第21話 やっぱり、二人が大好き 5

「はる。楽しかったかい?」


「うん……待たせて、ごめんなさい」


 天馬に乗っての帰り道、月明かりだけがやけに輝いて見える。

 日本では経験したことがないぐらいの無数の星たちも、この月明かりでは姿を潜めてしまうだろう。


「仙人の時間は贅沢に使えば良い。気にする必要はないよ」


「すいません」


「僕は僕で、良い癒しの時間をもらっていたからね」


「癒し……」


「あぁ。あちらの家の近くにある森の中には、癒しの空気を作り出してくれる木々が幾つもある。それらを渡り歩いて、僕は大満足さ」


 癒しの空気。仙人の力の源。

 下にしかないものだって、言ってたっけ。


「待たせただけじゃなくて、良かったです」


「それにしても、さっきはいい香りが漂っていたねぇ」


「ご飯の匂いですか?」


「きっとね。さぞや美味しいものを食べているんだろうなぁと思っていたんだが」


 この顔は、私がおにぎりにして持って帰って来たことに気づいてるんだろうな。

 もちろん櫂や尚にあげるつもりで持って帰ってきたんだけど、一応尚が先の方が良いのかなって思ってたから、何となく躊躇しちゃう。


「櫂さんも、食べますか? 二人に持って来たんですが、尚も櫂さんも何かを食べてるところを見たことがなかったので、どう言い出そうかと思ってたんです」


 父さんが持たせてくれた包の中には、炊き込みご飯を握ったものが二つ。二人が食べないなら自分で食べれば良い。


「僕たちの為に? 嬉しいね」


「でも、二人とも何も食べませんよね? 美味しくないかもしれない」


「仙人界で売られてるものはね、食べるに値しない。そこら中から珍しい食べ物を持って来て、適当に売ってるだけだ。売る方も食べる方も、ただの道楽。それを食べようなどと、考えもしないさ」


 値しない……そんな風に言われたら。

 考えただけで背筋が凍る。

 口に合わないものは、絶対に口にしないだろう。それどころか、機嫌を損ねさせてしまうかもしれない。


「や、やっぱりやめておきます。私が食べます」


「どうして? せっかく、持って来てくれたんだろう?」


「お口に合わないかもしれないので」


「それは、僕が決めることだ。はるじゃない」


「はい……」


 あぁ。こんなことなら、やらなきゃよかった。

 あの家にあったのは、どう見たってあまりものだ。それでも私たちにとってはご馳走だったし、食べ物を残すことなく食べることは、悪いことじゃない。

 だけど、値しないとか、食べようと思わないとか。毎日必要な食事だったからこそ、そんな風に考えたこともない。

 食事をしないというのは、不幸なことだと思ったりもしたけど、余計なお世話だったな。

 いらないこと、しなきゃ良かった。


「島に戻ったら、ご馳走になってもいいのかな?」


「も、もちろんです。でも、美味しくないかもしれません」


「そんなことないさ。はるが僕たちのために持ってきてくれたものだからね。それを否定するほど悪い奴じゃないよ」


 今夜の櫂は、いつもより少し冷たくて。

 いつもと同じように話をしてるつもりなのに、櫂と触れ合ってる背中から冷えていくよう。

 やっぱり待たせ過ぎたよね。

 次までには自分で会いに行けるようにしよう。   

 これ以上、櫂に迷惑かけずにすむようにしなくちゃ。

 


「はるの料理、楽しみだね」


 櫂がせっかくだからって尚まで呼びつけるから、私の目の前には二人が並んで座っていて、その間の机の上に置かれた不格好なおにぎり。

 味は悪くないはずだけど、冷えきってしまったそれは、どう見たって美味しそうには見えない。

 作りたてなら、香りがよかったんだけど。


「あ、あんまり期待しないでください。お口に合わなかったら、残してもらって良いです」


 これじゃあまるで何かの試験。不合格を言い渡されたら、ここから追い出されちゃうかな。


「ん? 美味しいよ。大丈夫」


 私がぼんやりしているうちに、櫂は颯爽とおにぎりを口に含んで、もごもごと口を動かしていた。


「よかったです」


 櫂の言葉に胸を撫で下ろしながら尚の顔を見れば、尚もまた無言でそれを口にしていた。

 言葉どころか、表情一つ変えない尚が何を考えているかはわからない。

 私の手で握った、大して大きくもないおにぎりはあっという間に姿を消して、尚がそのまま席を立つ。


「どうだった?」


「悪くない」

 

 無言のまま出ていこうとする尚に声をかければ、こちらを振り向きもせずにそう呟いた。

 丁寧語じゃなくたって、口調が乱れたって、それを咎めないって言ってくれた尚が、文句を言うことはない。

『悪くない』それが尚の最大の優しさ。

 口に合わないって、残されなかっただけよかったかな。


「はる。このご飯は、茸と干し肉があれば作れるのかい?」


 椅子に座ったまま尚を見送った櫂が、重たくなった空気を払拭してくれるようにそう言った。


「えぇ。後は調味料が少し。でも、食材が違うものでもできますよ。人参とか牛蒡とか……お魚をいれることだってできます」


「それは、ここでも作れるの?」


「ここでは、無理です」


 だって、ここにはかまどがない。台所らしき設備がなにもない。


「下じゃないと無理ってことか。また、あちらで作ったら、僕にもおこぼれがあるって期待して良いかな?」


「はい!」


 気に入ってくれたのなら何より。

 さっきまでの冷たい空気もどこかに飛んでいったし、機嫌直ったかな。


「はるなら、仙人界の食材も美味しく料理できるのかな」


「珍しいものがあるんですよね?」


「この辺りでは見ないものも多いからね。珍しいんだろうけど、それをどう料理するかには興味がないんだよ」


 食事が必要じゃなければ、味に拘る必要はないってことかな。

 美味しくなければ、食べなくたっていいんだもんね。


「もしかしたら、料理できるものもあるかもしれません」


「本当?」


「はい。櫂さんは食事するのが嫌なわけではないんですね」


「口にして美味しいものは食べてみたいよね。退屈な時間を埋めるものとして、良いと思うよ」


 日本にあって、下では見ることもなかったものもたくさんある。

 もしかしたら、仙人界では手に入るかもしれない。


「探しに行ってみたいです」


「そしたら、また仙人島に行こうか?」


「よろしくお願いします!」


 仙人島に行けば、櫂の喜ぶものが作ってあげられるかもしれない。

 尚の気にいるものを作れるかもしれない。

 ご飯だけじゃなくて、お菓子だって。

 そしたら、少し恩返しになるよね。

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