五者対立

 紗季が最後に引いたタロットカードは「タワー」だった。

「塔」の暗示は「避けることのできないトラブル」。「突発的なアクシデント」。「対人関係の悪化」。

 なんとなく、三つ目が気にかかる。紗季は怯えているようだった。それはこの「対人関係の悪化」を恐れていたからではないか。


 このビルは笹垣ささがき弘毅こうきのものだという。

 ならば、ここでの彼との邂逅を紗季は予感していたはずだ。


 だが、状況は父娘の再会と確執なんていう生易しい事態ではない。

 地獄の三大派閥を率いる悪魔、その二者、サタンとアスタロトと事を構えているのだ。


「どうする、紗季? 何か作戦はないか?」


 情けないが、自分にはどうするのが最善かわからない。それを紗季に委託した。


「私たちの標的は桐里きりさと樹梨花きりかよ。彼女を連れて逃げる。それで目的達成。

 お前は防御して、私が桐里さんを確保するから」


 紗季はそう返す。なら、やることは決まった。

 俺は全員の動きを睨む。全員が相手の出方を窺っているように見えた。


 ならば、最初に動くのは紗季だ。彼女は自分の身を守る必要がない。俺が守るからだ。

 紗季は樹梨花に駆け寄る。


「桐里さん、行くよ」


 すると、アスタロトが動いた。その美しき名が見イシュタルの顔が醜いドラゴンのものへと変貌する。

 そして、その口から臭気に満ちた毒ガスを吐いた。


 俺は両腕にオーラを集中する。

 いや、でも、これはガスを無効化できるような性質のものじゃない。

 俺にもようやくオーラが何かわかり始めていた。これは旱魃かんばつだ。触れたものの水分を奪い、粉々にする。

 だから、毒ガスへの効果はあまり期待できない。


「でも、やるしかないんだ」


 せめてもの足掻きだ。オーラを振動させ、空気の膜を作る。少しは時間を稼げるかもしれない。


 次の瞬間、笹垣弘毅が動いた。弘毅は自分の腕に巻いた腕時計を叩き割り、叫んだ。


「ベリアル!」


 高級腕時計を生贄にすることで、限定的に悪魔を召喚したのだろうか。

 笹垣弘毅の身体と重なるように、燃え上がるような肉体を持つ悪魔ベリアルが半透明の姿で現れる。


 ベリアルと一体となった弘毅は炎の爪を振るう。炎の爪が伸び、アスタロトのドラゴンの顔を切り裂いた。

 ありがたい、これで毒ガスが途絶える。


 そう思ったが、今度はサタンが動いた。

 サタンの魔力の流れが笹垣弘毅に向かった。次の瞬間、笹垣弘毅は天井に向かって落ちた。重力が反転したのだ。

 さらに重力が反転し、笹垣弘毅は床に叩きつけられる。これでは身動きが取れない。


 となると、アスタロトが自由になる。

 だが、その攻撃はサタンに向かっていた。巨大なドラゴンへと姿を変え、毒ガスをまき散らしながら、のっしのっしとサタンへと歩を進める。

 それに対して、サタンは電撃で毒ガスを逸らしつつ、赤い大蛇へと変貌し、アスタロトに巻き付き、締め上げた。


――キシャアァァァッ!


 アスタロトが苦し気な唸り声を上げる。


 しめた。今が逃げるチャンスだ。

 俺は紗季と樹梨花を誘導して、入ってくるときに開けた穴へとにじり寄る。

 それにしても、サタンは強いな。ベリアルと一体化した笹垣弘毅とアスタロトの二者を相手にして完封しているぞ。


 だが、ふと思い出した。

タワー」の暗示。「突発的なトラブル」。「油断が危機を招く」。

 俺は弛緩しつつあった感覚から警戒に切り替える。


 急にサタンとアスタロトの攻撃がこちらに向いた。

 サタンはその眼から雷光を放ち、アスタロトは締め上げられながらも毒ガスを吐く。

 それをオーラによる防御でどうにか凌ごうとした。しかし――。


 まずい、防御が足りない。防ぎ切れない。

 そう思った瞬間、俺たちとサタン、アスタロトを挟んで、シルクハットが現れた。シルクハットは避雷針のようになり、雷光と毒ガスを引き寄せ、そして、ズタズタになった。

 今しかない。俺は紗季と樹梨花の二人を抱え上げると、そのまま、階下へと落下した。


 そこにいたのはメフィストフェレスだ。シルクハットを失って、頭に生えた一本角が剥き出しになっていた。

 どういう了見で俺たちを助けたんだろう。

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