メフォストフィレス

 紗季を連れ去ったメフィストフェレスを追っていると、俺の複眼が別の景色を見せてくる。いや、今は紗季を助けなきゃいけないんだ。別の場所のことなんて気にしてられないよ。


 そう思っていても、否応なく、その風景が俺の視界に入っていた。

 それは向かっている最中の高層ビルの内部だ。


 そこには、地雷女子の東雲しののめ雛菊ひなぎくと紗季の同級生の桐里きりさと樹梨花きりかがいた。それに、樹梨花の姉と東雲の取り巻きが何人かいる。

 レストランで見たようなゴシック調の衣服ではなく、それぞれジャージやスウェットといった地味な服装をしていた。


「あはっ、樹梨花ちゃん、簡単なお仕事よ。ここのダクトを通っていくとぉ、とってもいいものが入った金庫があるんだって。番号は335939よ。順番にダイヤルを回して、ね。できるでしょ?」


 東雲が通るように指示した通り道ダクトは狭かったが、女子小学生である樹梨花になら進むことができそうだ。

 その言葉に対して、樹梨花より先に彼女の姉が発言する。


「あ、あの、やっぱりやめませんか。その、危険……だと思います!

 そ、それに、警察とか来るかもしれないじゃないですか」


 それを聞いて、東雲は露骨に顔をしかめた。


「あのさ、私、何度も言わなかったかな? 絶対に安全だって。

 言ったでしょ。私たちには後ろ盾があるの。警察だって私たちの言いなりなんだから。

 ねえ、うざいから、もういいかな?」


 そう言って、桐里姉を無視するような仕草をする。

 東雲の取り巻きたちは桐里姉を取り囲み、東雲の近くから剥がした。

 樹梨花は姉に近づいて、語りかける。


「お姉ちゃん、やるよ、私。これやればさ、もうお金に困ることなくなるよね。お母さんも喜ぶよ。

 私は大丈夫。私、できる子なんだよ」


 樹梨花はそれだけ言うと、自らダクトに向かった。その穴を覗き込むと、先は真っ暗だ。ヘッドランプを頭につけ、光を灯す。すると、ダクトの中のほこりかび、それによくわからない汚れがはっきりと見えた。

「うっ」と思わず、後ずさりする。しかし、息を飲むと、意を決したように再び前に出た。


「あはっ、いいよ、樹梨花ちゃん。がんばってね。みんな期待してるから」


 東雲が声援を送る。それは感情のこもった演技だった。

 樹梨花もそれが演技だと気づいたのか、「ははっ」と乾いた笑いで返す。


 東雲は樹梨花の姿が見えなくなったのを確認すると、パンっと手を叩いた。取り巻きたちは東雲に注目し、その言葉を待つ。


「さあっ、みんな、仕事を始めるよ。樹梨花ちゃんだけ頼りにしちゃダメ。取れるものは全部持ってこなきゃ。さあ、行って」


 その言葉に、取り巻きたちが一斉に散る。ただ、桐里姉だけがダクトの前に残って、おずおずとしていた。


「あんたも」


 心底嫌気が差したように、東雲は苛立った声を上げる。その不機嫌さを受け、桐里姉も姿を消した。

 東雲は一人になる。すると、虚空に向かい、語り掛けた。


「メフストフレス、いるんでしょ。ふふ、上々よ。あなたもそうでしょ」


 その呼びかけに答え、メフィストフェレスが姿を現す。

 シルクハットに黒いマント、鷲の柄のついた杖。そして、抱きかかえる一人の少女。大きな赤いリボンを首に巻き、水色のポンチョ、白いセーターに黒いスカートを着ている。紗季だ。


「何その子、連れてきたの?」


 東雲は紗季を見て不機嫌になる。しかし、それに反して、メフィストフェレスは上機嫌だ。


「へっへっへっ、これは珍しい人間でげすよ。あっしも五百年は生きてやすがねぇ、こんな人間は見たことがないのでげす。へへっ、こいつが精神的奇形児ってぇ、やつでがすねえ。へへへへっ、こいつぁ、すげえや」


 その言葉を東雲は理解できない。

 ただ、なんとなくの苛立ちがあった。メフォストフィレスを言いように扱えるの自分だけだ。メフォストフィレスに傅かれるのは自分だけのはずだ。

 そんな苛立ちで脳内が溢れていた。


 また、俺は他人の感情を読み取っている。しかし、今はそんなことは問題ではない。


「紗季の居場所がわかった。今、そこに行く」


 そう、俺はその場所の真下に来ていた。背中にオーラを羽のように広げる。その羽を小刻みに振動させ揚力を作ると、それを利用して高層ビルの壁を駆け上がる。

 向かうべきフロアまで来ると、拳を固め、窓ガラスをぶち抜いた。


 ガチャン


 ビルの内部になだれ込んだ。その勢いのまま、メフィストフェレスの顔面を殴りつける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る