第4話 黙示録の四騎士

ガトーショコラ

 なんとなく、嫌な予感がしていた。


 今日は木曜日だ。一週間も折り返しだ。

 だというのに、まともに仕事をしたような気がしない。普段以上に疲れているが、本来の業務で疲れたわけじゃない。

 そのせいだろうか、会社のみんなに迷惑をかけているような気分があった。


 いつもより早く目覚める。

 用を足し、歯を磨き、顔を洗い、髭を剃った。


 少し早い時間に家を出る。電車に乗る。

 そして、朝早くからやっているスーパーに寄った。このスーパーには駄菓子コーナーがあるんだ。

 駄菓子を精一杯買い込んで、会社に向かった。


 出社して、タイムカードを切る。自分の席に向かった。

 なんだろう、どんよりとした空気を感じる。周囲の人々はみんな席について仕事していた。普段なら、この時間なら談笑したり、仕事の準備をしたり、まったりとした時間のはずだ。

 俺は隣の席の女子社員に話しかけた。


「昨日は眠れた?」


 すると、女子社員がずいっとこちらに顔を向ける。明らかに寝不足な、くまのはっきりした顔立ち。疲れているのが如実にわかる表情をしていた。

 けれど、俺に対してはにっこりとほほ笑む。


「ええ、おかげさまで。ゆっくり休んでますよ」


 ウソだ。はっきりとそう思う。だが、彼女にウソをつかせているのは誰だろう。

 もしかして――いや、そうだという感覚はあった――、彼女にウソをつかせ、必要以上に働かせているのは俺なのだろう。

 一昨日、昨日と俺がサボった分の仕事を、周りの人々が肩代わりしているんだ。そして、それを自覚していない。集団催眠のようなものにかかっている。

 それを行った犯人がいるとしたら、それは俺しかいない。


 しかし、自分がどうやってそれを行ったのか、俺にも自覚がないんだ。

 だから、せめてもの償いとして、駄菓子を買ってきたのだった。せめて、菓子を食べて脳の疲れを癒してほしい。


「みんな、お菓子買ってきたから、食べないか?」


 俺は手に持ったビニール袋を机に置き、駄菓子を広げると、そう声を上げた。周囲の視線がこちらに向く。

 そして、たちまちのうちに俺の席に行列ができた。


「はい、どうぞ」


 棒状のコーンスナックうまい棒棒状のチョコレート菓子チョコバット酢昆布都こんぶシガレット型のラムネココアシガレットクランチチョコレートブラックサンダードーナツ菓子ヤングドーナツカップ麺の駄菓子ブタメン

 次々に駄菓子を渡していく。すごい人数が並んでいる。もしかして、飲食店を開いたら成功しないだろうか。そんなことも考える。


 その列の中に、郷間ごうま乂摩かるまさんがいた。


「あ、あの、無事……だったんですか?」


 俺はびっくりしてそう尋ねた。俺が最後に見たのはサタンに締め上げられている姿だ。どうやって、あの窮地を逃れたのだろう。


大炊おおい旺太郎おうたろう、いい心がけじゃあないか」


 郷間さんはニヤリと笑い、俺が差し出した駄菓子を受け取らず、袖机の引き出しを開けた。そこにはガトーショコラを入れている。郷間さんは箱のまま、ガトーショコラを手にした。


「俺はこれをもらうよ」


 そう言うと、箱を開け、袋に入ったガトーショコラを取り出すと、その場で食べた。チョコレートでコーティングされた生地、その内側にあるチョコレートクリーム、それを味わっているとは思えないほどに豪快に食べる。

 くちゃくちゃという音とともに、チョコレートとスポンジの欠片が周囲に舞った。


「それは配ってるやつじゃなくて……」


 俺の言葉は空しく響いた。

 そんな俺の顔を郷間さんが覗く。その両眼にはドラゴンとしてのアスタロトと女神イシュタルがそれぞれ浮かんでいた。


「お前さんよ、次は毒ガスで仕留めてやるよ」

「うふふ、私たちの立ち回りが知りたいなら、じっくり教えてあげてもよくってよ」


 それぞれがそれぞれの言葉を投げかけてくる。

 なんなんだ、この状況はなんなんだ。目が回る。


 だが、実際に俺の周囲が回るように歪んでいた。俺の身体があやふやになってきている。転移だ。いや、召喚というべきか。

 俺は次元を超え、紗季の元に呼び寄せられていた。

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