憐れみ
俺たちはサタン、アスタロト、それに
心理的なものでしかないかもしれないが、場所が遠くなれば安心する。もっとも、悪魔に対してそんなことに意味があるかは微妙だ。
俺と紗季のあとに、
「あんたはどういうつもりで俺たちを助けたんだ?」
ずっと尋ねたかったことをメフィストフェレスに聞く。メフィストフェレスは卑屈な笑いを浮かべながら、答えた。
「へっへっ、あっしはあんさんらの信念に絆されたんでがすよ。まあ、あんさんほどの武闘派じゃありやせんがね、でも役立つ場面は多いと思うでげす。さっきも役立ったでがしょう。
お嬢ちゃん、いや、悪魔王女。どうでげしょ、あっしを使徒にしてくれやせんか」
俺たちの仲間になりたいってのか。うーん、どうにも信用できない。騙し討ちが得意な奴だぞ、どうせすぐに裏切るだろ。
それに対して、紗季が答える。紗季は口寂しいのか、
「もぐもぐ。わかった、私に仕えなさい。お前は第三使徒よ」
意外な答えだった。ちゃんと考えた上でのものなのか。
俺以外にも、その答えに疑問を抱いたものがいた。街灯に照らされた紗季の影が色彩を帯び、形を持ち始める。影はオノスケリスへと姿を変えた。
「ねぇ、王女様ぁ。あなたは自分の言っていることの意味がわかっているの?
メフィストフェレスはサタンの派閥に属する悪魔。それに、地上で自由に振る舞うことを望んでいる。こいつはあなたの使徒として、地上で好き勝手やって、好きな時にあなたを裏切るつもりよぉ。
今の言葉、取り消してくれないかしらぁ」
オノスケリスのほわっとした表情は鋭いものに変わっていた。冷たい表情だ。
しかし、紗季はそれを意に介さないようで、見下すような目つきのまま言い放つ。
「お前は私の使徒よ。私の言葉に従いなさい。
それに千年王国建国のためにはこういう悪魔も必要なのよ」
その言葉に俺もオノスケリスも沈黙する。
メフィストフェレスは嬉々として紗季の前に跪いた。
「さすがは悪魔王女様。へっへっへ、期待に沿う活躍をしてみせやすぜ」
メフィストフェレスは紗季の手を取り、口づけする。まるで忠誠を誓う騎士のようだ。悪魔なのに。
そんな中、樹梨花は慌てたように、自分のリュックサックを逆さに振り、ポケットをひっくり返していた。
そして、絶望したように、「ない……ない……」と呟く。
「金がなくなっているのか。ビルの金庫から大量に盗んでたけど」
笹垣弘毅の抜け目のなさだろうか、それとも別の誰かか。樹梨花から金を奪ったものがいるようだ。
そんな樹梨花に対して、紗季が進み出る。そして、逡巡するような複雑な表情を浮かべ、やがて意を決したように話し始めた。
「樹梨花、お前が金を持ち帰れなかったのは幸運だった。その手はまだ汚れずに済んだのよ。
人が堕落するのはお金がなくなった時じゃない。欲望に負けて、その手を汚した時。お前は負けずに済んだ。そのことを喜びなさい」
紗季のその言葉は気高かった。だが、樹梨花はそれに対して憎しみに歪んだ表情を向ける。
「あなたなんかに、私の……私たちの苦しさもつらさもわからない。
あなたのお母さんはあの
樹梨花は怒りのままに言葉を浴びせ、そのまま走りだした。一人で帰るつもりなのだろうか。
「オノスケリス、あの子を守ってあげて」
紗季はそう呟く。オノスケリスは理解できないのか、再び冷たい表情を浮かべ、けれど、無言のまま影の中に消えた。
「なあ、紗季。樹梨花を行かせてよかったのか。あいつはもう盗んだ後なんだ。手は汚れてる。警察に突き出したほうが樹梨花のためにも良かったんじゃないか。
裁きを受けて、自分の罪を反省することが必要なんだよ」
紗季の心中が複雑なのもわかる。けれど、言わずにはいられなかった。
俺たちにできることは限界がある。こういう場合、警察に頼るのが正しいはずだ。
しかし、紗季は心底呆れたような表情を浮かべ、ため息をついた。
「随分と人間社会に染まってしまったのね。
樹梨花が立ち直るかはわからない。けれど、彼女に必要なのは自分を信じられること。私はまだ落ちていないことを告げた。それをどう受け止めるかはあの子次第よ。
私がつくるのは新たな社会規範。お前も現代社会の価値観がすべてではないことを思い出しなさい」
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