第39話 櫂と二人なら 3

「櫂さんとでも、倒せないってこと?」


「いや……櫂となら、可能かもしれないな。試したことはないが、強さは嫌というぐらい知っている」


「ん? それなら、どうしてできないの?」


 私たちが協力して尚を助け出したときの様に、今度は二人が協力して仙帝を倒せば。もう二度と尚が襲われることもないよね?


「はるは、櫂のことをどれぐらい知ってるのか?」


「どれぐらいって……天馬に乗ることと、剣が強いことと、仙人島の外れに家があること。あ、あと甘いものが好きなこと!」


 私が櫂について知ってることはそれぐらいだ。あの家は多分本物じゃないけど。きっと、立場の高い人なんだろうけど。でもそれは私の推測でしかないから。


「あれ程私に話せ話せと言っておきながら、自分も大して話はできておらぬではないか。仕様のない奴だ」


「どういうこと? 何か知っておかなきゃいけないこと?」


 他に私が知ってる櫂のことを思い返してみても、思い当たるものがない。

 尚が呆れる顔をしてしまうぐらい、櫂のことも知らないのだ。


「ふむ。私から伝えるべきことかどうか悩みどころではあるが。まぁ、其方たちも私のいないところで好きなだけ私の話をしていたようだ。多少構わぬか」


 尚が聞いてるってわかってたからね。いつでも乗り込んでくるって思ってたし。だから、話をしてたんだよ。

 なんて、心の中には言い訳を募らせて、尚の口から櫂の話をしてくれるのを、息を呑んで待った。


「櫂は、間者だ」


「かんじゃ?」

 

 かんじゃ? 患者? どこか悪いの?

 って、違うよ! 間者! スパイのことだ。

 頭の中で必死で言葉の意味を探し当てて、意味がわかっても、理解はできなかった。


「あぁ」


「間者って、何で? どういうこと?」


 スパイってさ、もっとこそこそ隠れてやるものじゃないの? 櫂はいつだって私に優しくて、尚のことが好きで。


「櫂は私を見張るためにいるんだ」


「だって、尚のこと一緒に助けに行ったよ?」


 スパイなのに?


「櫂が何故私を助けに来たのかは私もわからぬ。ただ、はるのことを下から連れてくるぐらいには気に入っていたようだから、はるに言われて断れなかったんだろう」


「嘘! そんなはずないよ!」


 だって、櫂は尚と仲良くなりたくて。尚を攻撃する仙帝のことだって、あんなに嫌そうにしてて。私に言われなくなって、きっと一人でだって尚を助けに行ってたはず。

 そんな櫂が、間者? 見張り?


「どちらにせよ、櫂が間者だというのは間違いない。櫂の両親は仙帝の側近だ。櫂が私とさほど変わらぬ年齢であろうことと、強さも申し分ないこと。仙帝にとって信頼に足る人物の息子だということもあって、私の側につけられたのだろうな」


「そんな人だって知ってて、あんなに仲良くしてたの?」


「仲良くはないが。櫂は何もせぬ。ただ見ているだけだ。それならば、特に警戒する必要もない」


 櫂がこの島に出入りする理由が、それ?

 尚と親しくなりたいって、そう話してくれたのはぜんぶ嘘なの?


「櫂は、尚が知ってるってこと、知ってるの?」


「もちろん。私に近づいて来た時に話したからな。突然私の周りをうろうろし始めたから、その身の上についても可能な限り調べた。私が仙帝に刃を向けようとすれば、すぐさま報告がいくだろう」


「で、でも! 今は櫂さんいないよね?」


「あぁ。しばらく顔を見せていない。やはり私を助けたことで何かしらお咎めがあったのか。それとも、他にやるべきことができたのか」


 お咎め……私とあんな風に行動したから? 何もされてないよね?


「櫂さん、大丈夫かな」


「さっきも話した通り、櫂はそこまで弱くはない。それに私よりもずっと世間を渡っていくのが上手い。いくら仙帝とはいえども、櫂を簡単には処分できないだろう」


「処分なんて」


「櫂がどこにいるのか、私では知ることもできぬ。助け出したいとはるに言われても、何もしてやれぬ。力不足で申し訳ない」


 尚が力不足だなんて。申し訳ないなんて感じる必要ない。


「櫂さんなら、大丈夫よね」


 あの王子スマイルを振りまきながら、きっと天馬で駆け回ってるよね。そう信じるしかない。


「櫂とは共にできない理由、わかっただろうか。お互いの立場があるからな。できるはずもない」


 わかりたくないけど。嫌でも理解できる。

 見張る人と見張られてる人が、協力するなんてあり得ない。

 あんなに簡単に木偶を倒す二人だから、力を合わせれば仙帝を倒すことだってできるんじゃないかって。夢を見ることすらできない。


 仙帝の側近の息子。あの屋台での店主の態度もこれで説明がつく。あの家は、きっと私の為に急遽用意したんだね。普段の家はその地位に見合ったものだろうから。


 私に親切にしてくれたのも、尚に近寄りやすくなるため? 尚と親しくなりたいって言った、あれも嘘?

 櫂の周りを漂っていた不信感が、楔の形を作って私の心に打ち込まれる。

 あの王子顔が粉々に砕け散っていくような、どうにもならない絶望感。


「あまり長くここでのんびりしているわけにもいかないようだ」


 尚の視線が何もいないはずの空を一瞥して、作り出されたのはバランスボール。


「招かれざる客が、今日もやって来たようだ。はるはまだしばらくここでのんびりしていけば良い。この木の周りにいれば、何かに見つかることもない」


「招かれざる……わ、私もついて行って良い?」


 この島にやってきた客、間違いなく木偶のことだ。

 何にも見つからない場所に私を置いて、また一人で行く気?


「相手は私一人で十分だ」


「またそんなこと言って、私のことを置いていくんだ」

 

「そういうわけではないが」


「じゃあどういうつもり? 自分だけ犠牲になれば良いって、そういうつもりじゃないの?」


 尚と一緒に戦えないってわかってる。櫂みたいに隣に並ぶ強さがないって自覚してる。

 それでも、これじゃあただのお荷物だ。

 せめて、尚に何があったのかわかるぐらいに近くにいたい。


 自分の力の無さに苛立って、つい尚のことを強く責めた。


「はるのことを巻き込みたくない。危険な目に遇わせたくない。怪我をさせたくない。そんなこと、私が耐えられないんだ」


 尚はそう言い捨てて、作り出したバランスボールで飛び去った。

 それこそ、瞬間移動ぐらいの速度で。

 

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