第2話 第二使徒召喚

社会が悪い

「世の中の何もかも社会が悪いからいけないんだ」


 俺はよくそういうことを言う。

 そう言うと、そんなのは幼稚な考えだとか、そのトシでまだそんなことを言っているんだとか、ボロクソに言われる。

 成熟した大人の考え方では、社会のせいにするのはよくないらしい。


 しかし、冷静に考えてみてほしい。あなたたちは今の世の中で満足なんですか?ってことを。

 そりゃあ、まあ、日本は比較的に住みやすい国だ。食うのに困って餓死するなんてのは、一部の例外を除いたらいないだろう。

 現在の日本における貧困とは比較によって生まれるものに過ぎず、社会のセーフティネットは十分に機能している。


 だが、社畜と呼ばれる存在はいなくならない。どう考えても給料以上にあくせく働いているというのに、大した成果も上げられず、それでも働き続ける人たちだ。

 セーフティネットってのは、俺たちのような社畜が働くことを前提として機能しているのではないだろうか。


 俺一人が仕事するのをやめたって別にそれは機能するだろうが、社畜と呼ばれるサラリーマン全員が仕事をやめては成り立たない。

 何も考えず、大した見返りを求めず、私生活の充実を犠牲にして、そうやって社会を成り立たせているのだ。


 果たして、それが幸福な社会なのか。


 理想だけでいうのなら、マルクス主義なんてものがある。

 労働者・経営者問わず、その富を一つに集めて、再分配する。全員が同じ時間を働き、同じ収入を得るのだ。

 これ以上の平等があるだろうか。


 一時期、理想主義者はこれを求めた。しかし、実現はしない。


 富を自由に分配できるものは、その富の前に自由であることはない。貪欲さが生まれ、平等を実現する自由を放棄し、富を独占する不自由を選ぶからだ。人は金銭の奴隷に過ぎない。

 一人や二人、高潔な人間がいるだけでは駄目なのだ。システムの運営者に人間がいる限り、それは避けることができない。


 また、自由と平等とは相反するものだ。

 自由に振る舞うものは誰かにその自由の負荷を負わせるものだ。自由は平等を脅かすことだろう。


 例えば、夜中に大声で歌いたいものがいるとする。夜中に歌を聞きたくないものが隣にいるとしよう。

 前者の自由は後者を侵害し、後者の自由は前者を抑圧するものだ。強烈に平等を求める社会は同様に自由を奪われる社会でもある。

 そして、自由な競争の中で追い落とされるのは、大抵の場合、いい人だ。


 人間は理想を実現できない。そうできている。

 したり顔でそんなことを言う人も多い。そう言うのは簡単はことだろう。


 だけど、そんな諦観や虚無主義ニヒリズムが正しいとは思っていない。理想は実現可能なはずだ。

 ただ、人間に実現する方法がないだけだ。それは模索し続けなければならないことなのだろう。


 そういうのをすべて含めて社会が悪い。俺はそう言っているんだ。


 手っ取り早く解決するには、毎月の給料を100億円くれればいいと思う。

 だというのに、それは実現しない。だから俺は毎日酒を飲む。


 けれど、あの小学生、笹垣ささがき紗季さき。彼女は全人類の幸福を成し遂げるという。

 人間の手ではなく、悪魔の手を用いて。


 なぜだろうか。

 俺はあの子が何をしようとしているのか、見届けたい気分になっていた。

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