大淫婦オノスケリス

「いや、よくわからないけど。目に焼き付けたから、何だっていうの? それに目標ってどういうこと?」


 俺は疑問を口にした。

 紗季はどうも自分の知っていることを説明せずにポンポンと進めていく。それじゃあ、何をするのか、よくわからない。

 しかし、紗季は俺の質問に対して、げんなりとした表情をしてみせる。


「はあ? その目で見えないっていうの? 信じられない。千里眼も透視も失ったとでも……。あっ。そうか、まだ思い出せてないんだ」


 そう言うと、深々とため息をついた。


「今すぐ思い出して。私の口からは説明したくない。

 何のために悪魔に頼ってると思ってるの?」


 そんなことを言われても、何のことだかわからない。

 しかし、その拒絶は頑としており、少しデリケートな問題のようにも思えた。それ以上、尋ねることができなくなってしまう。


 俺と紗季は公園を歩いていた。やがて、建物の一つに辿り着くと、物置のような場所に向かう。そこは戸締りがされていたが、紗季は鍵を持っていた。

 その場所は俺を召喚した場所でもあり、第二使徒召喚のための依り代の置かれた場所だ。


「じゃあ、やるから」


 そう言うと、紗季は物々しいナイフを取り出して、俺に渡した。

 黒い柄に銀の装飾がされており、魔法陣のような図形やラテン語の文字が刻まれている。


 紗季は魔法陣を床に描き、依り代となる供物を次々に置いていった。


我は求め待ち望みたりクオヴァディス・ドミーネ依り代と悪魔の血を代償にジェクト・エスト・アリア


 魔術書を手にすると、呪文を唱えた。それに反応するように、魔術書と魔法陣から光が放たれる。風が巻き起こり、紗季の服の裾を、スカートを揺らした。

 俺の持つナイフも輝き始め、それに魅入られたように、俺は自らの手のひらを切り裂き、魔法陣の上に血を流す。


出でよ、悪霊の化身メス・サナン・コンポリサーノ!」


 それとともに、魔法陣から光の柱が出現する。それが消えると、若い女性の姿をした悪魔が出現した。


「痛ってぇぇぇぇぇ!」


 しかし、そんなことはどうでも良かった。その瞬間に我に返り、手のひらの痛みが走る。

 いや、これは痛いんだ。そりゃ、命に別状はないかもしれないが、どうにも耐えがたい痛みだぞ。


「騒々しいなぁ。第二使徒の登場なのよ。少しは祝福してあげる気はないの?」


 紗季が呆れたような、蔑んだような視線を送ってきた。

 どうにか息を整える。そして、手のひらの痛みに集中した。

 痛い。痛い。痛い。けど耐える。

 そう思うと、少しは痛みが収まってきた気がした。


「悪い、続けてくれ」


 どうにかそう言うと、紗季はため息をつく。


「やれやれね。騒がせてごめんなさい、第二使徒よ、あなたに名を名乗ることを許す」


 紗季の鋭い視線が女悪魔に送られた。

 すると、女悪魔はうやうやしくお辞儀をすると、にこやかな笑顔を先に向け、言葉を発する。


「はぁい、大淫婦オノスケリスでぇす。誠心誠意、尽くさせていただきまぁす」


 オノスケリスは色白で容姿に優れた悪魔だった。

 モノトーンのコートを着て、同じくモノトーンのロリータ風ワンピースを着ている。髪型は姫カットというのだろうか、前髪をパッツンと揃え、頬回りで揃えた髪、肩まで伸ばした髪がそれぞれまとまっている。

 これは小悪魔系ファッションなのだろうか。いや、地雷系か? 悪魔なのに現代的なファッションをしている。


「私は笹垣ささがき紗季さき。悪魔王女と呼びなさい」


 紗季がそう言うと、オノスケリスは再びお辞儀をする。


「あなたは何をすべきかわかっているでしょう?」


 紗季が問いかける。すると、オノスケリスはニコニコとしたまま返事をする。


「もぉちろん。悪魔王女、良い悪魔を選んだって感じていただける働きをしてみせますよぉ」


 それを聞くと、紗季は満足げに頷く。

 むむぅ。俺に対してはあんな表情を向けてきたことないよな。


「それに、あなたも。うふふ、お久しぶりでぇす」

 

 オノスケリスは俺を見ると、にこっと笑った。

 この子も俺のことを知っているというのか。そのことに少しうんざりした感情を覚える。


 けれど、次の瞬間に嫌な予感があった。急に俺たち三人以外の気配がしたのだ。

 何かが来る。


「紗季、オノスケリス、逃げるよ。なんか、やばい!」


 俺は紗季の手を取ると、倉庫の出口に向かって走り始める。

 倉庫の奥からは、獣のような息遣いが迫っているのを感じていた。

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