大公爵アスタロト
奇妙な感覚だった。
郷間さんは一人なのだが、口の中にいる悪魔とも会話している。そして、その悪魔は男女二つの姿が揺らめいており、どちらと話しているのかもわからなくなる。
「それで、あなたたちの目的は何なんですか?」
商店街の人通りの中、俺がぼそりと質問する。すると、郷間さんはニタァと笑った。人間だった頃には見たことのない笑い方だと思う。
聞こえてきたのは男の声だった。しわがれていて聞き取るのに苦労する。
「お前さんがよ、久しぶりに目覚めて、サタンも来たんだろがよ。だったら、俺も来ねえとよ。出遅れるわけにはいかねぇよ」
男はロバの姿を取っていた。ロバの背からは翼が生え、尻尾はミミズのようだ。そして、その腕は人間のものである。見ようによってはドラゴンのようにも感じられた。
姿は変わっても、その強烈な臭気は相変わらずだ。
「オホホホ。
急に女の声に変わる。
その声は呆気に取られるほどに色気で満ちていた。以前に、加藤みどりと小原乃梨子のラジオを聞いたことがあるが、それを思い起こすくらい、成熟して熟達したお色気の極致といえる声色である。
郷間さんの口の中を見ると、宝石のような陶器のような女性の姿であった。
肌は純白で見ほれるほどの輝きを持っており、その瞳は透き通る赤紫の宝玉のようだ。豊満な乳房は開放されており、腰周りはくびれており流れるようなフォルムをしている。
人間の女性ではないのが明確だが、その姿を美しいと思ってしまう。
「そかそか、挨拶に来てくれたんだ。ありがとね」
邪気に当てられ、そのプレッシャーにやられていた俺は話を打ち切ることにした。
幸いにも、今のところは友好的な雰囲気だ。
「待てよ、話は終わりじゃねえ。お前はサタンと
しわがれた声が言った。
どちらにつく? どちらにもつくつもりはない。
というか、なんでいきなりそんな二択を迫られなくてはならないんだ。
俺は嫌な予感がした。おそらく、その二択に正解はない。
「俺はあの子、
そう宣言した。
相手の思惑には乗らない。第三の選択を選ぶ。
ゾクリ
嫌な予感が最高潮に達した。
失敗したと感じつつあった。今の宣言こそが最悪の選択肢だったのではないだろうか。
「あなた、それを選ぶの? 正気なのかしら?」
ねっとりとした色気を孕んだ声。しかし、その声色には静かな怒りに満ちていた。
いつの間にか郷間さんの身体が変質し、肉体までがアスタロトへと変貌している。
アスタロトの陶器のような純白の身体が次第に大きくなっていった。その体は四つ足の野獣、ドラゴンとしての正体を現しつつあった。
――契約を守ったようね。上々よ。
さあ、我が下僕よ。今こそ、我が前に出でよ。
不意に頭の中で声が響いた。
そして、空間が捻じれる。俺はまるで雑巾のように体を絞り込まれ、それと同時に次元を超えるのを感じる。
一瞬、意識が途絶えた。
この声は紗季。俺はまた召喚されるのか。
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