代表取締役社長・佐藤邦明
「どいつもこいつもバカばかりだ」
男が怒りに満ちた声で呟いた。近くには秘書と思われる女性がいる。慣れたことなのか、秘書は気にしない風であった。
男の名前がその席のプレートに書かれていた。
七三に分けた白髪交じりの髪と顔に刻まれた皺が年齢を物語っていた。
スーツ、ネクタイは仕立ての良いものを選んでおり、堂々たる態度により威厳を感じさせる。それでも、老人に近づいている印象は拭うことができない。
佐藤邦明が社長になってから、会社の業績は目に見えて下がっていた。
世間の人々は面白おかしくインターネットに書き込む。佐藤の作った商品がどれだけ駄目なものだったか、佐藤が改良した商品がどれだけ悪辣なものになったか。そもそも、佐藤の示した指標がどれだけ愚かなことだっかと。
そう言って、賢しげに悪意に満ちた笑いを取るのだ。
違う、違う、そうじゃない。
そう佐藤邦明は言いたかった。
佐藤の会社は元々コンビニエンスストアの中でもクオリティの高い商品で知られていた。しかし、ここ数年、他社の研究も侮れなくなり、追随してきている。
ならば、いかに利益を確保するかが重要になるのだ。一万人近い従業員を抱えている。彼らに対する責任が自分にはあった。そのために、佐藤自身も苦心し、現場にも試行錯誤してもらっている。
結果は裏目に出るばかりだった。
それをもって、鬼の首を取ったように嘲笑されるのだ。
こちらとしても、経営者として良いように考えた上での行動をしている。それを失敗したからといって揶揄するというのは何事か。
しかも、それは事実を伝えず、面白半分に捏造したような記事をもとに行われている。まったく、許せないことだった。
そもそも、値段が上がっているのも、量が減っているのも、ここ最近の物価高が原因である。
これは政府の怠慢としか言いようがないだろう。
そして、今日。総理大臣と会談する機会があった。
本当に怠慢というほかない男だ。勉強というものを何年もしていない、そんな印象を受けた。
「佐藤さん、消費税を上げるのはいつがいいですか?」
ねっとりとした口調で開口一番そんなことを尋ねてくる。
佐藤邦明は沈黙せざるを得なかった。消費税を上げてほしくはない。小売業において、致命的な打撃のある行為だからだ。だが、そのことに口を挟むと、今度は所得税を上げることを考え始める。それでいて、消費税を上げることは取り下げたりはしないのだ。
だから、搦め手で話す。現在の景気がどうなっているか、インフレはどうか、それにどう対処すべきか。しかし、この男は何も理解しようとしない。
そんなことがあり、会社に戻り、溜まっている残務をどうにかこなす。
インターネットが目に入った。バカな意見ばかりが書き込まれている。佐藤邦明はげんなりとして冒頭の言葉を呟いた。
「ねぇー、社長の佐藤邦明でしょー。どーも、頼まれて殺しに来た悪魔だよー」
不意に場違いな言葉が響いた。社長室内に
ベルフェゴールは秘書の女性に抱き着いており、その服の中に手を入れていた。次の瞬間、秘書は恍惚の表情を浮かべて倒れ込んだ。そして、ぼぉーっと虚空を見つめる。
「なんなんだ、お前は……!」
佐藤邦明は警戒心に満ちた声を上げる。
しかし、ベルフェゴールは意に介さずに佐藤邦明に近づき、その頭と顎を撫でた。そして、その頭をニットで覆われた胸の中に沈める。
次の瞬間、佐藤邦明は何も考えられなくなった。
佐藤邦明には持病がある。社長業のストレスから発生したものだ。頻繁に下痢が起き、そのためにおむつを欠かすことができなかった。
気が緩んだ瞬間に症状が発症する。おむつの中に流れ込んでくるものがあった。いや、流れてこない。
「もーう、またなのぉ、いいけどさぁー。供物を受け取っちゃったー。
ねぇ、アナタの願いはなんなの? どうすれば怠けられるのぉ?」
ベルフェゴールが佐藤邦明の身体を弄りながら尋ねてくる。
もうまともに頭が働く状況じゃない。ただ駆り立てられる憎しみを口に出した。
「そ、総理大臣の
それだけ言うと、佐藤邦明は何も考える気力を失った。天井を眺めたまま、ぼぉーっとする。
ベルフェゴールは佐藤の言葉を聞くと、姿を消していた。
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