第20話 やっぱり、二人が大好き 4
父さんは期待通りに川魚を獲ってきてくれて、それに塩を振って焼く。
シンプルだけど、新鮮なものはそれだけで美味しい。
櫂を外で待たせてる自覚はある。
それでも、せっかく二人に会えたこの時間を、全力で楽しみたい。
数カ月ぶりに三人で夕食を囲んで、私がいなくなった後の話。仙人の世界の話に花がさく。
「ほんとはね、向こうで上手くいかないことばかりで、ちょっと逃げてきたの」
二人の作り出す空気が温かくて優しくて、少しぐらい弱音を吐いてもいいかなって、そんな風に感じてしまう。
「そうか。たまには、良いんじゃないか」
「そうだよ! いつだって、逃げて来ればいいよ」
私の欲しかった言葉をそのまま口にしてくれる二人の顔は、私が感じてた不安を一掃して、私の心を温かな毛布で包んでくれるようだ。
「二人とも、ありがとう」
こぼれ落ちそうな涙に気づかれたくなくて、目の前のお茶を口にする。
色のついた水にもほど近いぐらいのお茶。
でもこれが、私がこの家でずっと飲んできたお茶。
その懐かしさが、我慢しようとしていた涙を増やして、堰を切ったように溢れ出した。
「ご、ごめっ……」
溢れ出る涙を服の袖で拭っても、とめどなく流れ続けるそれが止まることはなくて。
そのうちに席を立った父さんが、私を優しくて抱きしめた。
窒息しそうだったさっきとは違う。
気恥ずかしさが込み上げて来る緑のとも違う。
父さんの逞しい腕に包まれて、厚い胸板の奥から聞こえる父さんの音。一定のリズムを刻む鼓動が頭の中に響いて、私を落ち着かせてくれる。
「あっちで、頑張ってるんだな。はるかはいつも一生懸命だから、頑張りすぎたんだ」
「全然……頑張れてないの」
父さんの体に、頭を押し付けるように首を振る。
頑張れてなんかない。
いつまで経っても上手く作れない馬。
攻撃するための剣や槍だって作り出すことができずに、毎日時間だけが過ぎ去っていく。
教えてくれる櫂の親切に応えることができないのが辛くて、尚の家で生活させてもらうことに罪悪感しかなくて。
父さんや緑に迷惑をかけないようにってこの家を去ったのに、やっぱり甘やかして欲しくて戻ってきて。
なんて勝手なんだろう。
自分の身勝手さに、出来の悪さに嫌気が差す。
「もっと、頑張らなきゃいけないのに」
できるようにならないといけないのに。
「人間、気合だけじゃできないこともある。休むことだって必要なんだ」
上じゃあ、休んでばっかりなんだけど。
大岩に寝転んで、だらだらと時間が過ぎていくだけの一日を、父さんは知らないから。
「そういえば、はるかは大きくなったんじゃないか? 座ってるときからそんな気がしてたんだが……」
「う、うん。そうかも」
柱の傷と比べたときのことを思えば、間違いなく大きくなってる。
でも、父さんが気づくくらい?
「そしたら、計ってみよう! ほら、はるかこっちおいで」
いつもの柱の前で、緑が小刀を片手に手招きをしてる。
あぁ。そうか。
大きくなってるかどうかなんて、どうでも良いんだ。
私のことを慰めようとしてくれてるんだって、そんな優しさに心の奥が温まる。
「うん!」
父さんの服に涙を擦り付けて、緑のそばへと駆け寄った。
柱を背中に当てて真っ直ぐに立てば、私の頭に冷やりとした小刀の刃が当たる。
緑が慣れた手つきで柱に新しい傷をつけた。
それは予想通り、これまでの傷を深くするものではなくて、その数センチ上に新たな傷ができる。
「はるか、やっぱり大きくなってるよ!」
その傷を見て、私以上に緑が喜ぶ。
大きくなったんじゃないかって言った本人は誰よりも驚いた顔をしていて、適当に言ってたんだってことがわかる。
「ほんとだ!」
私もわざとらしく大きな声を上げて、二人にテンションを合わせる。
慰めでも、適当でも、わざとでも。何だっていい。どうだって良い。
やっぱりここが、私にとっていちばん居心地が良い。
大好きな二人と、まだまだ一緒にはいたいけど、夕食まで食べ終わってしまえば、外に待たせてる櫂のことも気になりだす。
さすがに、待たせすぎだ。
「父さん、私そろそろ帰るね」
私の身長のことで、まだ湧き上がってる二人に水を差すのは心苦しいけど。
二人には目一杯元気をもらったから。
「もう、帰るのか?」
「うん。待っててくれる人がいるから」
「この間のあいつか?」
剣を向けられた緑の顔が険しく歪む。
櫂のこと、よくは思ってないよね。
「ここまで送ってくれたの。そのまま、待ってくれてるはずだから」
「あんなやつ、いつまでも待たせておけば良い」
緑らしくない言葉に慌てて首を振る。
「もう何時間も待たせてるんだ」
「良いじゃないか。もう少しだけ」
私の両手が緑に握りしめられて、寂しさが胸を覆う。
もう少しだけって揺らいでしまいそう。
「緑、無理を言うな。会いに来てくれただけで、良いじゃないか」
父さんが緑の肩に手を添えれば、私の手は更に強く握られて。
「緑、痛いよ」
「ごめんっ」
私の文句に、反射的にその手が離された。
「また来るよ」
「あぁ。待ってるからな」
「いつ? 今度はいつ会える?」
大人な父さんと、成人したとはいっても大人になりきれない緑。
二人の顔を見比べながら、改めて思う。
二人が、大好き。
「うーん。いつだろう」
「もう、会いに来ないのか?」
「そんなことないよ。今度は、暖かくなった頃に来ようかな。これから忙しくなるでしょう?」
間もなく、冬支度に追われる頃だ。
寒くなって雪がちらつけば、狩りには出なくなるだろうけど、私が来て余計な負担をかけるわけにはいかない。
「寒くなれば、訪ねてくるのも大変になる。はるかの都合の良い時でいいからな」
「いつでも待ってるよ」
「ありがとう! 今度は、何かお土産持ってくるね。今日は突然思い立って来ちゃったから、何も用意してなくてごめんなさい」
「土産なんて……無理するな……」
ずっと大人らしくしていてくれた父さんの語尾が少し震えていて、それがまた私を切なくさせる。
「そうだよ! はるかが来てくれるだけで良いんだから」
緑の深い緑の瞳は、真っ直ぐに私を見据えて。
最後は、緑の方が大人みたい。
「ありがとう! 二人に会えて良かった」
落ち込んで荒んでいた心が、二人のおかげで癒えた気がする。
玄関の扉を開ければ、音もなく天馬が降りてきて、櫂が天馬から降りて二人に深く頭を下げた。
「また来るね!」
大好きな二人と、別れることを決めたのは私。
泣いちゃダメ。
最後まで二人には何とか笑顔を見せて、天馬が静かに飛び上がる。
肌を冷やす冷たい風が、目元の涙を揺り落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます