悪魔学中級

「待てよ、ベルフェゴールがやってきたことを紗季が見たっていうのか」


 思い起こして、俺はあわあわと慌てた。とても女子小学生に見せていいことをやってきてないぞ、こいつベルフェゴール

 しかし、紗季はそんな俺の様子に気づくと、汚物でも見るように冷ややかな視線を浴びせてくる。


「そういうのいいから。お前は私の使い魔であって、父親でも何でもないのよ。

 それに私は天才だって言わなかった? 凡人に理解できてることを理解できないわけないでしょ」


 余計なお世話だという。ほんとかな。

 でも、確かに俺が気にする立場でないのはそうか。本人も心的外傷ダメージを受けているわけではなさそうだから、とりあえずは放っておこう。


「けどさ、契約とか供物とか、悪魔たちは要求したり、縛られたりするけどさ、それって何なんだ?」


 俺はかねてから思っていた疑問を口にする。どうも、それを理解できなければ、対策も立てようがない。

 すると、紗季は呆れたようにため息をついた。


「はぁー。まだ、そんなことも思い出せてないのね。まったく、なんなのかしら」


 そう言いながらも、言葉を続ける。


「悪魔っていうのは神の怒りに触れて地獄に堕とされた存在よ。だから、地獄から出ることはできない。

 それを可能にするのが契約。悪魔は地上の人間と契約を結ぶことで、地上に出ることを見逃される。前に説明したとおり、依り代を必要とするけどね。

 ま、偽りの契約で無理やり出てくるなんて奴もいるけれど」


 そう言って、紗季はメフィストフェレスをちらと見た。メフィストフェレスは「ひっひっひっ」と下卑た笑いを漏らす。


「そして、供物は契約の結果として悪魔に齎されるもの。人間が悪魔に捧げるものよ。大抵の場合、魂だったり残酷な末路だったりするけど、ベルフェゴールの場合、どういうわけか、排泄物を受け取るんだって」


 紗季がそう言うと、「別にいいでしょー。そんなことぉ」とベルフェゴールが呟く。


 なるほど。つまり、タイミングよく排泄したことで、彼女の犠牲になった人間たちは捧げものをしてしまったというわけか。そして、それは契約を結んだことを意味してしまう。そうして、犠牲者が増えていったわけだ。


「それとさ、四騎士ってなんだ? それでどうやって世界を滅ぼすっていうんだ?」


 ベルフェゴールは四騎士を仕立てて世界を滅ぼすと言っていた。

 それで何が起きるのだろう。


「黙示録の四騎士。白の騎士は人間にを。赤の騎士は地上にを。黒の騎士は民衆にを。蒼の騎士は全てにを。それぞれが齎すのが役目だとされている。

 本来はそれを行うのは神よ。ベルフェゴールは人間に四騎士を仕立て上げさせることで、悪魔主導で世界の終末を演出するつもりなのよ。まったく、怠惰の悪魔ってのはとんでもないこを仕出かすものね」


 紗季が言う。すると、ベルフェゴールは気だるげな顔を崩さずに呟いた。


「べーつにぃ、そんなんじゃないしー。私は何にもしたくないだけぇー」


 この言葉を信じていいものだろうか。

 俺は逡巡するが、紗季は占いの準備を始めていた。タロットカードだ。


 青いシルクの布を広げ、カードを混ぜ合わせる。そして、三枚のカードを引いた。


「オラクル!」


 そう宣言すると、カードをめくっていく。

 一枚目は、逆位置の吊られた男ハングドマン。二枚目は、逆位置の戦車チャリオット。三枚目は、逆位置の運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン


「全部、逆位置。裏目裏目が続く暗示ね。気をつけなくちゃならない。

 一枚目は、努力をしても報われない暗示。二枚目は、計画が頓挫する暗示。三枚目は最悪の事態を避けられない暗示」


 紗季はげんなりとした表情で言葉を紡ぐ。


「まあ、タロットなんて信用しすぎてもしょうがない。裏目裏目なら、裏の裏の裏を突くだけだ」


 こういう時は明るく振る舞うしかないだろう。俺は威勢よく言ってのけた。

 すると、紗季は「ふふふ」と笑う。


「そうね。ただ、今言ったことは覚えておいてね」


 そう言うと、紗季はオノスケリスとメフィストフェレスに目をやる。そして、思案気に俯き、また顔を上げると声をかけた。


「オノスケリス、お前は私と来なさい。

 メフィストフェレス、お前にはベルフェゴールの監視を命じる」


 その言葉に従い、オノスケリスが紗季に近づいてくる。


「旺太郎、行くよ」


 俺たち三人はメフィストフェレスとベルフェゴールを残し、倉庫の外へと足を踏み出した。

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