社畜のおっさんが悪魔の力に目覚め、女子小学生に召喚され使役される話

ニャルさま

第1話 悪魔王女

悪魔覚醒

 月曜日だ。今日はもう起きないと。


 テレビ番組の音声で目が覚める。子供番組の登場人物が甲高い声を上げていた。

 それは少し不快なのだけど、ほかの局をつけると、誰が不正しただとか、誰が不倫しただとか、陰鬱な気分になるニュースをやっているだけだ。朝から気分を下げたくはなかった。

 それに、子供番組は時間が決まっている。どの番組が放映しているかで、今が何時なのか把握しやすかった。


 歯を磨く、顔を洗う。髪を整える。髭を剃る。

 それぞれ決まったルーティーンだ。この工程を終えて、ようやく見られたルックスになる……はずだ。


 厚手のワイシャツを着てニットタイを合わせた。

 世間でいうところのサラリーマンとは少しだけ違う。ちょっとした自尊心を服装によって整えた。


 いや、どこが違うんだ。給料だろうか。確かに一般的な会社員よりも少し低い。

 仕事ができるとも言い難いし、これから待っている会社での仕事も憂鬱なものだ。なぜ、少し優越感を抱いたのだろう。


「はあ」


 家を出て少しする。ため息が出た。


 パンッ


 頬を両手のひらで叩く。気合を入れようじゃないか。

 今日もいい一日になる、自分自身にそう言い聞かせる。そう思うことが大事だってセミナーの講師も言っていた。


「はあ」


 もう一度、ため息が出た。

 そんな言葉は信じていいものだろうか。講師だって仕事で話しているだけだ。


 気が乗らなくても駅には着く。電車も来る。電車に乗った。

 電車内の液晶パネルサイネージでは、外務大臣になったばかりの笹垣なんとかが意気揚々と話している様子が映っている。音声がないから、何を言っているのかはわからないけど。

 元気でいいなあとだけ思う。

  

 電車はやがて会社にほど近い駅に着くだろう。

「はあ」。ため息が出る。できることなら、この電車は止まらないでほしい。延々と走り、会社には辿り着かないでくれないか。私はそう願っていた。


     ◇   ◇   ◇


「おい、大炊おおい旺太郎おうたろうよぉ、この修正をどう読んでいたんだよ!」


 郷間ごうま乂摩かるまさんの叱責が響いた。大炊旺太郎は俺の名前だ。怒号と呼ぶには大人しいが、しかし、ねちねちとその言葉は続く。


 確かにミスはあった。修正は必要だろう。けれど、誰もが完璧にこなせるなら、組織で仕事する必要はない。互いにチェックし、ミスを見つけ、修正する。それで上手くいく仕事じゃないのか。


「これさ、どう修正するつもりだ?」


 郷間さんが尋ねてくる。

 そんなの、いちいち答えるべきことか? そう思いつつも返事をする。


「ここの整合性に問題があるんですよね。ここで使っているグラフを差し替えて、問題を改善するつもりです」


 それを聞くと、郷間さんは「はあ!?」と大きなため息をついた。


「違うだろ。まず、ここで配置してある写真に問題があるんだ。そこをどうにかしなきゃ、同じ修正が返ってくる。そうなったら、うちの信頼はがた落ちだぞ」


 鬼の首を取ったように責め立ててくる。

 それが必要だったら、そう言えばいいのに、嘲るような態度だ。

 俺は少しムッとして、会釈だけすると自分の席に戻る。すると、郷間さんはそこにまでついてくる。


「おい、返事がないぞ。危なっかしいんだよ、お前の仕事ぶり」


 そう言いながら、ケタケタと笑った。笑いものにしたいのか叱責したいのか、俺は判断に迷う。


「今やれよ。俺が見てやるからよ」


 郷間さんが言う。

 針のむしろのような気分になりつつ、俺は言われるままにPCを操作した。


     ◇   ◇   ◇


「おい、どうなってんだよ! また同じ修正が来てんじゃねぇの?

 何やってんのよ。俺、口酸っぱく言っただろ」


 郷間さんが俺の背後でそう怒鳴った。

 彼の言葉通りというか、言われるがままに修正して、それを郷間さんが事細かに見て、その承認を得たものだった。

 それが間違っているのなら、郷間さんの修正方針が間違っていることになる。


「あのなぁ、責任者はお前だぜ。お前が把握してなきゃいけねぇんだ。

 けど、修正がまた来た。昨日とまったく同じ内容のな。これは問題だぜ。わかってんのかよ」


 責任は完全に俺になっていた。自分が指示したことなんて忘れているのだろうか。あの時、俺には選択肢なんて与えなかったくせに。

 わなわなと感情が震える。しかし、最も情けないことは、郷間さんに反論するつもりもないことだった。


――情けない。情けない。ただ言われるがままの自分が情けない。


 俺の感情は怒りと絶望で溢れそうだ。

 この人、どこかに行ってくれないかな。お腹でも壊してさ。

 いや、ご飯に行くのでもいい。もう近くにいてほしくない。


――お前にはそれができるはずだろ。


 突如、頭の中で悪魔の声が聞こえた。

 誰の声だ? 俺に何ができるというんだ?


