第26話 平和な時間は、長くは続かなくて 1

「かなり形になってきたね」


「櫂さんが粘り強く教えてくれるおかげです」


 そう言いながら手のひらに作り上げた水玉を練習用に作った的に向かって放った。

 的に見事命中した水玉が破れて、的が濡れる。

 そして再び、手のひらに水玉を作り上げようと体内を巡ってるらしい仙力を動かそうと意識を集中させた。


「はるの努力だよ。正直、もっと長くかかると思っていたからね。もう、僕なんかいらないかな」


「そんなことないです。それに恩返しもしたいので、まだまだお世話になります!」


 今年の冬の精は舞い踊るどころか、豪快なステップを踏み鳴らしていったようで、この世界に来て初めてじゃないかってぐらいに厳しい冬だった。

 そんな冬の間は家にこもり、仙力を使いこなす練習にもってこいで、春の精の気配を感じる頃には威力はともかく、何とか形になってきた。


 私の体はというと、仙力がコントロールできるようになるにつれて、驚くべきスピードで成長している。

 五歳児だった体はもうどこにもない。

 それなりに手足も長くなって、もみじの手もいつしか消え去った。

 その成長スピードに私自身が驚いているというのに、櫂や尚が何も言わないのを見ると、彼らの中では予想通りということだろう。


「尚だけじゃなくて、僕にも恩返ししてくれるの?」


「もちろんです。何ができるか、まだわからないんですけど」


 ずっとお世話になってばっかりの二人に、返せるものなんて未だに思い付かなくて。

 時間あるよねって、そう考えられるようになっただけで、私もきっと仙人の常識に染まり始めてる。


「いつになったって待ってるよ。そろそろ食べ物を買いに行くのも良いかもね」


 冬ももう間もなく終わるだろう。

 いつの間にか吐く息の白さが消えて、灰色がかった空には青空がのぞいてる。

 父さんと緑は、私の体に驚くかな。

 仙人島で砂糖や小麦粉、果物も買っていこう。


「って、私どうやって食材買えるんですか?」


 仙人達の買い物の仕方を教えてもらったことはない。

 そもそも、この人たちには買うものなんてないだろう。


「そういえば、その辺は教えたことなかったね。仙人島で見た屋台のものは、ほとんどが物との交換で手に入る」


「物……ですか?」


 物と物って、いわゆる物々交換ってことだよね?

 村でも当たり前に行われていたし、それが仙人島でもってことは、お金は存在しないのかな。


「あぁ。仙人達は色々な場所を飛び回ってるから、その場にしかないものや希少価値の高いものを持ってきて、自分の興味のあるものに変えるんだ」


「希少価値ですか」


 そんなもの、持ってるわけがない。

 その日暮らしで精一杯の所から来て、行き先がなくて居候中の私に、そんな価値のあるものを手にする機会なんてない。

 様々な食材が並んだ屋台。その映像が遠くなっていく気がした。


「心配しなくていいよ。僕が手に入れてあげる」


「櫂さんが?」


「僕にだってそこら中を飛び回っていた時もあるんだ。その土地にしかないものや、価値の高いものだっていくつも持ってる」


 あっちの家からここまで、一気に飛んでしまう天馬に乗れば、仙人達が行くには躊躇してしまう距離だってひとっ飛びだろう。

 少しずつ仙力が使えるようになって、実感したのは二人の強さ。

 あれだけ複雑な形をしたものを瞬時に作り出して、あれだけの時間飛び続けるには相当の力が必要で、その二人がやり合おうとしている光景は、危険極まりない。

 ケンカしないようにしてもらわなきゃ。


「その代わり、僕にも食べさせてくれるかな?」


「私が作ったものでよければ」


 普段は何も口にすることのない櫂が、食べたいって言うなんて。

 おにぎりが本当に気に入ったんだね。


「それならば何だって手に入れてあげるよ。それこそ、屋台ごとはるのものにしたって良い」


「そ、そんなにいらないです」


 冗談じゃなく、櫂のこれは本気だ。

 ちゃんと断っておかなきゃ、丸ごとプレゼントされそう。


「そうなのかい? それじゃあ仕方ないね。はるが必要なものだけ買うことにするよ」


「そうして下さい」


 煌めく王子スマイルは、その言葉が本気だったことを裏打ちしていて、やろうとしてることの規模の違いに、思わず項垂れる。

 尚のことを規格外だっていうくせに、櫂も十分規格外で。

 そんな二人と一緒にいたら、私の感覚までおかしくなりそうだ。


「それにしてもはるの生み出すものは、尚とそっくりだね」


 私の手元にやっと発生してきた次の水玉を見ながら、櫂がそう口にする。


「そうかもしれません。特に真似しようと思ったわけでもないんですけど」


 火や氷、剣や槍。色んなものを手から生み出そうとしたけど、一番簡単にできたのがコレ。

 尚のものとそっくりな水の玉。

 尚の玉は、中身まで自由自在だけど、今のところ私のはただの水。


「僕の剣だって真似してくれれば良いのに。はるにとって尚は特別なんだろうね」


 櫂の手には一瞬のうちに青く光る剣が現れて。

 その剣先に太陽が反射して煌めく。


「特別?! いえいえ! そんな気持ちないです!」


 特別だなんて、そんなこと……。

 確かに尚には感謝してるし、あんな風に見えて本当は優しいの知ってるし、櫂みたいな王子顔ではないけど、あの切れ長の瞳はかっこいいし。

 でも特別なんて、あるわけないよ。


「あれ? そうなの? 仙人のはるを生み出したわけだし、親みたいに慕ってるんだと思ってたよ」


 親?

 特別って、そういうこと?

 恋愛感情じゃなくて?


「お、親ですか」


「うん。違うの? それとも、何か他の気持ちがある?」


「いえ! 恩人ですから、そういう意味での特別な思いはありますけど……」


「恩人! そうだよねぇ。それだけだよねぇ」


 櫂の笑顔を中心に凍りつく空気。

 爽やかなはずの王子の笑顔が、何よりも怖い。

 私なんかが、尚に特別な思いなんて持てないよ。

 持ったら、その手に作り出された剣で……。

 長いはずの仙人の時間が一気に縮むだろう。

 

 尚の特別には、どうぞ櫂がなって下さい。

 私はその思いが伝わるのを、陰ながら応援してるよ。

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