第22話 仙人として知るべきこと 1
「わ! 砂糖まである! 流石ですね!」
櫂に連れて来てもらった仙人島に出店してる屋台。そこに並んでる食材を眺めながら、まるで現代日本の様な品揃えに目を疑った。
砂糖、小麦粉、牛乳。果物だって蜜柑や林檎。下では手に入らなかった食材が所狭しと並んでいて、それを売る側も買う側も道楽なんていう言葉からは想像もできないぐらいの量だった。
「楽しそうで何より」
櫂が目を細めて微笑む顔は、相変わらず王子様で、そんな人と並んで歩けることに、どうしても胸が高鳴る。
このまま心拍数が上がれば、私は間違いなく早死にしちゃう。
「それにしても、これ程の食材があんな風に料理されてしまうのは、ちょっと残念です」
慌てて王子様から目を背けて、食材の屋台の先にある調理済みのものが売ってる屋台に視線を移す。日本でよく見る料理を売る屋台のはずだけど、並んでるものはどれも美味しそうには見えない。
不格好な切り方。焦げ付くぐらいに焼けた食べ物であっただろうもの。
これは、櫂じゃなくても口にしようと思わないかも。
「仙人達がやることなんて、あんなものさ」
櫂が呆れたような声をあげて、その場に並んでた林檎を手に取る。
「はるは、どれが必要なのかな? これ? それともこっち?」
両手に林檎と蜜柑を手にした櫂が、更なる王子オーラを撒き散らしながらこちらを振り返る。
「どちらも今日は必要ないです」
櫂の手から受け取った林檎と蜜柑をそれぞれの箱に戻す。
下に行くのは冬が明けたあとだと話をしてきたし、台所のない家に食材は不要だ。
「おや? そしたらどれ?」
「今日は見に来ただけです。しばらく料理をする予定はありませんし、早く買い過ぎても悪くしちゃいますから」
「どうして?! 何も作らないのかい?」
「今は冬の支度で二人とも忙しいんですよ。私が行っては邪魔になりますし、暖かくなったらって約束してきたんです」
「暖かく……そんなに後か」
「ふふっ。櫂さんは本当に気に入ってくれたんですね。ありがとうございます」
「こっちでも作れないのかい? あんなのを作ってる奴もいるだろう?」
「今の家ではできませんね」
あの家は尚が作り出したものだから、台所が欲しいなら尚に言うしかない。
だけどあんな感想しかくれなかった尚が、料理をすることに賛成してくれるとは思えない。
もう少し気に入ってくれたら、よかったのに。
「そうか。残念だけど、はるができないって言うならそうなんだろうね。仕方ないけど、春の精が舞い踊る頃を待つことにするよ」
「春の精?」
「あぁ。仙人界では、季節はその季節を司る精霊が舞い踊ると変わると言われていてね。まもなく冬の精霊が踊り始めるだろう」
精霊が舞い踊る……日付を数える必要もない。歳を数えることも忘れてしまう仙人だからこその感覚。
その日その日を楽しく、興味引かれるものに夢中になって、食べるものにも困らない。
日本人憧れのスローライフなのかもね。
「そしたら、春の精を待っていてくださいね」
下では、かまどに入れる薪を積み上げ、保存のきく食材を貯めこんで、新芽の芽吹く春を身を縮ませて待ち焦がれるというのに。
ここの食材を持っていければ二人は助かるだろうけど。
あの二人はそれを望まないよね。
自分達のできる生活を、自分達でしていく。そのことにプライドを持ってるから。
変な施しは、二人を傷つける。
本当に困ったときに、助けてあげられる自分でいよう。それまでは、私は私にできることしなくちゃ。
「今日は、このまま仙人島見学にしようか。まだ見てないところも多いだろうし」
前回は、尚の話をしてしまったから。
「櫂さんの家はどの辺りなんですか?」
「僕? このまま家に来るかい?」
友人の家なら、このままお邪魔するところだけど。
煌めく王子オーラを、更にパワーアップさせた櫂の家なんて、行ったら鼻血でも出して倒れそうだよ。
不必要にオーラを撒き散らすのやめてもらいたい。
「良いです。遠慮します」
「そうかぁ。それは残念」
絶対に残念なんて思ってない!
私に家に来て欲しくなかったなら、そう言えばいいのに。
少しずつわかりかけてきたはずの櫂のことは、やっぱり上手く掴めない。
尚のことなんて、尚更だ。
「どこか、おすすめの場所あります?」
がっくり肩を落としそうになりながら、それでも話を続けられた自分が偉いと思う。
「それなら、仙人島で一番人気のある場所に行こうか。癒しの空気を感じられる場所。あの島にあるものがどれだけ貴重なものかわかるはずだよ」
尚の島にある大岩。同じ力を持つ場所は、いつでも取り合いになってしまうって言ってたよね。
「行ってみたいです」
「あれを独占できる僕たちが、どれだけ幸せなのかもね」
王子スマイルにウインクまでつけて、私にアピールしてくれるけど、得意気になるのは櫂じゃなくて尚だよね。
苦笑いを隠せない私を天馬に乗せて、櫂はそれを遥か上空まで浮かび上がらせた。
「櫂さん。こんなに上まで上がらないといけないんですか? それって、どこにあるんですか?」
「こんなに高く上がる必要はないんだけどね。仙人島の全容を見せておこうかなって思って」
仙人島を一望できるぐらい上空まで来れば、辺りを飛び回る仙人達は誰もいなくて。
美しい景色を見ながら、櫂と二人きりにでもなったみたい。
誰がどう見たってイケメンの王子様と二人きりの状況に心が浮つくのは、もちろん私だけで。
しれっとした顔を見せる櫂は、何とも思ってないんだろうな。
「仙人島、綺麗ですね」
「何してくれるかわからない奴らばかりだけどね」
櫂のその言い方は、他の仙人たちに不満があるように感じられる。
尚の味方であれば、あの扱いに納得がいっていないのもわかるけど。
どこで何を聞かれてるかわからない人たち相手に、その言い方は大丈夫なのだろうか。
「櫂さん。あの大きな木はなんですか?」
大きさ以外どことなく尚の島に似ている仙人島を見ていると、尚の島にはないものが目に入る。
それは人々が住む家だったり、一際目立つ大きな館。そして、周りには家も見当たらない場所に、ぽつんと生えた木。
無視できないぐらいの存在感を放つ木に、目が釘付けになる。
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