敵対者サタン
「ふふ、
サタンと呼ばれたその男は美しい外見をしていた。
肩まで伸びた銀色の髪、端正なマスクに、切れ長の目には赤い瞳が輝いている。黒いスーツに瞳と同じ色の赤い
その物腰は一見穏やかだが、それでも油断のならないものを感じてならない。
「ほんとだよね。ここは女子の部屋なんだから」
紗季は心の底から嫌気を差すような声を上げた。
俺に対する見下したような物言いとはまた違うものだ。
「ははっ、久しぶりに旧友に出会ったんだ。積もる話もあるってものさ」
そう言ってサタンは俺に視線を向けてきた。
はあ? 俺が旧友だっていうのか? 全く身に覚えがない。
「やはりか。記憶も封じられているようだね」
サタンがそう言う。それに対し、紗季がまた不機嫌な声を上げた。
「あのねぇ、そうやって探りを入れるのやめてくれない? もう帰って」
そう言って、シッシッと手首を振る。
「いやいや、紗季君。いや、悪魔王女と呼ぶべきかな。
私は君の手腕に感心しているのだよ。まさしく、人類に生まれ出た千年に一度の天才。いや、精神的奇形児とでも称えるべきか。
いとも容易すく彼ほどの悪魔の召喚に成功するとはねぇ」
サタンはそう言うとケタケタと笑った。
まったく話が読めない。俺には何の話をしているのかもわからなかった。
「それって俺の話をしてる? なんか気持ち悪いんだけど、俺の何を知っているっていうんだ?」
俺が疑問を口にすると、紗季とサタンが互いに顔を合わせた。目線が交差し、そしてため息をつく。妙なところで馬が合う。
なんなんだ、一体何なんだ。
「君は自分というものをもっと知らなくちゃいけない。まさか、この期に及んで自分がつまらない人間だなんて思ってはいないだろ」
サタンが言う。
しかし、俺は人間だ。面白いかつまらないかは知らないが。
確かに悪魔の力を使えるようになった自覚はあるがそれだけだ。
「俺は人間だよ」
そう言うしかないだろう。
だが、それを聞くと、サタンは腹をよじらせるように笑い始めた。
「hahaahahahahahahhaa。
ナイスジョーク。いやいや、実に笑わせてくれる。いまだ自分自身の正体に思い至っていないとは」
そして、サタンは不意に真顔になると、紗季に目を向ける。
「それで、こいつを呼び出して何をしようって言うのだね? まだ、あのバカげた目的を取り下げちゃいないのかな?」
その言葉に反応して、紗季の顔が怒りに歪む。そして、「はあ!?」とため息混じりの声を上げた。
「取り下げるはずないでしょ。
私は私の千年王国を築き上げる。
その言葉を紗季が口にすると、表面的に穏やかだったサタンの雰囲気が変わる。赤く輝いていた瞳が燃え滾るように爛々と揺らめきだした。
「人間風情があの御方を軽々しく語るんじゃあない! お前らこそが地上に追い落とされた害獣だ! 地上を醜く汚すに飽き足らず、天上まで手にかけようというのか!
取り消せ、取り下げろ。さもなくば……」
サタンの銀色の髪の毛が蠢くと、山羊のような角へとメキメキと変化する。黒いスラックスを履いていた足が蹄に変わり、背中からは蝙蝠のような翼が生えていた。
「神に叛逆して、堕天した奴が何を言っているのよ」
さすがの紗季からも焦りが感じられたが、それでも毅然とした態度を崩さずに言い放つ。その目はサタンを射抜くかのようだ。
そのせいなのか、サタンはすぐに元の姿に戻った。角は引っ込み、翼は消え、蹄は靴に変わった。
「ははっ、ただの脅しさ。本気にしてしまったかな」
サタンは穏やかな笑みを浮かべている。
いや、とても、ただの脅しなんかには見えなかったぞ。
「私の意見は変わらない。神がこの世界に不幸を齎しているのよ。
堕天してまで神に逆らったあなたにわからないわけないでしょ」
紗季はキィッとした視線をサタンに送る。平静を装ってはいるが、サタンに苛立ちが見えたように感じた。
しかし、サタンは「クックック」と笑い始める。
「まあ、今回は顔合わせで来ただけさ。また、近いうちに語り合おうじゃないか。
そうだ、マルファスは回収しておこう。これでも地獄の総裁なのでね、役に立ってもらおうじゃないか」
そう言うと、サタンは指をパチンと鳴らした。
すると、砂のように散っていたマルファスの残骸がサタンの持つビンの中へと集まってくる。すべてがビンに入ると、サタンは自らの指を切り、血を垂らし込んだ。
それを胸ポケットの中にしまうと、サタンは窓を開け、窓の外へと消えた。まるで、窓の境界に異次元への歪みでもあるかのように、綺麗すっぱりと姿が消えていた。
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