幸せになったのは
複眼が納まり、自分の周囲をやっと見ることができた。
いつの間にか、紗季は自分のランドセルを拾い、背負っている。
「紗季さあ、そのランドセルだけど……」
何を言うか迷いつつ、声をかける。
すると、紗季は「フン!」と鼻で笑った。
「やっと千里眼を思い出したみたいね」
そう言って、相変わらず俺を見下すような視線を送ってくる。
そんな時だ。空間が歪む。その歪みから色白の地雷系女が現れた。オノスケリスだ。
オノスケリスは乱れた衣服を整えながら、不自然なほどに明るい声で言った。
「悪魔王女、契約は果たしてきましたよぉ」
それを聞くと、紗季は冷たい表情をオノスケリスに向ける。
「よくやった。誉めてあげる」
その言葉を受けてオノスケリスはにんまりとした笑みを浮かべた。
その表情には暗い欲望が浮かんでいるようだった。
「あの男はもう劣情を失いました。母親はすぐにでも男にフラれるでしょうね。
でもね、あの子――櫻子の傷はそれで癒えることはない。傷は残ったまんま。
ねえ、誰も幸せにはなってないですよねぇ」
そう言うと、オノスケリスは無邪気な笑顔を見せる。
「それで構わない。これで不幸は減ったのよ。
続けていれば、世の中から不幸は失われる。それが大事なの」
紗季は気にしない様子でオノスケリスの言葉を流した。
けれど、俺の複眼には動揺し落ち込んだ様子の紗季が見えたような気がする。
紗季は櫻子を救いたかったんだ。紗季をないがしろにし、あまつさえ彼女の持ち物を傷つけるような子供たちの中にあって、櫻子だけは優しかったものな。
あるいは、境遇が近かったから、かもしれない。櫻子は母子家庭だったが、紗季も母親と二人で暮らしているように見えた。
「紗季、つらいことがあるんなら俺に相談しろよ。なんとかするからさ」
俺は何の保証もないようなことを口走っていた。
けれど、俺は紗季の力になりたいと思っている。
「はあ?」
紗季が怪訝な表情を浮かべ、そして、すぐに呆れたような顔をこちらに向けた。
「あの子たちのことを言っているの? 私はあんなことを気にしたりはしない。あの子たちも私が救わなきゃいけない憐れな人間たちよ。覚えておきなさい」
そう言って、ツンと鼻を上げた。
本気で言っているのだろうか。いじめに遭いながら、その加害者をも救いたいという。
精神的奇形児。サタンは紗季のことをそう言った。それがこのことを指しているというのなら、誉め言葉といえるのではないだろうか。
ひとまず櫻子の問題は終わった。
すっきりした解決とは言い難いが、それでも紗季の心の内が少しは分かった気がして、俺としては爽やかな気分があった。
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