悪魔学初級

「それは悪魔憑きね。憑依ひょういってやつ」


 笹垣ささがき紗季さきがそう言った。

 アスタロトなる悪魔に体を乗っ取られた郷間ごうま乂摩かるまさんについて尋ねると、そう返ってきたのだ。


「ふーん。でもだよ、俺は悪魔に憑依されてるってわけじゃないのかな?」


 次の疑問を口に出した。

 俺は悪魔だ。そんな自覚はある。けれど、それ以上のことがよくわからない。

 俺もまた悪魔の身体に乗っ取られて、そう思い込まされてるだけなのかもしれない。そうはあまり思わないが、主観的な観測なんて、どれだけ信用できるのかわからなかった。


 すると、紗季は深々とため息をつく。


「お前、まだそんなことを言ってるのね。そんなのとは違う。だったら、私に召喚なんてされるはずないじゃない。

 強いていえば転生者ね。受肉者の一種って言っていいはずだけど、記憶を失っているなんてケースは私も知らない」


 紗季の視線は相変わらず俺を見下すようだった。


「それならさ、この前会ったサタンやマルファスはどうなの? あれも受肉っていうのかな」


 それを尋ねると、紗季は「ふふっ」と笑った。少しは面白い質問だっただろうか。


「マルファスは召喚されたのよ。あるいは契約したと言ってもいいかも。召喚者によって依り代を与えられ、その依り代によって現世に出現した。

 契約に従って、それに乗っ取って行動する。それが契約によって召喚された悪魔の行動原理よ」


 それを聞いて、また疑問が湧く。


「召喚ということは俺も該当すんじゃないの?」


 それを聞くと、紗季は今度は鼻で笑った。

 なんなんだ。そんな変な質問か?


「お前の召喚はある意味、楽だったのよ。依り代がなくても良かったから。

 現世に肉体がすでにあったからなのね。召喚するときにはその理由まではわからなかったけど」


 そして、俺の疑問を差し込ませないようにか、続いて話し始める。

 しかし、その表情は急に不機嫌なものになった。


「それとサタン。あれも例外みたいなものだけど、まあ、受肉者といっていいんじゃない。

 この世界のバグみたいなものを利用して、肉体を瞬時に作り出しているの。ほんと、嫌な奴よ」


 肉体を作り出すから嫌な奴という理屈はよくわからない。けれど、紗季が嫌っているのと、どこにでも現れる可能性があるというのは、なんとなく理解した。

 そう考えていると、紗季が人差し指を俺の顔に向けてくる。


「それで本題。これから依り代を作るの。第二使徒を召喚するためにね」


 それは強圧的な物言いだった。俺にそれを手伝わせるというのだろう。

 どうやら、召喚されるということは彼女との契約に同意したと見做されるらしい。俺は紗季の言葉に逆らうことができない。


 しかし、第二使徒とやらは悪魔ということだろうか。

 どんなのが呼び出されるのかわからないのが怖いし、第一、依り代を作るなんて言われても何をすればいいのかわからない。


「ふふっ、心配しなくても大丈夫。ここに用意しておいたものがあるから」


 三分間クッキングかよ。

 紗季の視線を追うと、奇怪なものがごちゃごちゃと置かれていた。

 ネズミ、カエル、トカゲ、ミミズ、カボチャ、木の根、何かの毛がいくつか、よくわからない液体の入った小瓶。

 これが依り代になるというのだろうか。


「あと、足りないのは悪魔の血だけなの。お願いね」


 紗季は可愛らしい微笑みを向けてくる。一瞬、ドキリとするが、すぐに被りを振った。


「ええぇ……、痛いのは嫌だなあ」


 俺がぼやくとさらに言葉を続ける。


「その前にちょっと準備があるのよ。ついてきて」


 そう言うと、紗季は物置と思われるその場所の扉をガラガラと開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る