怠惰のベルフェゴール

「おいおい、紗季、俺のことを毎日呼んでないか。俺だって仕事があるんだけど」


 捻じれていた空間が次第にはっきりしてくる。その視界には笹垣ささがき紗季さきが映った。


 今日は赤いベレー帽を被っている。髪型は相変わらずウェーブのかかったツインテール。ベレー帽と合わせたのか真っ赤なポンチョを着ている。フェルトだかウールだかの生地なのかモフモフした白い生地が赤い部分を囲っている。サンタコスみたいなポンチョだ。

 昨日までと同じく魔力の籠った赤いリボンをマフラーのように巻き、その下には白いブラウスとグレーのスカートを着ていた。足元は赤と白のボーダーの靴下に、黒いローファー。


 紗季は俺のぼやきに対して、呆れたような冷たい視線を送りってくる。


「あのねぇ、必要だから呼んでいるのに決まってるでしょ。

 よく見て。私たちは今まさに悪魔を捕まえたところなの」


 周囲を眺める。この場所は倉庫だ。以前にも呼び出されたことのある、公園の目立たない場所にある倉庫だろう。

 そして、部屋の片隅に椅子が置かれており、そこには若い女性が座らされている。縛られてもいるのか。それを監視するように、オノスケリスとメフィストフェレスが彼女を睨んでいた。

 この女性は人間ではない。悪魔だ。魔力の流れでわかる。


 この女性、いや、悪魔は、目立つ金髪をしていた。編み込んだ髪をカチューシャのように頭を覆っており、周りの髪は縦ロールのように巻かれている。化粧も派手でケバケバしい。

 白いニットワンピースを着ていた。ニットは胸の大きさを強調し、スカートの丈は短く、ふとももの露出が大きいのでパンツが見えそうなほどだ。その下に黒いロングブーツを履いていた。

 なんか、ギャルっぽい。ギャルってまだ息してたんだっけ。


「へっへっ、あっしが捕らえてきやした。どうでげす、役に立つもんでがしょ」


 メフィストフェレスが卑屈な、それでいて得意げな声を上げた。

 それに対し、オノスケリスは不機嫌な表情を浮かべる。


「捕まえたのは私よ。手柄を奪わないで欲しいんだけどぉ」


 抗議の声を上げていた。

 一体、どういうことなんだ。


「ベルフェゴール。七つの大罪『怠惰』を象徴する悪魔よ。幸せな結婚をした男女を探すのが役目で、結果、人間が嫌い、女が嫌い、結婚が嫌い。地獄では発見、発明を司るとされている。

 醜い姿をしているとも、美女の姿をしてるとも言われるけど、今回は美女の姿で現れたようね」


 紗季が悪魔について説明する。

 すると、ベルフェゴールは気だるげな表情でこちらを見た。


「あぁー、その人があれなのねぇ。見れてよかったぁー」


 俺に対しての言葉なのだろうか。よくわからない。

 ベルフェゴールはさらに倦怠感に満ちた表情を浮かべて、あくびをする。


「はぁ~あ、王女様ぁ、もういいでしょー。アタシ、疲れちゃったー。こっちでやることはもう終わってるからさぁー。そろそろ返してよぉー」


 その言葉に紗季はイライラを隠さずに不機嫌になる。


「お前はこっちで何をしたのよ。いい加減、教えなさい」


 紗季が詰め寄る。だが、ベルフェゴールは意に介さず、もごもごと何かを言う。


「面倒臭いなぁー。もうひと眠りするかなー」


 そう言うと、目をつぶってしまう。

 その様子に紗季はため息をつき、そして、俺に詰め寄ってきた。


「こんな感じなのよ。だから、お前の出番なの」


 そして、紗季は俺の目を覗き込む。そして、魔術書グリモワールを開いた。


「さあ、見なさい。ベルフェゴールが地上で何をしたかを。

 絶望の名において命じるエロイ・エロイ・リマ・サバクタニ魔王ベルゼブブの使いの正体を暴きなさい」


 魔術書が輝き、紗季の髪とスカートがひらひらと逆立つ。

 それとともに俺の複眼が開き、今でない場所、今でない時間を映し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る