことは櫂が全部教えてくれるよね?

 櫂のことを忘れても、尚のことは覚えてるんだもん。

 ほら、大丈夫じゃない?


「私の代わりに櫂さんが覚えていてくれればいいじゃないですか。だから、問題無しですよ」


「はる、本気?」


「もちろんです。桃を食べて、強くなって、尚のことを連れ戻しに行きます!」


 握りこぶしを作って力を入れた私とは対照的に、櫂ががっくりと項垂れた。


「やめよう。はるにあんなものを食べさせたなんてわかったら、僕が尚に始末されてしまう」


「どうしてですか? 駄目なんですか?」


「桃は、最終手段にしよう。仙人島には一緒に連れて行くよ。それならどう?」


 やっぱり。櫂は尚を助けに行く気だ。

 こんな風に尚がいなくなること、私と同じぐらいもしかしたらそれ以上に納得してないはず。


「桃を食べずに私が行っても、足を引っ張ることになります」


「ま、まぁね。それはそうなのかもしれないけど。連れて行かないわけにはいかないだろう?」


「その時は何としてでも桃を食べに行きますね」


「そう言うと思ったんだよ」


 これまでより更に深く項垂れた櫂が、何やら文句を呟いていたけど。

 桃の存在も場所も、私に教えたのは自分だよ?

 尚に振り回されるのも、そろそろ我慢の限界なの。

 私のこと、勝手に助けておいて。

 好き勝手に近寄って離れて。

 自分一人が犠牲になれば良いなんて、そんな風に思ったんだとしたら、馬鹿にするにも程がある。

 そっちがその気なら、こっちだって好きにさせてもらうから。



「はる。はるの敷物に尚を乗せられるかな?」


「帰り道の話ですか?」


 出発前、櫂と私はいくつか確認をした。

 木偶だけなら、今の私でも倒すことができるはずだということ。

 見張りに仙人がいた時は櫂が相手をすること。

 何よりも、敵わないと判断した時は無理をせずに撤退すること。


「もしかしたら、尚は座るのすら厳しい状態かもしれない。僕の天馬には乗せられないからね」


「何とか、したいとは思いますけど」


 結局私が作り出した乗り物は絨毯。所謂、空飛ぶ絨毯だ。

 日本で見たアニメの中に出てくる、何の変哲もない絨毯。それがスイっと空を飛ぶ光景は、簡単に想像ができた。


「まずはそれに乗せて仙人島を出よう。仙帝はあれでいて忙しい方だ。そうそう席を離れて追いかけてくることはないだろう」


「そうなんですか?」


「あぁ。そもそも尚を攻撃しているのなんて、仙帝の独断だ。他の者にバレる訳にはいかない。だから、尚のことだって近くにはおいておけないんじゃないかな」


 仙帝と対峙する可能性が低いことに、流石にホッとする。

 できれば強い人となんて会いたくないよね。


「本当に私が行って大丈夫でしょうか」


「何を今更。さっきまで、どうやっても行きますって息を巻いていたくせに」


「それは、そうなんですけど」


 でもさ、流石にちょっと不安になるよ。

 尚を捕まえて行ったような相手。

 そんな奴が居る場所に向かうんだよ?


「大丈夫。はるが居たって問題無いよ。はると一緒に尚を連れ戻す。それぐらいの力、僕にだってあるからね」


「尚を連れて行った相手ですよ?」


「わかってるよ。それでも、今回は必ず助けてあげる。僕は普段仙人島に住んでいるんだ。尚にはない秘策も用意してある」


 秘策……櫂が言うのなら、その策の効果は疑う必要はないだろう。


「それなら、安心ですね」


「おや? 僕のこと、そんなに簡単に信頼して大丈夫?」


 そんな風に意地悪な顔をしたって、櫂が優しいこと、ちゃんとわかってる。

 櫂のことを信頼して、それで何か起きたって、それは私の責任。


 今は何としてでも尚を助けに行く。

 待ってるだけじゃなくて、私も助ける手伝いがしたい。

 その為にも櫂と一緒に行くことが、最善だ。


「信頼してますよ。残ってろって言われた私が、櫂さんと一緒に仙人島に行って何か起これば、尚はきっと櫂さんを責めるだろうなぁって」


「そんな風に考えてたのか」


「ふふん。間違ってないですよね」


 得意気な私の声に被さるように聞こえる櫂のため息。

 こんなくだらないやり取りをしてる最中にでも、あっさり作り上がる天馬。


「僕は尚に嫌われるようなことはしたくないんだけどな」


 天馬に座った櫂の膝の間。もう五歳児の体じゃないのに、相変わらず定位置はここだ。


「本当に、尚が好きなんですね」


「そうだね。でも、はるのことも好きだよ」


 耳元で囁かれる王子声。

 甘い囁きに顔が熱くなる。


「さぁ、出発しよう」


 顔を赤くして俯いた私を放って、櫂が大きく声を上げる。

 途端に天馬が飛び上がった。


 目指すは仙人島。尚の居場所だ。

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