第15話 尚の島で暮らすことにします 5
翌日から櫂は、ほぼ毎日の様に顔を出してくれた。尚と親しくなりたいからって言っていたはずなのに、尚に会わずに帰ることも多い。
私のところに来て、私に仙力の使い方を教えてくれて、仙人島で仙人の暮らしぶりも見せてくれた。
「櫂さん。仙人島のどこが物騒なの?」
仙人島は、人間の住んでる場所よりも広々して見えた。道もない、井戸もない。木が繁って、川が流れて、後は家らしきものが点々としてるだけ。
そんな島での仙人の暮らしは、私の目には平和そのものに見えた。人間と同じ様な家に住む人、木の上に住む人、夜寝る人と、昼寝る人。みんなそれぞれの暮らしを謳歌してるように見えたし、小競り合いはあっても、誰もが仲良さそうだった。
「そうは見えないかい?」
「はい。平和に見えますけど」
「それなら良かった。それでも、何をするかわからないのが、彼らだからね」
仲が良いっていうよりも、他人に関心がないようにも見える。どこへ行っても、一人でいる人達ばかりだったから。
他人と話をしてる光景が、こんなに珍しく見えたことはない。櫂とずっと一緒にいる私は、違和感でしかないだろうな。
「櫂さんも、何をするのかわからないんですか?」
「ぼ、僕ぅ? あははっ。それはそうだね。僕も、何をするかわからない奴だろうね」
私の問いを高らかに笑い飛ばした櫂は、やっぱり相変わらず王子様で、何を考えてるのか掴めない。
「尚は、何でここに住まないんですか?」
あんな島に一人で暮らすよりも、仙人島の方が便利だろうに。
「はる! そ、その話は帰ってからしようか」
尚の名前を口にした途端、櫂の顔がひきつった。辺りを警戒しながら話しかけられる言葉に、何か言ってはいけないことを口にしたんだとわかる。
でも、それってどれ?
「はい……」
櫂の雰囲気に、それ以上会話を続けられなくて、二人で黙ったまま島へ帰った。
私の家についても重苦しい雰囲気は晴れなくて、沈黙のまま時間だけが過ぎる。
「さっきは、強い言い方してごめんよ」
意を決したように櫂が口を開いたけど、その声色はいつもよりずっと重たくて。
「私、何かまずいこと言ったんですよね。すいません」
あの会話のどこがいけなかったのか、どれだけ考えてもわからない。それでも、何か言ってはいけないことを言ったから、櫂があんなに焦ったんだろう。
「はるのせいじゃないよ。仙人島で尚の話は、あまり周りに聞かれない方が良い」
「尚の話?」
「あぁ。もう隠しておくわけにもいかないよ」
櫂の言葉は、私じゃない誰かに向けられていて、今この瞬間もどこかで様子を伺ってるであろう人物に、了承を得ようとしてるのがわかる。
自分の話なら、自分で話せば良いのに。
「僕から話をするのも筋違いだとは思うけど、彼にとっては口にもしたくないことだろうし。そのうちに、ちょっかいをかけてくる相手もいるかもしれない」
「どういうことですか?」
櫂の話の『彼』は尚のことに違いない。ちょっかいかけてくる相手って誰のこと?
「はる、これだけは覚えておいて。はるのことは、必ず尚が守ってくれる。僕と一緒にいる時は、僕もできる限り力になる。だから、心配しないで」
櫂の言葉には、感じたこともない緊張感が漂っていて、そのせいで私自信も緊張してしまう。
パサついた口の中を潤したくて、机の上に置いたお水に手を伸ばす。貧相なお茶よりもずっと美味しいはずの天然水。その美味しささえ、感じられなかった。
「はるは、このままこっちで暮らすつもりだよね? もし緑弦の元に帰りたいのであれば、この話は聞く必要のないこと。送り届けるよ」
突然告げられた緑の元に戻るという選択。もう戻るつもりなんてなくって、何とか仙人の暮らしに慣れようとしていたのに。
「戻れってことですか?」
やっぱり、こっちでも迷惑をかけていたんだろう。尚にも、櫂にも嫌な思いをさせてしまったのかもしれない。
「違うよ。そういうことじゃない。こっちに来てもう何日経つかな。そろそろ仙人の暮らしってのもわかってきたかなって思ってる」
何日……正確にはもうすぐ一ヶ月になる。仙人は日にちや年を数えてないらしく、櫂と話をする時は時間というものがどこか曖昧で。少し前とか、何日か後、なんて約束が当たり前に通用する。
「それなりに……ですけど」
「下とは、かなり違うだろう?」
「えぇ」
櫂の言う『下』が緑達の住む世界だということにも、ようやく慣れてきた。
そういった仙人の常識にも、やっと慣れてきたのに。
「これで比べることができると思うんだ。はるがどっちで暮らそうとも、これからはちゃんと守ってあげる。だから、好きな方を選んで」
やっと櫂の行動の意味がわかった気がした。仙人の暮らしがどういうものか、どれだけ違うものか、ずっと伝えようとしてくれてたんだ。
下での暮らしと比較できるように。できるだけ詳しく。
時間はいくらでもあるはずなのに、焦って触れ合わせてくれていた。
他の仙人達の様子を見せるために、仙人島にまで付き合ってくれて。
櫂の優しさが、胸いっぱいに広がっていく。尚の用意してくれた家で、櫂の優しさに触れて。
下に戻りたいなんて、言えるわけもない。
緑にも、尚にも迷惑をかけるなら、もう少しここにいさせてもらおう。そして、仙人として一人でも暮らして行けるようになったら、ここを出ていこう。
できるだけ早くそうなるから。
なれるように努力するから。
「教えて、くれますか?」
人に迷惑をかけてばかりの日々、もうこれで最後にするから。
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