第25話 仙人として知るべきこと 4
「僕が聞いたのは、尚がはるを助けたって話さ。ある日出会った、不思議な言葉を使う人。それがはるだって」
「そうです。尚は私を助けてくれて……」
本当にそれだけだ。
それなのに、私が仙人になんてなっちゃうから、尚が感じる必要もない責任を感じてる。
「はるを助けるときに、仙力の膜で包んだ。その中で徐々に体が縮んでいくはるを見て、何が起きてしまったかわかった尚は、急いで膜を引き上げたそうだ」
「そんなことまで、教えたんですね」
あんなに雑に扱っている相手に、こんなに詳しく話をするなんて。
尚も、別に櫂のことが嫌なわけじゃないんだ。
「あぁ。細かく教えてくれたよ」
尚との話を、輝いた思い出を口にする櫂の表情は、憧れたものを見つめる時のようで。
ほんの少し崩れかけた王子顔がまた、可愛くも見える。
「よ、良かったです……ね」
良かった? 合槌はこれでいいのかな?
他にかける言葉もわからない私の口から出ていくのは、まるで頓珍漢なもの。
「良くなど、ない」
一人の世界に入り込んでしまった櫂と、それを見ていることしかできない私の間に割り込む冷たい一言。
ノックされることもなく開けられた扉から、傍観していたはずの尚が現れた。
やっぱり、我慢できなかったのね。
「尚。どうかしたの?」
「其方が櫂の出鱈目をまともに受け取るからだ。訂正せぬわけにいかぬ」
出鱈目?
出会った時の話は私の記憶とほとんど食い違っていない。
「間違ってないよね?」
「大きく違っておる。そもそも、教えてなどいないからな」
間違ってたのは内容じゃなく、教えたって部分ね。
「教えたんじゃないの?」
「わざわざ櫂に教えるわけがなかろう。櫂が私にしつこく
尚の冷たい視線が櫂の方を向けば、櫂が悪びれもせずに微笑みを浮かべていた。
はなから尚に話をさせる気だったのかもしれない。
「おや。僕は何も出鱈目を話したつもりはないよ。知りたいと思うことについて、貪欲に行動しただけさ」
「またそのような態度を。もう良い。其方は口を挟むな」
呆れたような、困ったような顔をしながら、尚は櫂の隣に腰を下ろし、私の方を見据える。
「その顔は、もういくつものことを知った後のようだ。其方のことは櫂に任せておけば、と思っていたが、余計なことばかり話しているな」
「余計なこととは心外だ。君が何も話さないからだろう。こちらの舌が乗ってきた頃に話に割り込んで来るぐらいなら、最初から教えてあげるべきだ」
「余計なことは教えるつもりもなかった」
「仙人になったはるに、何も話さずにいるつもりだったのか? それこそ無責任じゃないか」
「今は、まだ知る必要がないと思っていただけだ」
「今は? それならばいつなら良い? 君の都合ばかり待っていたら、取り返しのつかないことにだってなりかねない」
取り返しの、というのはきっと記憶のことだ。
櫂に教えてもらったことは、確かに大切なことだとは思う。
でも、今じゃなくてもって思ってしまうのは、私が楽観的だからかもしれない。
「無責任……か。そのつもりはなかったのだが。すまない。これからきちんと話す」
「僕は、席を外しておこうか?」
櫂に言われた、無責任って言葉に何か思うものがあったのかもしれない。
ただ、尚の辛そうに歪む顔は見たくなかった。
それなのに。
「いや、構わない。結局其方には全て知られているのだろうから」
櫂の提案を断りながら、尚の体が固まったようにも見える。
何を考えてるかわかりにくい尚の気持ちは、こういう些細な仕草から見極めるしかない。
その表情は相変わらず無表情にも見えるけど、緊張してるのが伝わってくる。
「僕に居ても良いって言ってくれるなんて、珍しいこともあるもんだ」
言葉も表情も豊かな櫂も、やっぱり何を考えてるかわからない。
その王子スマイルの下に何を隠してるのか、出会った時から感じる胡散臭さは、親しくなったはずの今でも拭えない。
面倒な二人。
「私が其方を仙人にしてしまったとわかったのは、膜の中にいる時だ。徐々に小さくなっていく体を見て、やってしまったと、後悔した。その後はできる限り距離を離して、私の仙力の色が残らないようにと、下で嫌な思いをしていただろうに、助けられなくてすまない」
「仙力の色?」
「あぁ。仙力にはそれぞれ色がある。色といっても明確な色を表しているわけではなく、匂いとか味のような……説明しづらいものだな」
味ねぇ。残り香みたいなってこと?
「癒しの空気みたいに甘いとか?」
「まぁ、そういうことだ。だが、それを感じられる仙人も数は少ない。だとしても、其方が私の影響を受けていることは隠しておくべきだと、ずっと下で暮らしていられるなら、その方が良いと思っていた。仙人になど、ましてや私の力の影響を受けてなど、ならない方が良い」
私が尚と関係があるってことを隠しておいた方がいいって理由と一緒?
仙帝に狙われるからって。
「結局この島に住まわせることになってしまったが。私が居らずとも櫂が居てくれるなら構わないだろうと、其方を避けていたのには違いはない」
避けて……その言葉に、私の気持ちがささくれ立つ。
でもそれも、全部私のため。
私が危ない目に遭わないため。
島に住んで、家を整えてもらって、そこまでしてくれたのに……。
「ごめんなさい。私、何も知らなくて」
「知らぬとも当然だ。私がそう判断していた。意図せずとはいえ、このような運命に巻き込んでしまったこと、本当にすまない。ただ長く続くだけの虚無の時間、このような時間は無駄だ」
尚にとって、仙人としての時間は苦痛そのものなんだろう。
眉間に皺を寄せ絞り出すように発した声が、言葉よりもはっきりとそれを物語る。
「これからもできる限り私の色を残さぬように努めるつもりだ。だが、其方に危険が及ばぬよう、私が守ってみせる。それぐらいしか、私にできることがない」
苦痛の時間。
それに巻き込んだ責任。
尚の言葉の端々に、その思いが感じられて。
聞いてるこっちが辛い。
この人に楽しいことは起こらないの?
幸せを感じることはないの?
嬉しさとか、喜びとか。
私に、何かできないだろうか。
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