綾瀬櫻子
「あーあ、会社サボることになっちゃったな」
ふと会社のことを思い出した。
郷間さんとアスタロトとのいざこざ、紗季の召喚によって、なし崩しに会社をバックレている。しかも、午後からだ。
すると、紗季はけらけらと笑う。
「悪魔が会社のことなんて気にしてどうするの。あなたの魔術でどうとでもできるでしょ」
紗季はベージュにチェック模様の入ったポンチョを着ており、スカートはベージュだがチェック模様は裏地にポイントで入っているだけのものだ。
首周りには赤い毛糸で編まれた大きいリボンが巻かれている。外は寒いから、マフラーの代わりなのだろう。
髪型は以前と同様にウェーブのかかったツインテールだ。
俺が召喚された場所は物置のようだったが、外に出ると大きな公園の人気のない場所に出た。学校帰りにでも寄ったか、紗季はランドセルを背負っている。ベージュより少し明るいカーキ色のランドセルだった。
最近の小学生は男子は黒、女子は赤と決まっているわけではないのだなと思う。そして、ふと思い至った。
「紗季も学校どうしたの? もう終わった?」
小学校が終わるにはまだ早い時間のように思えた。
すると、紗季は不機嫌になる。まるで、ごみ溜めを漁る豚でも見るような目で俺を睨んだ。
「学校の授業なんて、わかりきったことしかやらないじゃない。そんな下らないこと、自主的に切り上げさせてもらったのよ」
紗季もサボりか。
あまり感心することではないが、とやかく言うような立場にはいない。
紗季と二人で公園を少し歩く。ホットドッグのキッチンカーが目に入った。
そういえば、昼飯を食いっぱぐれていたな。そう思い、キッチンカーに駆け寄り、ホットドッグを買った。
すると、紗季がこちらをじっと見てくる。
「食べる?」
彼女も給食を食べていないのかもしれない。
そう思って声をかけると、表情を崩さないようにしているのだろうが、瞳が輝いたのがわかった。
「どうぞ」
ホットドッグを渡すと、瞳を輝かせたまま食べ始める。ソーセージを口に咥え、むしゃむしゃと口に入れ、先端を噛み切ると、もぐもぐと口を動かした。
その味わいに顔がにやけている。ソーセージは噛みしめるごとに旨みが弾け、レタスはシャキシャキ、ケチャップは甘じょっぱいし、マスタードは辛くないけど酸っぱさがいい。それに、バンズは焼きたての香り。そりゃ、美味しいだろうさ。
「ありあとぅ」
もぐもぐと口を動かしながらも、礼の言葉を口にする。
そして、一口目を咀嚼し切ると、落ち着いた様子で、口を開いた。
「悪いけど、ちょっと離れてて。けど、今から私が話す子のことをよく見ておいてね」
紗季は早歩きになると、近くにあったベンチまで行き、そこにちょこんと座った。
俺は言われたとおりに、その様子を遠巻きに見る。
うーん、傍から見たら不審者じゃないか、俺。
紗季はベンチに座りながら、もぐもぐとホットドッグを食べる。
その前を何人かが通り過ぎていった。誰を見ろって言うんだろう、そう疑問に思っていると、紗季と同い年くらいの少女が歩いてくる。もう下校時間になっていたか。
ミントグリーンのパーカーに首まで伸びたグレイのハイネックセーターを合わせている。白いスカートを履き、さらに黒いレギンスで足元までを覆っていた。ランドセルの色は薄紫色。髪型はセミロングのストレート。
大人しそう、というか、穏やかな雰囲気の女の子だった。ただ、なぜだろうか、少し陰のような、不穏な雰囲気を感じる。
「あっ、笹垣さん……」
少女は紗季に気づくと、少し困ったような笑みを浮かべた。
「綾瀬さん、こんにちは。偶然ね」
紗季はその少女――綾瀬さんに返事をする。
やはり、紗季が見ておくように言っていたのは彼女のことのようだ。
「あ、明日は学校来る?」
綾瀬さんがおずおずとした様子で尋ねる。
紗季はそっけない様子で返事をした。
「うん、明日は行くつもり」
それを聞くと、綾瀬さんはにこりと笑う。
「じゃあ、また明日だね。あ、私、今日は早く帰らなくちゃだから」
そう言うと、足早に綾瀬さんは去っていく。
紗季は彼女が見えなくなるのを確認すると、俺のほうへと駆け寄ってくる。
「あの子は
そう言うと、俺の目をまじまじと見つめた。
「ちゃんと目に焼き付けたようね。いいんじゃない。
それじゃ、あとは第二使徒を召喚するだけね」
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