第17話 やっぱり、二人が大好き 1
「自分の中に流れる仙力を、自分の思う通りの形に作りながら出す。仙力の使い方なんて、ただそれだけだよ」
櫂が王子スマイルを炸裂させながら、さも簡単なことのように天馬を作り上げる。
「さあ、次ははるの番だ」
尚の島で暮らしていくことを決めてから、櫂による仙力の使い方講座が始まった。
仙人として産まれた子供たちは、歩いたり走ったりするような、自分の体を当たり前に動かすのと同じように仙力を使っていくのだと教わった。
だから、誰もが特に苦労することなく、使いこなせるようになるのだと。
「自分の思う形……」
私が出そうとしてるのは、尚に乗せてもらったような馬。それを作りながら出す、櫂の言った言葉を頭の中で繰り返し唱えながら、手から形を作り出そうと試みる。
が、私の手から出てきたのはどう見たって馬には見えない。丸々とした、昔のアニメのお化けのような形。
「はる、これは何?」
得体の知れないものを見るような目をしながら、櫂がその正体を私に問う。
「馬……を作るはずだったんです」
目の前に出てきた丸いお化けを見ながら、途方に暮れる。
仙力で自分の思った形を作り上げる。
櫂の講義を受けて始めた練習。これが上手くいけば、下にも一人で行ける。そんな動機で練習を始めたものの、なかなか上手くいかない。
そもそも形づくるとか、そういうの苦手だったんだよ。
粘土とか工作とか? 高校生になった頃から必要なくなって、安心しきってたのに。何で今さら。
「何でうまくいかないんだろう……」
不貞腐れたような声を出せば、櫂の整った眉は中央に向かって対象的に動いて。
「今日は、終わりにしようか」
私の機嫌を損ねないような、穏やかな声色が耳に届く。
『今日は』じゃなくて、『今日も』なんだけど。
仙力を使う練習は、昨日今日始まったことじゃない。もう何日も続けてきてるのに、初日と何も変わらない結果に、櫂は嫌にならないんだろうか。
「はぁーあ」
家の近くにある大岩の上に寝転び、ぐっと背中を伸ばす。肌に当たる冷やっとした岩肌が心地よくて、そのまま大きく息を吸った。鼻孔を抜ける空気は、草の青々しさと湿った土の匂い。そしてそれに隠れるようにわたあめのような甘さが伝わってくる。
「甘い……。ねぇ櫂さん。ここの空気、甘くないですか?」
「甘い? あぁ、そうかもしれないね」
「なんっ」
「癒やしの空気は甘く感じるものだ」
私と櫂の会話に割り込むように、空中から降ってくる声。
「尚。今日も、様子を見に来てくれたの?」
櫂と二人で練習してると、稀にどこからともなく尚が現れる。
いつも何かを教えてくれるわけでもない。
私達の様子をかすめ取るようにうかがって、すぐにどこかへ飛んでいってしまう。
今日みたいに声をかけられたのは、いつぶりだろう。
「この大岩からは、自然の生気を受けられるようにしてある。それが甘く感じるのかもしれない」
「自然の?」
「あぁ。満足するまで受け取っておけばいい。それもまた、其方の器を大きくしてくれる」
「癒やしの空気を感じられるようになったんだね。はるが順調に成長してる証拠だよ」
「成長……」
「癒しの空気は仙人にとって力の源。人間にとってはなんてことのない場所でも、僕たちにとっては大切な場所。そこに流れる空気は仙人の体力や仙力を回復させてくれるんだ」
体力や仙力を回復させてくれる場所。そんなもの、まるでゲームの世界のようだ。
信じられないような話でも、大岩の上に乗っている私自身は少しずつ疲労感が無くなっていって、力がみなぎっていくのを感じる。
「仙人島でもこんな場所は珍しくてね、いつでも取り合いになってしまうぐらいさ。ここに来ればそれが独占できる」
満面の笑みを浮かべながら、大岩に近づいて来る櫂が、隙あらば大岩の上に座り込んでいたのを思い出す。
ただ居心地が良いんだって思っていたけど、そういうことだったのね。
「癒しの空気を発することのできるものを、わざわざ下から運んできたからな。苦労した甲斐があった」
「下から?」
尚のニヤついた顔が、今の結果に満足してることを表しているようで。
不機嫌そうな顔か、無表情ばかりの尚の珍しい顔に、私まで嬉しくなっちゃう。
「この空気を作り出すことのできるものは、下にしか存在しない。だからこそ仙人達の間では貴重なものだ」
「そんな貴重なもの、こんな所に置いておくなんて」
「私が運んできたのだから、誰も文句は言えまい」
「はぁ。君のそういうところが、規格外だって言うんだ」
呆れ果てたような櫂の言い方に、尚の眉がひくついたのがわかる。
「それでは、其方はもうここには来ないということだな?」
「いやいやいや。そうは言っていないだろう?」
「私のやることに文句を言うということは、そういうことだ」
「まぁまぁ。仲良くしよ。貴重なものだからこそ、交代で……」
交代? この大岩の側には私の家が作られていて、ここに座っているのは、これまで櫂だけだったはず。
じゃあ、尚は? 苦労して運んだ大岩なのに、櫂のもののようだ。
「尚は? 必要、ないの?」
「私には別の場所がある。この島にはもう一ヶ所存在する」
貴重なものが、もう一つ? 櫂に規格外だって言わせた大岩。それと同じようなものがまたあるって。
想像を優に超えていく尚の力にくらくらする。
「どこに?」
「ふっ。それは誰にも教えていない、私だけの場所だ。もちろん今の其方が近づけば気がついてしまうだろうが」
癒しの空気を甘く感じることのできる、今の私なら。
尚の言葉に、改めて自分が少し成長してることを実感する。
このまま努力していけば、もしかしたら体も仙力も、順調に大きくなれるんじゃないか。
そんな錯覚を覚えてしまうほどに、二人の言葉は優しくて。砂糖菓子みたいに甘くて。それこそわたあめのように溶けてしまいそうなぐらいの言葉に包まれた。
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