 俺は抑えていた怒りを開放するように、感情を込めた視線を郷間さんに向けた。

 すると、どうだろう。それまでカッカしてた郷間さんの身体が奇妙な変化を見せた。急激に痩せ細っていったのだ。


「お腹が! お腹が!」


 郷間さんが苦しんでいた。お腹を強く抑えている。

 本当にお腹が痛くなったのか? いや、そうではない……。


 俺には確信めいたものがあった。


 郷間さんは社員の共有棚に目を向けると、お菓子会社が有料で配置したお菓子の棚を凝視した。そして、次の瞬間、棚にあるお菓子を食べ始める。


「それ、お金払ってから食べないと……」


 誰かが口に出した。

 そうだ。それはお菓子会社に支払うためのお金を入れる場所がある。そこに支払って、それから食べるのが決まり事だった。いきなり食べ始めたら、それは無銭飲食になる。


 グリィッ


 急に郷間さんの首が旋回して、こちらを向いた。その目には狂気じみた輝きがある。

「ひっ」と思わず声が漏れた。

 しかし、郷間さんが見ていたのは私の背後にある女子社員の机である。そこに置いていたお菓子を凝視していた。


「ぐわせぇっ」


 言葉の聴き取れない雄叫びを上げてる。

 私の横を風のように通り過ぎると、女子社員の机の上に登って、お菓子を貪り食った。

 女子社員の悲鳴とも嗚咽とも取れない声が聞こえてくる。


「ねがぁっ」


 その雄叫びとともに、新たな行動に出た。 郷間さんは自分自身の腕に嚙みついた。


「きゃあぁっ」


 女子社員が叫ぶ。血が噴き上がる。

 郷間さんは自分の腕の肉を噛みちぎっていた。二の腕からは血が溢れ、どくどくと女子社員の机の上に流れていく

 奇怪な風景だが、郷間さんは満足げな顔を浮かべていた。


 これはもう、郷間さんはこの職場にはいられない。明日から、彼とは顔を合わすことはないだろう。


 俺はどたばたとした状況を眺めながら、そんなことを考えていた。そして、ついニタリとした笑みを浮かべそうになる。

 痛ましい事件が起きたというのに、なんということを思うのだ。俺は自分の考えを叱りつける。


 しかし、すぐにそれが空虚な考えだと思い至った。


――郷間のあの凶行は俺の力で起こしたものだ。


 あれは俺がやったこと。そう実感していた。

 そして、頭の中で囁いた悪魔の声こそ、自分自身の言葉だと実感する。


――そうか、俺は悪魔なんだ。


 その言葉が頭の中に響く。それは妄想ではない。実感だ。

 俺は悪魔だ。間違えようのない事実として。そう実感した。


 しかし、次の瞬間に自分自身の理性がその考えと実感を拒否する。恐怖が頭の中に巡り始めていた。

 こんなことが現実にあり得るのか。あってはならないし、あるはずがない。


――うわぁぁぁぁぁぁぁ!


 声を出さないまま間に悲鳴を上げ、そして走った。廊下へ。そして、非常階段へ。とにかく、どこか遠くへ。

 俺は階段を駆け下りた。しかし、冷静でないまま走っているのだ。足がもつれ、俺は階段で転び、真っ逆さまに落っこちた。


――まずい! 頭から落ちる!


 しかし、地面に到達することはない。周囲がスローモーションになり、永遠とも思える時間を感じていた。

 身体が捻じれる感覚がある。視界が真っ白に、いや真っ黒になった。


 何かに呼ばれている。それを強く感じると、次元を超えていた。


     ◇   ◇   ◇


「あはっ、おじさんが来た。ね、おじさん、悪魔なんだよね」


 気づくと見知らぬ場所にいた。ここは会社ではない。

 状況を把握しようと、周囲を見渡した。


 ピンクの壁紙が眩しい。周囲には白を基調とした家具が並ぶ。白い衣装棚、白いテーブル、白いソファー、白いベッド。

 ただ、天井には要塞のような模型があり、そこからはカラスの頭を持つ人形が顔を出している。それだけは悪趣味だった。

 白いベッドには女の子が座っている。会社の女の子ではない。もっと若い。いや、幼い。中学生? いや、小学生か……?


 黒いロングヘアはウェーブが巻かれ、ツインテールになっていた。

 白いブラウスの上に、ピンクのチェック柄のポンチョを着ている。スカートは同じくピンクのチェック柄で、膝を覆うスカートの下では素肌が露わになっていた。

 足には赤と白の縞々の靴下を履いている。


 俺は彼女の足元に這いつくばっていた。

 床には円と五芒星を基調とした図形が描かれ、見たことのない文字が刻まれている。これは魔法陣……だろうか。


 少女は私ににこやかな微笑みを向けると、膝を上げた。スカートが少しめくれ、その華奢な太ももとふくらはぎが見える。さらに足が上がり、スカートも大きく捲れそうになった。思わず顔を上げ、つい目線で追ってしまう。


 ぺちっ


 次の瞬間、視界が彼女の靴下で覆われた。足が俺の顔に置かれたのだ。

 柔らかく、冷たい感触が頬とまぶたに伝わる。彼女の足が俺の顔を圧迫していた。


「あははっ、なんで、おじさんが来ちゃったのかな」


 少女の笑顔が真顔に変わる。


「ねぇ、お前さ、これから私の使い魔になるの。意味わかるでしょ?」


 見下すような視線が刺さった。少女の瞳にさらされることで、なぜかその言葉に従いたい気分になってくる。


 俺は彼女の命令を待った。

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2024年11月30日 17:00
2024年12月1日 17:00
2024年12月3日 17:00

社畜のおっさんが悪魔の力に目覚め、女子小学生に召喚され使役される話 ニャルさま @nyar-sama

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